完成式

沙弥島滞在49日目。今日は「そらあみ」の完成式。漁師さんをはじめとする5つの島(沙弥島・瀬居島・与島・岩黒島・櫃石島)の一緒に網を編んでくれた方々に、作品設置場所である沙弥島海水浴場(西の浜)に集まっていただき、糸と糸の結び目など、網の細かい処理をきれいに仕上げ、11本の支柱に取付けられた滑車のロープを皆で引き網を空に掲げ、最後に島名と丸名(船名)の入った網針を取付け、「そらあみ」は完成を迎えた。総勢40名以上の人が集まってくれた。空に掲げられた高さ5m×幅60mの網、そこに集った5つの島の方々、この状況が、2ヶ月間の滞在制作の成果と言えるだろう。

 

最終日にして、初めて5島の方が集い、顔を会わせ、恊働する瞬間が訪れる日を迎えた。この瞬間を作りたかったのである。

 

集合時間は13時だったのだが、やはり漁師さん達は集まるのが早い。12時半には「五十嵐さんおるか?」と最初に櫃石島の方がやってきた。急いで浜へと向かうと、そこには既に各島々からやってきてくれた方々の姿があった。

 

五十嵐「こんにちは!今日はありがとうございます!最後の仕上げ、よろしくお願いします!」

櫃石島の漁師さん「おう。ぼちぼち皆集まるで」

 

表情や言葉の雰囲気から、明らかに気持が高揚しているのが伝わってきた。こっちまで嬉しくなる。

 

13時が近づくと、続々と人が集まって来てくれた。報道陣も多く、テレビと新聞を合わせると10社近い取材状況になっていた。すごいことである。与島の方の姿がなかったのが気になったが、時間が来たのでテレビカメラの後ろに隠れてしまっていた漁師さん達に前に出てきてもらい、小さく寄っていただき、挨拶をし、作業内容を説明し、すぐに作業スタート。

 

5つの島の漁師さんが集ったら何が起きるのか。基本的に皆さん一人一人が船頭さんなので、もめたりしないか、話をちゃんと聞いてくれるか、少し不安な気持もあったが、そこはこれまで全24回の網づくりの時間で築いた関係性がある。各島の方々の特徴は自分なりに体に入っている。なので大丈夫と自分に言い聞かした。

 

結果的には皆さん個性豊かな動きをするが、基本的には五十嵐の話に耳を傾けてくれ、いつも通り、「段取りが悪い」「いつまでするん?」などの嬉しい野次もいただきながらの仕上げ作業となった。野次を嬉しく感じるくらいだから、自分もかなりこの島々で鍛えられたのだろう。

 

岩黒島の漁師さん「与島の連中の姿がないぞ」「しといてやろうか?」

五十嵐「はい。もうすぐ来ると思うんですけど、お願いします。自分もやります」

 

こういった感じで自分の島の分が終われば、まだ終わっていない島を手伝ったり、網がつながるように人がつながっていく状況がそこには生まれていた。そして、少し遅れて与島のお母さん達も登場。これで、5島みんな揃った。

 

いよいよ網を空に掲げる。風が大分出てきていたので少し不安であったが、これだけのメンバーが集まっていて揚げれない網などない。

 

五十嵐「では、そろそろ網を揚げましょう!みんなで同時に揚げますからね。いいですか」と声をかけ、振り返ると、既に揚がりつつあるではないか!さすがである。「まった!まった!同時に揚げますからね!せーの!」若干のフライングもあったが、それもまた漁師さんらしくて良いではないか。滑車のロープを伝って五色で編まれた網は見事に空に掲げられた。瀬戸内海の西風をいっぱいに受け、10枚のヨットの帆を並べたような格好になった。初めて見た網の見え方だったが、風を受けて立体的になるため、複雑に色が重なって面白いものになっていた。

 

「おお!」という歓声は風に掻き消され耳に届かなかったが、皆さんが笑顔で網と空を見上げている様子を確認することができたので、それで十分だった。

 

そして、最後の仕事として、それぞれに編んだ反物の下の部分に、島名と丸名(船名)の入った網針を取付けてもらった。そらあみは西の浜に向かって南北に網が広がる格好での展示となる。網の順番も、島の位置関係と同じように、南から北に向かって沙弥島→瀬居島→与島→岩黒島→櫃石島の順に並んでいる。なのでその順番で網針も並ぶことになる。ずらりと並んだ118本の網針に書かれた丸名には一隻一隻の漁師さんの魂が宿っている。その姿もまた壮観である。

 

網針を付け終わり、みんなで網の前で、網の順番と同じように南から北へ、島の順番で並んで記念撮影をした。つながった1枚の網と同じように、5島の人がつながって並んでいた。

 

五十嵐「撮りますよ〜!(パシャ)。笑顔がないですね〜(笑)」

漁師さん「寒いんじゃ〜(笑)」

五十嵐「もう1枚!(パシャ)」

漁師さん「あんたらも入れ〜!」我々スタッフも入って全員で(パシャ)。

「OKです!」その言葉で、自然と解散しそうになる。

 

このまま終わってはいけない。気持ちを伝えなくては!5つの島の皆さんと同じようにつながった網を前にして、思わず感情が溢れ出てきた。

 

五十嵐「今日は、各島々から来ていただき、本当にありがとうございました。みなさんのおかげでこうして、そらあみはできあがりました。2月2日の櫃石島から網づくりがはじまって、最初はどうなることかと思っていましたが、こうして、網が出来上がって、1つにつながって、今日、こうしてみなさんが、今同じ浜にいることが、とても嬉しいです。みなさんがいなかったらできなかったものです。

 

昨日、瀬戸大橋の一番上まで上がりました。そこから南を見ると沙弥島と瀬居島があって、北を見ると与島と岩黒島と櫃石島がありました。最初は知らない島でしたが、今は皆さんの顔が浮かぶ島になりました。瀬戸大橋に架かったワイヤーケーブルは巨大な弧を描いて5つの島をつないでいました。今、こうして見上げると、そらあみをつなぐロープもまた同じように弧を描き、5つの島をつないでいます。橋でつながったが故に、定期航路が無くなり、少し距離ができた島が、そらあみを介してもう一度つながり直したように感じました。

 

それぞれの島らしく、個性豊かな良い網目ができました。皆さんは普段から海や空や風に向き合い、自然の怖さと美しさを良く知っています。だからこそ良いものになったのだと思います。一緒につくれた時間は、網のことや、海のこと、風のこと、冗談や漁師言葉の真意など、とても勉強になりました。一緒にできて良かったです。

 

これから、全国各地から、たくさんの人が、この“そらあみ”を見に来ます。そうしたらたくさん自慢して、語ってくださいね。ほんとうにありがとうございました!」

 

拍手があがった。熱いものがこみ上げてきた。深く頭を下げた。ただ、気持を伝えたかったのだ。

 

岩黒島の漁師さんが一言「うちら5つの島の者にとっての芸術祭の開幕は今日やった」

 

瀬戸内国際芸術祭2013の開幕は4日後の3月20日である。この言葉は本当に嬉しかった。

 

これから約一ヶ月間の展示がはじまる。見比べると網の目1つ1つが違う、この130人の漁師さんの手跡をまずは見てほしい。そして、網とそのむこうに広がる瀬戸内海の風景を重ねて見た時、網の色の効果によって、風景に馴染んだり飛び出したり見える。その日の天候、光の加減によって見え方は違う。何度も足を運んでもらいたい。そして、網は海風で揺れる。それは漁師さんが普段見ている、波間に漂う船の上から眺める世界と重なる。漁師さんの手跡の残った網の目を通して、海からの視座でこの世界を見つめ直すきっかけにしてもらいたい。

1枚につながった網。5島の漁師さんが恊働する最終日にして最初の瞬間。

最後の仕上げ作業です。糸の結び目をハサミで切ったりライターで焼いたり、きれいにしています。

いっきに空へと掲げました。風を受けて、ヨットの帆のようになり、かなりの力がかかっています。

島名と丸名(船名)の入った網針を、自分の編んだ反の下に取り付けます

全員で記念写真。網の順番と同じように南から北へ5つの島の方がずらりと並びました。網と同じように人もつながっています。