沙弥島入り

瀬戸内国際芸術祭2013に参加するため香川県坂出市沙弥島へ向かう。

 

今年の瀬戸内芸術祭の会期は、瀬戸内の「四季」を感じられるよう、春・夏・秋の3シーズンに分けて行われる。

 

[春:3月20日(春分の日)〜4月21日(日)]

[夏:7月20日(土)〜9月1日(日)]

[秋:10月5日(土)〜11月4日(月)]

 

自分が参加するのは春会期である。今日から約1ヶ月半、展示場所となる沙弥島を拠点に「そらあみ」の滞在制作を行う。滞在する島は沙弥島だが、同じ坂出市の島である瀬居島・与島・岩黒島・櫃石島を合わせた5つの島で、漁師さんを中心とした島民の方々と共に網を編み、それぞれに出来上がった網を沙弥島の西ノ浜に持ち寄り、1枚につなぎ合わせ瀬戸内の空に掲げるという制作プランである。

 

この5つの島は香川県坂出市と岡山県倉敷市をつなぐ瀬戸大橋のすぐ下にあり、沙弥島と瀬居島は埋め立てによって陸続きになり陸に飲み込まれたような状態になっており、与島と岩黒島と櫃石島は橋を支える橋桁の土台となり、瀬戸大橋によってつながっている。言うまでもなく、これらの島はかつて海の上に独立してあったのだが、現在は、“島であるのに島でない”ような、なんとも不思議な存在となっている。陸続きとなった沙弥島と瀬居島は来るものを拒むことはできない。だが、橋でつながった与島と岩黒島と櫃石島は島民以外の人の橋からの侵入を許しておらず(船で入るのはOK)、島であることを守ろうとしている。

 

ある意味、歪な島となったこれらの島の存在から、海を埋め立て、橋を架け、道路を通し、陸を中心に物事を考え発展してきた近代日本の歪みのようなものを感じる。とはいえ自分は埋め立て地育ちだし、橋や道路にも、そこから生まれた世界にもお世話になっている。だからと言って、海の豊かさは、海辺の豊かさは陸の豊かさに劣るのか?全ての物事を陸だけを中心に考えて良いのだろうか?今回の「そらあみ」はこんな象徴的なロケーションで生きてきた人達と編む「そらあみ」となる。

 

完成すると土地の風景に同化し馴染んだり、逆に飛び出したりも見える「そらあみ」。そんな網越しに見える世界は少し揺らいで見える。その時、そらあみは海からの視点でこの世界を捉え直す窓となるだろう。そして、波打ち際に立てることで、渡来神や渡来文化といった日本人が海のむこうからやってきたものを受け入れ、また選択し発展してきた側面と、「水に流す」という言葉があるように見たくないものごとを水に流してきたという2つの側面がぶつかる、いわば日本人の精神性が作られた場所で、日本人が陸の都合で水に流してきたものごとを海からの視座でもう一度つかまえてみようと思う。

 

今まで、京都の舞鶴、岩手の釜石、三宅島、浅草神社と「そらあみ」を行ってきたが、こんな環境で編むのは初めてである。自分は、そらあみをすることで、人を繋ぎ、その土地の記憶を呼び起こし、風景を捉え、ずらし、海からの視座を意識する窓を編んできた。これらは、各地で編んだそらあみでつかまえてきたものである。瀬戸内海の島の波打ち際に今回は網を張るのである。最終的に、そこに何がかかるのか。

 

さて、今日一日を振り返る。10:30に羽田空港を出発し、11:55に高松空港に到着。驚いたことに雪がぱらついていた。地元の方の話では雪は珍しいらしい。30分ほどバスに乗り高松駅へ移動。芸術祭の事務局を務めるアートフロントギャラリーの大木さんらと合流し、スケジュール確認などをしながら車で沙弥島の公民館へ急いだ。14時から、その場所で芸術祭の総合ディレクターである北川フラムさんから瀬戸内国際芸術祭の市民向け説明会が開かれるからだ。集うのは沙弥島住民の方々が中心となる。そこで、自分も島の方々にご挨拶させてもらい、作品説明と参加のお願いをする絶好の機会であるため同席させてもらった。到着すると、坂出市長をはじめ、市や県といった実行委員会側の関係者10数名に30人近い地元の方の姿があり、漁村の風景に馴染んだ小ぶりな公民館の畳の上は人でぎっしりと埋まっていた。

 

坂出市長である綾市長の挨拶からはじまり、続いて、ヨーロッパで瀬戸内国際芸術祭のプレゼンをし、昨日バルセロナからもどったフラムさんは世界的視野で、且つ、とても分かりやすく瀬戸内で芸術祭をする意義について写真や図解をプロジェクションしながら話をしていた。一言で言うと“海の復権”である。瀬戸内国際芸術祭は“地域の活性化”であると同時に“海の復権”を目指す壮大なアートプロジェクトなのである。フラムさんの話から、自分がここに来た理由を再確認することができた。

 

その後、作家や作品の各島でのあり方について話をする流れで、沙弥島の順番となり、フラムさんからバトンを受け取り「そらあみ」の紹介をさせてもらった。島の皆さんは真剣に耳を傾けてくれた。フラムさんにバトンをもどし、全体の説明会が終わると、住民の方々からの質問タイムとなった。すると「そらあみ」への質問が、網は何目で編むんだ?とか、一目のサイズは?とか、繋げるなら表裏合わせないと半目ずれるとか、とにかく一般的には気にしないであろうマニアックな質問がたくさん飛んできた。しまいには、ああしたらどうだ?とか、こうしたらどうだ?といった意見もいただいた。何より嬉しかったのは、そらあみに対するその反応である。これからこの方達と編むのだと思うと、少し心強いくらいに思えたのだった。最初の出だしとしては悪くないように思えた。

 

ほんとに人が多かったので、今日で覚えられた名前は、沙弥島の自治会長の高尾さんと、滞在先となる坂出市海の家の管理人さんの1人である角谷さんの2人だけであった。

 

網と共に編まれていく、人との出会い、そして感動と発見の物語は今日からはじまる。

 

今夜は海の家の和室で1人。辺りは静寂に包まれている。窓を開け夜空を見上げると、対岸の倉敷へ延びる瀬戸大橋のネオンが夜の闇の中に点々と連なり浮かび上がっていた。その橋の大きさに改めて息を飲む。耳を澄ますと小さな波の音がかすかに響いていた。

説明会開始直前。続々と地域の方がやってきました。

フラムさん、みごとなプレゼンテーションでした