起舟祭と朱塗りの大杯

富山県氷見市薮田村で行われた「起舟祭」に参加させてもらった。

 

起舟は、一般にはキシュウ、あるいはキッシュウとよび、元来は「舟起し」とも称される舟霊サマの祭りだったそうだ。現在は、2月11日(旧暦の1月11日)の漁業の事始めの日に際して、大漁を予祝し、豊漁と安全を祈る舟祝いの日となっている。

 

かつて起舟当日は「水主揃(かこぞろ)いの祝い」を兼ねて、水主連中を招いて盛大な祝宴が開かれ、会場に据えられる朱塗りの大杯(一度に五升の酒が入る)などで盛大に呑んだとのこと。

 

現在の祝宴は漁猟関係者だけでなく村の新年会も兼ねて催されており、各家から当主等が参加している。

 

だが、その朱塗りの大杯は今現在も使われており、自分もそれで酒を呑ませていただくことができた。

 

大杯で酒を呑むと、視界には朱と酒のみの世界が広がっている。そして、呑んでも呑んでも酒は減らないのである。

 

それはまるで、突然1人で朱色の部屋に入り、自分と向き合っているような、なんとも不思議な体験だった。

かつてこの海に生きた男達と朱塗りの大杯を通して視線を重ねたような感覚になった。

 

その後の宴会にも参加させていただき、「これから氷見に滞在して《そらあみ》やるのでよろしくお願いします」とご挨拶させていただく機会もいただけました。

 

宴の席ではお酒も入り、年輩の方が饒舌となり色々な海や漁や網の話をしてくれるのだが、氷見の言葉にまだ不慣れな自分は、正直、聞こえてくる単語をつないで話の内容を想像する程度しか理解できなかった。それでもひたすら耳を氷見の言葉に慣れさせる貴重な時間であった。

 

土地の酒を呑み、土地の人の声を聞き、土地の温泉に入るなどして、体の中に流れる水を氷見のものに入れ替えていっているのが分かる。

 

祭という酒と人とが集う場所での最初の挨拶。氷見という土地への入り方としては申し分ない1日になりました。

 

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土地に入る時は、その土地の神様にご挨拶。

 

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土地の酒を身体に入れる。