香りの旅

太宰府滞在11日目。くすかき4日前。今日は4月1日。急な対応に追われたが、とても嬉しい出来事があった。

 

朝8時30分からの朝拝に行き、そのまま樟の葉を掻いていたら、電話が鳴った。神職の方からであった。

 

「明日、宮司様が宮様に会われるのだけど、太宰府のお土産の中にくすかきの香りもどうかなと思って、宮司様にも相談しますが、ご用意いただくことは可能でしょうか?」というものだった。

 

くすかきの香りとは「樟香舟」と「芳樟袋」を意味する。樟香舟は、くすかきで集めた樟の葉を水蒸気蒸留し取り出した樟脳を紙でパッケージしたもの。樟脳は気化してやがて消えてしまうが、柔らかくも清涼感のある澄んだ香りがする。芳樟袋は、くすかきで集めた樟の葉を麻布の袋で包んだもの。古くは平安時代から芳香剤や防虫剤として使われてきた。時間が経っても手で揉むと再び香りが立ち上がる。

 

どちらも、くすかき奉加帳(一口千円の寄付金制度)に参加してくださった方へのお礼として、その年の香りをお届けする、それぞれの形である。自分は1年に一度入れ代わる樟の葉は、1年の記憶を宿した葉だと考えている。その香りは、1年の記憶の結晶とも言える。そう、1年の記憶を香りに乗せてお送りさせていただいているのだ。

 

そしてまた、遥か古代の日本人は、この島国と外海を舟で行き来していた時、腐敗に強く、防虫効果も高かった樟の木を舟の材料としていた。当然、舟で過ごす海の上の時間は樟の香りに包まれていたに違いない。そう考えると、樟の香りは、我々日本人の海洋民族の頃の記憶とつながる香りでもある。

 

さらには、太宰府天満宮に代表される天神信仰のはじまりは、そもそも天の神様への信仰で、雷や星がその対象とされていたそうだ。かつて舟で海を渡る時、人は天の星を目印にして航海していた。故に天の神様への信仰心は強い。海洋民族であった日本人にとって、天神様は非常に重要で親しみ深い神様であったのだろう。

 

そんな太宰府天満宮の樟の葉の香りを届けるということは、毎年をつなぐ1年間の記憶であり、海洋民族としての日本人の記憶とつながる瞬間をつくっているとも言える。

 

そんな想いを込めさせていただいている「くすかきの香り」を、皇族の方々に太宰府のお土産として、御持ちいただけるなんて、こんなに光栄なことはない。しかも、プロジェクトの説明も付けてくれるという。

 

五十嵐「いくつくらい必要ですか?」

神職の方「今日の夕方までに20個くらい大丈夫ですか?」

五十嵐「はい。今から作ります」

 

正直、樟脳を水蒸気蒸留するのは無理なので、これまでに抽出し保管していたものを詰めさせていただき、芳樟袋の葉は今朝のものを1枚1枚選んで包んだ。

 

プロジェクトスタッフの飯高さんと急ピッチで制作し、17時10分。時間ギリギリに20個納めることができた。

 

これは献上品ということで理解していいのだろうか?それはともかく、日本という国をつないでこられた方々に、太宰府天満宮の樟の葉の香りをお届けできることを誇りに思う。くすかきをきっかけに太宰府が好きな人が増えることが、一番の恩返しだと考えている。

 

このような機会をいただけたことに、あらためて、宮司様をはじめ太宰府天満宮、そして太宰府と全国のくすかきを支えていただいている皆様に感謝したい。

 

香りの旅はまだ先がありそうです。

今日も少し掻き山が大きくなりました。

 

芳樟袋(左)と樟香舟(右)