定置網漁に出る

そらあみ7日目。今日は19人で編んだ。今日、土曜日は「そらあみ-氷見-」毎週恒例である大漁鍋をふるまう日。本日の鍋の具材は、タラ、ハチメ、カワハギ、イカ、イワシ、ネギ、堀埜商店の味噌。そしてなんと、実は今回具材となった魚は、自分が定置網漁に同行させてもらいお手伝いをした結果いただいたものである。

 

今朝、海から水揚げしたばかりの魚を仲間の元へ持ち帰る時の高揚感は今も忘れられない。きっと大昔から男は食べ物を獲得し、嫁や家族の元に帰る時はこんな心境だったのだろう。誇らしく、イメージで言うと、ちょっとがに股で、肩から獲物をぶら下げて遠くを眺めながら歩くのだ。そんな気分にさせてくれる。収穫物を渡す相手はやはり女性がいい。自分の中の雄としての狩猟のDNAが反応しているのが分かった。漁師の人が男らしく見える理由はそんなところにあるのかもしれない。

 

今朝は早起きだった。早朝2時半起床。できるだけ着込んで車に乗りこむ。エンジンをかけるが前が見えない。あれ?ワイパーを動かす。ガッガッガッ変な音がする。フロントガラスに昨日降った雨が凍っているのだ。暖房をあててじっと氷が溶けるのを待って出発。10分ほど運転し、薮田漁港の番屋に到着。辺りは真っ暗で人の気配はない。場所が合っているのか少々不安になったが、3時半になるとあちこちから車がやってきた。

 

五十嵐「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

船頭「おう。来たか。カッパはこれ、手袋はこれな」

 

他の漁師さん方6名にもご挨拶し、カッパと手袋をして、番屋の囲炉裏で体を温める。昨日の漁で濡れているのであろう。手袋をひっくり返して火に当てたりしている。

 

船頭「ほいじゃ。行ってみるかの」

 

その一言で、皆がガッと立ち上がり船へ移動。次々に乗りこむ。船にはすでに若手2名が乗りこんでおり出港の準備を整えていた。番屋から出て来た船頭達が乗りこむと、「出せー」どこからともなく声がして出港。暗闇の富山湾を進む。遠くには町の明かり、空には星が煌煌と輝いていた。特別な時間が流れていた。

 

ベテラン漁師「火にあたっとれ」

 

船には番屋にあるのと同じ仕様の、ガスコンロを加工したプロパンガス直結のとんでもない火力のストーブのようなものがある。その火の位置は船尾後方の仕事の邪魔にならない、舵も当たらない絶妙な場所にある。おそらく、仕事の分からない素人の自分が一番邪魔にならずにいられる場所なのだろうと察し、言われた通り、じっと立っていた。

 

30分ほど経つと、エンジン音が変わった。定置網のあるポイントに到着したのだ。ライトが点灯し、小舟が切り離された。真っ暗な海にたくさんのカモメが浮いている。これから魚があがってくるのを知っているのだ。

 

船頭「んじゃ。いっちょやるかの」

 

海中から数本ロープを取り、それぞれウインチに巻いていくと徐々に網が上がってきた。気が付くと反対側にさっきの小舟が網を挟むようにスタンバイしている。こっちの船からあっちの小舟までの間の網を引きながら船を寄せていく。途中網を引き上げるのをお手伝いさせてもらった。重い。手と腕がすぐにパンパンになり、身体はすぐに熱くなる。今はウインチがあるからいいが、昔は全て人力であったと思うとぞっとする。ゆっくりゆっくり網は上がり、船の間隔が縮まっていくと、網の中に魚の群れがひゅんひゅんと行き交うのが見える。2隻の間隔が1〜2mくらいまでになると船の間にパンと貼るように起こされた網の中にはたくさんの魚がピチピチと跳ねている。それを柄の付いた大きな網袋ですくって、氷の入った海水コンテナに魚が次々と放り込まれていった。同様に残り2つの定置網を回って、水揚場の氷見漁港へと向かった。

 

ベテラン漁師「ビール飲むか?」五十嵐「飲みたいです!でも車なんすよ(涙)」ベテラン漁師「んじゃしょうがないな。ほれコーヒー。こうして、ぬくめて飲め」と、缶コーヒーのフタを開け、あの強力なガスストーブの上にトンと置いた。火力が強すぎて素手では熱くて取れない(笑)。空が徐々に明るくなってきた。遠くに立山連峰が黒いシルエットで赤らいできた空を切り取るように浮かび上がっている。とんでもなく美しい。海上で迎える朝の光、しかも水平線から標高3000m級の山々が見えている光景は衝撃である。

 

ベテラン漁師「ちょっとこっちに来い。いいか。あれが立山連峰で、あの尖ってるのが剣岳や。その横が立山や。そんでずっと右にいくと、また奥に山が見えるやろ、あれが白山や。すごいやろ。夏はな剣岳の辺りからお日さんが昇る。そんでな、冬に向かってずーっと左の海の方へと動いていくんや。んで、冬至になるとな立山連峰が切れた先からお日さんが上がるようになる。分かったか?」。

 

五十嵐「はい」

 

ベテラン漁師「夏になったら山に登れ、ええぞ。富士山も見えるぞ。立山は飲むにもええが(笑)」

 

氷見で飲まれている日本酒に「立山」という銘柄の酒がある。おそらく立山つながりのジョークであると気が付いたのはずいぶん後であった。

 

氷見漁港が近づくと辺りが徐々に霧に包まれていった。どんどん濃くなっていく。漁師さん達が若干緊迫しているのが分かる。若手漁師が懐中電灯を手に辺りを照らした。とうとう全くなにも見えなくなってしまった。まさに一寸先は闇。というか、完全にホワイトアウト状態。2、3m先が霧で見えないのだ。この辺りでは「けあらし(気嵐)」と呼ぶ冬に良く起こる現象とのこと。海水が温かく、大気の温度が低いと発生する霧のような現象だそうだ。しかし、何に驚くって、この前の見えない状況で見事に港に入港したのだ。途中入口で出港する船と入れ違ったりもした。自分も船舶免許を一応持っているので、起きていることの恐さは少しくらい分かるつもりだが、プロの現場というものを肌で感じた瞬間でもあった。

 

五十嵐「今はGPSとかありますけど、昔はどうしてたんですかね?ぶつかっちゃいますよね?」

ベテラン漁師「昔は手漕ぎやから、ゆっくりや。だから大丈夫やったんや」

 

霧を抜けて氷見漁港に到着すると、定置網漁を終えた沢山の船が停泊して、水揚げした魚を種類とサイズ別に選別作業をしている。辺りには半端でない数のカモメが飛んでいる。おこぼれを狙っている。自分も選別作業をお手伝いした。2m×3mくらいの大きな台の上にドサーッと魚を広げて、種類とサイズを分けて目にも止まらぬ早さで選別していく。見よう見まねで、自分もやってみたが完全に足手まといだったので、船から魚を選別台座まで運ぶ係で落ち着いた。

 

全ての魚の選別を終えると、カゴやらコンテナやら甲板やらをザーッと水洗いして、明日使う氷を船首の甲板下に積み込んで、最初の港、薮田港にもどった。番屋に戻り、カッパと手袋を脱ぎ、囲炉裏で身体を温めながら、餅や魚やイカを焼いて食べた。漁師さんたちはビールや日本酒で各々朝食(晩酌?)を一杯はじめている。8時半くらいに解散。

 

ベテラン漁師「毎日来い!健康にもにもいいぞ」

船頭「まあ、無理せんでいいから。また来たいときは連絡せい」

五十嵐「今日はありがとうございました。またよろしくお願いします」

船頭「これ、かぶすな。」

五十嵐「かぶす?」

船頭「分け前のことや。氷見ではそう言うんや」

五十嵐「はい。ありがとうございます。こんなにたくさん。すいません。ありがたくみんなで今日の大漁鍋にしていただきます。」

 

今日のかぶすは、タラ、ハチメ、カワハギ、イカ、イワシ。ふるまわれた大漁鍋の美味しさは言葉で表現できないものであった。そして、一日がとても長く充実していた。

 

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早朝3時半頃。番屋の囲炉裏端。出港前に手袋を乾かす。

 

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遠くに見える船に向かって手前から奥へと網を起こしていきます。

 

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遠くに見えた船まで網を起こし、2隻がくっつくところまで寄せて、最後は攩網(たもあみ)で魚を船に入れます。

 

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このストーブが温かい。

 

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氷見漁港へ入港し、魚を種類と大きさで分別し、一段落。辺りはすっかり明るくなっていました。

 

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氷見漁港内に集まってきたカモメと朝日。遠くには立山連峰が見える。

 

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今日のかぶす(分け前)。でっかいのはタラです!

 

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タラを3枚におろしました。大仕事でした。

 

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そらあみは順調。2枚目を編みはじめました。