63年前の轆轤(ろくろ)

魚々座(ととざ)4日目。今日は“あいの風”の強い1日だった。あいの風は、日本海沿岸部で沖から吹く風の総称で、氷見では北東方向から吹く風をこう呼ぶ。岸から北東方向に富山湾が広がる氷見では、あいの風が吹くと海は荒れることになる。氷見漁港の敷地内に立つ魚々座からも波立つ海が見て取れた。

 

厳しい天候ではあったが、日曜日ということもあり、昨日に引き続き今日も来場者が多かった。そらあみも順調に進んでおり、編み進むにつれて、制作場所の見え方が変わっていくと共に、関わる人の関係性もまた円滑になっていくのが面白い。団体競技や祭りでいう呼吸が合っていくような感覚である。

 

昨年の「そらあみ-氷見-」からはじまり、1年間通して魚々座の〈そらあみ〉も編み続け、今回ももちろん毎日参加してくださっている氷見での〈そらあみ〉の中心人物の一人である中田さんと並んで編んでいて、ふとした拍子に昔話が盛り上がった。

 

五十嵐「そういえば中田さんって、漁師をしていた時期ってあるんですか?」

中田さん「いや、ないよ」

五十嵐「でも、網も編めるし、海や漁や魚のことも詳しいですよね」

中田さん「おいらは海辺で育ったからな。物心ついた時には浜で仕事の手伝いしとったわ。まぁ、あの頃は遊ぶもんもなかったしな。浜での手伝いが遊びみたいなもんやったよ」

五十嵐「そこで網の編み方とか魚の獲り方とか勝手に見て覚えたってことですか?」

中田さん「まぁ、そうゆうこっちゃね」

五十嵐「その頃はどうやって魚獲ってたんですか?」

中田さん「そりゃ、おおかた地引網やったね。ほら、すぐ後ろ、あっこに大きな轆轤(ろくろ)があるやろ。あれにロープを巻き取って浜に網を引き寄せるわけや」

五十嵐「え?!でも広げた網の両端から引っ張らないといけないですよね」

中田さん「そりゃそうや。だから轆轤は浜に2つあるわけや。それでロープの同じ長さの位置に浮きが取り付けてあってな、それを目印に見ながら左右が均等になるように巻き上げていくんよ」

五十嵐「網はどうやって海に入れていたんですか?」

中田さん「ほら、そこに、櫓(ろ)の乗っかった伝馬舟があるやろ。あれより少し大きな二挺櫓(にちょうろ)か三挺櫓(さんちょうろ)の舟に網を積んで浜を漕いで出る。その時に片方のロープを、こっちの轆轤につないでおく。沖に出たら舟から網を落とす。そんでもって網の反対から出とるロープを持って、舟は浜へと向かっていき、むこうの轆轤へと、そのロープをつないで左右同時に巻き取っていくわけや。沖で網に何か引っかかるとロープが足りなくなるから、そしたら大事やで、舟には多くロープを積んでいたもんや。」

五十嵐「けっこう魚は獲れたんですか?」

中田さん「いや、そうでもない。海藻やゴミも多かったしな。それも選り分けんといかんやった」

五十嵐「その頃は一年中、地引網をやってたんですか」

中田さん「それでも、あったかい時期やったな。4月から10月くらいまでやったかな。でも、子供ながらに一生懸命に浜で轆轤の棒を押したりして、大人の仕事の手伝いするんが楽しかったけどな。まぁ、それが遊びやった。それやし手伝うたらカブス汁なんかもご馳走になれたしな。それが旨くてなぁ。そっちが目的でもあったわな(笑)」

五十嵐「それっていつ頃だっんですか?」

中田さん「子供の時分や」

五十嵐「中田さんって今おいくつでしたっけ?」

中田さん「73歳や。その頃は10歳くらいやったから、63年前になるな(笑)」

五十嵐「63年前思い出して、ちょっと轆轤回してみます?」

中田さん「ほれ。こんな感じや」

 

魚々座には、氷見各所の蔵や納屋や番屋から集めた漁具がたくさん展示してある。ここにあるものを使えば、63年前と同じ地引網漁ができる。中田さんのように、展示してある道具を自分の記憶で読み解ける人がいるうちに、ただ展示物として眺めて見ているだけでなく、実際に使ってみると良いように思う。

 

それらの道具には、ただ単に、例えば魚を獲るといった目的だけを果たすこと以外にも、コミュニティや土地の文化をつなぐ所作としての機能が隠されているように思うのだ。機能してこそ道具の真価は発揮される。

機械編みでなく、手で編んだことで〈そらあみ〉がはじまったように、、、。

 

これらの道具は所作を伴うことで、身体を介して、懐かしくも新しい世界への入り口となる。

 

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あいの風で、魚々座入り口に設置されている〈そらあみ〉がかなり吹上げられている。

 

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時間が止まったままの轆轤(ろくろ)

 

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63年前を思い出しながら、中田さんが使うと轆轤は機能しはじめた気がした。

 

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〈そらあみ〉は順調に伸びて、風景も集う人の関係も、ゆるやかに変化していっています。