“名前と仕事をもらう”すると居場所ができる

La Mano 1日目。朝9時La Mano到着。東京とは思えない深い緑に囲まれた小高い丘の上、古い木造日本家屋を改装し、どこか懐かしい雰囲気に包まれていた。玄関にかかった藍染めの暖簾(のれん)を恐る恐るくぐった。どこへ行っても土地(コミュニティ)に入る最初の瞬間は緊張する。しかも今回は、一般就労が難しい障害を持った人たちとの出会いとなる。La Manoには、そういった人たちが現在26人おり「メンバー」と呼ばれている。そしてスタッフが13人、それにボランティアの方も来ていたりするので、毎日だいたい30〜40人くらいの方がここに集う。

 

玄関で靴を脱ぎ、顔を上げると、ひとりの男の人がこっちを向いて、どーんと動かずに立っていた。「おはようございます」とっさに挨拶をしたが反応はない。まるで入り口で通せんぼ状態である。しばし見つめあったまま沈黙がつづいた後「名前は?」と聞かれ「おはようございます。五十嵐です」と答えた。男の人は軽くうなずいて、振り返って行ってしまった。そのやりとりに気づいたスタッフの方が、「あ、今日からの、アーツカウンシル東京の関係の方ですよね?はじめてだったから、たぶん名前が知りたかったんだと思います。」とのことだった。メンバーさんのひとりだった。初顔のよそ者に対して、あんた誰?というのは当然の反応だと思う。でもやはり独特。

 

施設長であり、自分にとっては染色の先生になる高野さんに案内してもらい、荷物を置いて、作業着に着替えをすませた。朝の時間は、みんな慌ただしく動いている。居場所のない自分はうろうろしながら、室内に干してある昨日染色したであろう、藍染めの手ぬぐいや染め型などを拝見しつつ、すれ違う人に挨拶をした。反応はあったり、なかったり様々。

 

荷物を置いて着替えたメンバーさんたちは、掃除をはじめた。高野さんに「自分も掃除します」と言うと、「ありがとうございます。でも、実はメンバーそれぞれの持ち場が決まっていて、そこに重なってしまったりすると、気持ちが不安定になってしまったりするんですよ。なので、もう少しいろいろ見てもらって9:40になったらラジオ体操するので、どうですか?」とのことだったので、そうさせてもらうことにした。

 

緑に囲まれた中で清々しい空気を吸いながらのラジオ体操が終わると、朝の会がはじまった。メンバーのひとりの方が、出席をとりながら、それぞれの持ち場を伝える。「◯◯さん、染め」「◯◯さん、絞り」「◯◯さん、織り」「◯◯さん、アトリエ」といった具合で、それぞれ「はい」と返事をする。そして最後に、自己紹介させてもらった。「五十嵐靖晃(いがらしやすあき)です。今日から3日間。よろしくお願いします」。スタッフのひとりが言う「あれ!また五十嵐さんだ(笑)。これで3人目の五十嵐さんだよ。じゃあ《やすあきさん》て呼ぼう。みんないい?《やすあきさん》ね!」。メンバーに1人、スタッフに1人、すでに五十嵐さんがいたので、自分は3人目の五十嵐ということだった。自分はこうしてLa Manoで《やすあきさん》という名前をもらった。

 

朝の会が終わると、皆それぞれの持ち場へ移動し、工房が本格的に動きだす。自分は「染め」へ移動し、《藍染め》をさせてもらった。施設長の高野さんには、他のメンバーと同じように仕事をしたり、昼食を食べたり、できる限り自分もみんなと同じように、過ごさせてくださいとお願いしていた。

 

染色のスペースには、11個の大きな藍甕(あいがめ)があり、井上さんと、研登くんの2人のメンバーが高野さんの指示のもと藍染めの作業をしている。実は10年以上染色している2人。大ベテランだ。2人は見事な手際の良さである。26人いるメンバーだが、この染色作業は難しく、できるのは4人。その内でも好んで且つ安定して染色作業ができるのがこの2人なのだそうだ。自分にとっては兄弟子ということになる。

 

メンバー1人1人に得意・不得意があり、その人に合った役割を、この人は染め、この人は織り、この人は糸巻き、この人は刺繍、この人は絵画といったふうに、担ってもらうという。このやり方もなるほどと感心させられた。高野さんをはじめスタッフの皆さんが、メンバーひとりひとりの才能であり、キャラクターと向き合っているからこそ成せる技だと感じた。しかも、《自分で出来ることは自分でやる》というのが基本のスタンスなので、さぼっていたり、手が止まっていたりすると、普通に「ほら、◯◯さん、手が止まっているよ」「さぼらなーい!」といった感じで注意される。ここは福祉施設ではなく、あくまでクラフト工房なのである。スタッフの多くは福祉の専門家ではなく、美大や専門学校で染色やグラフィックや油画を学んだ人たちで、できあがる製品のクオリティは非常に高く、故にちょっとした染めのミスなどにも厳しい。障害者だから仕方ない、とかではなく、それぞれができることをして、とにかく良い製品を作り上げるという工房なのだ。

 

高野さんから藍染めの方法を丁寧に教えてもらい、絞りの手ぬぐいを4枚藍染めするという役割をもらった。朝の会で名前(呼び名)をもらい、こうして仕事(役割)をもらうと、最初に比べてずいぶんと居心地がよくなった。《名前と仕事をもらうと居場所ができる》ということを強く再確認した。しかもその人に合った内容のものであるということが、とても大事。

 

そして、この工房空間でありコミュニティにはメンバー、スタッフ共に、キャラクターの濃い人が多い。ずっと、しゃべっている人、ずっと静かな人、ときどき歌を歌う人、ときどきいなくなる人、いろいろ早い人、いろいろ遅い人、ほんとうにいろんな人がいて、人の幅というかグラデーションが広くあるので、その中のどこかに自分の場所をみつけることができる。しかも、自分らしくである。自分自身は小さな頃、ほとんど人前で話をするタイプではなく、黙々とひとり遊びをしているのが好きな方だったので、次々とリズミカルに出てくる研登くんの言葉を聞きながら、黙って染色作業をしていると、なんとも言えない、子供の頃を思い出すような、《自分のままで、ここにいていい》という、居心地の良さを感じた。考えてみると、一般的なコミュニティよりも、キャラクターの幅がある分、居心地が良いのだと思う。

 

なんて器が広く、居心地の良い空間だろう。全国各地、時折世界各地にも行ってきたが、こんな場所はなかったように思う。ブータンの村人総出の建設現場、天草のたくさんの職人のいる陶磁器工房、小さい頃に通った幼稚園、どれも似ているようで少し違う。だけれども、なんとも懐かしい場所なのである。

 

こうして自分もLa Manoでの自分の居場所を見出していった。

 

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研登くんと井上さん。2人は藍染め10年の大ベテラン。

 

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絞りの仕込みをされた手ぬぐい。これを藍染めします。

 

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染料から出してすぐは茶色です。

 

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空気に触れて酸化すると、たちまち藍が発色。不思議。

 

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藍甕。ついつい覗き込んでしまう。表面は酸化して藍色だが、中は茶色の液体なのだ。

 

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外にあるものも含めると全部で12個の藍甕がある。

 

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染色を終え、水にさらし、不純物を洗い流す。

 

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1日の最後には藍甕の色調整。藍は生き物のようで、毎日手入れが必要です。

 

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pH(ペーハー)のチェック。アルカリ性を維持します。

 

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貝灰や還元剤を入れて、色を調整します。

 

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貝灰や還元剤を入れる分量は経験から適量を導き出します。

 

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藍甕の色見本。実は、甕ひとつひとつの色は違うのです。

 

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研登くんは攪拌(かくはん)ももちろん、おてのもの。

 

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皮膚は磨けばなんとか色が落ちますが、爪は全く落ちません。藍はタンパク質に強く結び付くそうです。