船に乗って海へ出る

ブラジル9日目。3日間の漁師弟子入り体験2日目。昨日は早く寝たので朝5時半に目が覚めた。寝相が悪いので包まったシーツは剥がれ体の各所が蚊の餌食になっていた。珍しい日本人の血は旨いのだろう。もぞもぞと部屋から出てくると「YASU」と太くやさしい声が聞こえた。フェルナンドはもう起きていたようだ。日本もそうだが、漁師の朝は早い。朝食はフェルナンド特製のミックスジュース。フルーツ各種とアボガドにオールブランもまとめてミキサーにかけ、それをコップに波々と注いで飲む。「お通じにいいぞ」とフェルナンドが言う。見た目は泥みたいだが味は旨く、おかわりをした。

 

6時半頃、ラマルティーニがやってきた。握手をし、朝の挨拶を交わす。今日は風が強く波が高いので沖に出ることはできないから湾内に行くそうだ。「船酔いは大丈夫か?」と聞かれ、「問題ない」と答えた。すると「じゃ、行こうか」といった感じで出発。フェルナンドも一緒に行くと思っていたが、沖に出ないのならお役御免なのか理由は分からないが、彼は一緒には行かないようだ。

 

ラマルティーニについていくと、昨日紹介してもらった長男のラマルティーニJr.の家に到着した。そこには次男のアポロもおり、彼が一緒に海へ出るからと言って紹介してもらった。握手をして挨拶を交わす。20代前半といった年頃で、長男に比べ父親のラマルティーニに顔も肌の色もよく似ている。サーフィンをしているとのことで細身だが白いタンクトップから伸びる肩と両腕の筋肉は盛り上がり、ちょっとしたアスリートといった体つきをしている。頼もしい限りである。

 

船外機(エンジン)1つと、オール3本と釣り道具の入った白い箱2つを手分けして持って、ラマルティーニの船(マルージュ)へと向かった。船の見える岸に到着。船は錨を下ろして岸から離れた所に停泊してある。ここからどうやって船まで行くのだろう?日本なら小舟で移動するのだが、、、。

 

次の瞬間、おもむろにラマルティーニが半ズボンを脱ぎ、オールを持って海へと入って行き、船より岸に近い所に浮いている小さな筏(いかだ)を漕いで岸まで戻ってきた。筏と言っても、その構造は木製の簀子(すのこ)の隙間に発砲スチロールを詰めただけの、いかにも手作りといったものである。これで大丈夫だろうか?と感じつつ、言われるがままに、船外機を筏の中央にバランス良く乗せる。次にオールと箱2つを、船外機を挟むように積込むと、まずアポロが乗り込む、次に自分が乗り、最後にラマルティーニ。大人3人と荷物が乗ると筏がいっぱいである。体の大きなフェルナンドが来なかった理由がなんとなく分かった気がした。

 

岸を離れる。筏は波で揺れ、乗り心地はかなり不安定で、足元海面ひたひたである。「真ん中の箱の上に座っていろ」と指示があったので、その通りにする。アポロが先頭。ラマルティーニが後ろに立って、オールを漕いで、海から吹き寄せる風と波を計算しながら船へと向かった。

 

船に到着すると、まず自分が乗り込むように言われたので、筏から船へと飛び移り、次々と積み荷を受け取る。最後に2人は筏に船外機を乗せたまま船尾へと移動し、波で上下する難しい状況の中、重たい船外機を見事に取付けてみせた。準備万端。係留ロープを解き、船外機のトルクを引いてエンジンを始動。出港である。

 

船首のずっと先に目をやると、珊瑚の防波堤に外海の波が当たって数メートルのしぶきが上がっていた。ラマルティーニがそこを指差し、それを見て自分は頷く。これでは転覆必至、沖に出るのはどう考えても無理である。珊瑚の防波堤に守られた湾内の適度なポイントまで移動すると、アポロが手際よく錨を下ろし、釣りをはじめた。エサはアジのような魚を3枚に下ろし刺身のような格好にしたものを釣り針につけて、それを海へと放り投げる。竿はなくプラスチック製の筒に糸が巻き付けてあるだけのシンプルなもので、指先でつまんだ糸の先から伝わってくる触感で、魚の当たりを判断する。

 

一時、やっていたが全くといって反応がない。ラマルティーニは立てた親指を下に向け、今日はダメみたいだな。とのこと、、、。アポロは、日によっては大きなのが釣れる時もあるんだけどね、といったことを合わせてた手の平をワイドに広げるジェスチャーで説明してくれた。

 

ポイント移動。マングローブの中へと向かう。長さ5mほどの小ぶりな船の中央にはマストが立っている。良い風が吹いているので、船外機ではなく帆を張って移動。アポロが船首で帆を上げ、ラマルティーニが船尾でオールを海に差し舵の変わりとし、完全に風の力だけで移動するヨット状態に船は変形。エンジン音もなく風の力だけで船は静かに進む。なんとも気持が良い。橋の下をくぐりマングローブの森のポイントに到着。しかし、ここでも釣果を上げることはできなかった。2人は、まあ、こんな日もあるさ。といった感じ。ということで、道具を片づけてしまったので、どうやら今日の漁は終了したようだ。

 

せっかくなのでセーリングをしながらこの辺りの地形を眺めつつ、ラマルティーニが友人と共同保有しているヨットを見に行った。陸に上げてあるので泥棒が入るらしく、荷物を置いておけないから船内からライフジャケットをピックアップ。続いて、なにやら漂着した感じの厚手のしっかりとした四角いビニールパックを船のマストの横に取付けている。何をしているのだろう?よく見るとビニールパックはドッグフードが入っていた袋で、真ん中にこっちを向いた大型犬の写真が大きく入っている。

 

ラマルティーニが犬の吠える真似でジェスチャーする。どうやら泥棒除けの番犬というイメージで、夜に泥棒が犬と間違えてびっくりするだろうということらしい。アポロが苦笑い。自分は爆笑。ラマルティーニはユニークな人である。

 

船で最初に出港した場所にもどる。時間は12時前。船を係留し、こんどは朝の反対をする。船外機を外し、筏に乗せ、積み荷と一緒に3人で乗り込み岸を目指す。ところが朝より風が強くなり潮が満ちて海面も上昇し、状況が悪化している。朝と同じように真ん中に座れと言われたので座って、アポロとラマルティーニがオールで漕いでくれるのだが、波と風が強く、真ん中に置いた船外機がグラグラと揺れる。これが自分の足に倒れて来たら一大事である。必至になって押さえた。波と風の影響が強くなかなか思い通りに進まないので、自分も3本目のオールを持って漕ぎに参戦。3人のバランスがとれると筏が少し安定しながら進みはじめた。ラマルティーニが「いいぞ」といった感じで、背中をたたく。この風景は遠くから見たらちょっした遭難だろう。笑。

 

やっとこさ、岸に到着。しかし波が高く、岸には桟橋もなくただの大きな岩。筏を固定することもできないので、結局、まずアポロがお腹まで海に入って岸に上へとがった。ラマルティーニが次々と岸のアポロに道具を手渡すのだが、打ち寄せる波が激しく筏が流れてしまってうまくいかない。次の瞬間、ラマルティーニがおそらく「ロープ!」と叫んだ。もう自分が行くしかない。お腹まで海に入って、筏のロープを持って岸から離れないように、背中から波に押されながら必死で耐える。船に乗る人なら分かるだろうが、岩の岸に波で押し付けられる状況での作業は危険だ。でもこうするしかない。ラマルティーニは「波をよく見ていろ」と言うので、何度も振り返りながら波を確認し、時折やってくる大きな波をやり過ごした。そんなこんなで、どうにか船外機も岸へと上げることができた。ほっと一安心。自分も全身ずぶ濡れで岸に上がった。最後はラマルティーニ1人パンツ1枚の姿になり、オールを漕いで筏を沖へと係留させ、オールを持ちながら泳いで岸まで帰ってきた。途中、アポロが「先に行ったら?自分は父親の帰りを待つ」と言った。彼が父親を尊敬しているのが伝わってきた。「自分も待つよ」と言って、2人でラマルティーニの帰りを待ち、荷物を持ってジュニアの家へと運んだ。荷物を置き、船外機に付いた海水を真水で洗い、ホースで水を浴びるとジュニアの奥さんだろうか、褐色の肌をした女性がグラスに入れた水を持ってきてくれた。海から帰って、女性が水を出してくれる。この状況に、自分がブラジル漁師に弟子入りしている実感を得た。釣果はなかったが、アポロとも仲良くなれそうだし、良い時間だった。

 

ラマルティーニ「この後はお昼ねだ」。

 

フェルナンドのところにもどってお昼を食べ、午後にラマルティーニが歩いて、網漁師のヴィリージオのところまで連れて行ってくれた。到着すると、ヴィリージオは、ちょうど網を編んで、破けた部分を修復していた。まだ中堅どころといった30〜40歳くらいに見える漁師で、細かい作業をしているせいか眉間にシワが寄りちょっと怒っているように見えた。挨拶をして握手を交わす。どんどん漁師の知り合いが増えていく。しばらく編んでいる様子を見学させてもらった。ヴィリージオが「よく見とけ」といった感じで編み方のレクチャーをしてくれる。網漁師なので当然だが、編むのが上手い。編み方は同じだった。写真を撮ろうとすると、笑顔でピース。どうやらこの人も愉快な人そうである。次にこの網で獲った魚を見せてやると冷凍庫を開けてくれた。中には50〜60㎝クラスの鯖のような魚が沢山入っていた。一尾ラマルティーニが買っていった。

 

ヴィリージオみたいな人が一緒に、そらあみをしてくれたら、心強いが、仕事とは違う。まだ先の話になるが、どうやって一緒に編んでみないか?と相談すると良いのか?果たしてそんなことが可能なのか、、、。

 

すぐ近くで、沢山の人がサーフィンをしていた。ラマルティーニが指を差す。赤いハーフパンツに黒いシャツを来ているのがアポロだ。波の上から浜辺まで色の見分けはつくが顔などとても判断できないほどの距離があり、かなり離れているのだが、ラマルティーニが口笛を強く鳴らすと、遠くでアポロがこっちに気づき手を上げた。上手なものである。しばらくラマルティーニと2人でアポロのサーフィンする姿を見て、別れた。

 

フェルナンドの家に戻った。

 

フェルナンド「ずいぶんと日焼けしたな。痛いだろう。薬局でクリームを買ってこようか?」

五十嵐「この町のこと知りたいし、自分で行ってみるよ」

 

船に乗り、網漁師に出会い、収穫の多い一日だった。火照った体にクリームと虫除けを塗って眠る。

 

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船外機を運ぶアポロ(前)とラマルティーニジュニア(後)の兄弟。

 

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ラマルティーニの船。マルージュは船名でした。

 

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波で船が上下に揺れる中。船外機を取付けます。おそらく盗難防止のために毎回取り外します。

 

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魚をエサに魚を釣ります。

 

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風が良ければ、ヨット仕様に変形します。

 

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ドックフードのパッケージ写真が番犬代わりです。ラマルティーニはユニークな人です。

 

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筏(いかだ)を停泊させに行くラマルティーニ。56歳とは思えないほどの生きるための逞しい肉体。

 

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漁網を修復するヴィリージオ。