うねりの力、眠る力。

朝食会場でポノマリョフが嬉しそうに言う。ロシア語だったので正確には分からなかったが、「うねりの世界へようこそ(笑)」といった感じだった。昨夜から今朝にかけてのあいだに外洋に出たようで、船が常に大きく揺れるようになった。

 

カーテンが勝手にレールを行ったりきたり、棚の上のものは常にゆっくりと左右へスライドしている。ギシギシと何かがきしむ音がする。バスルームや階段に取り付けられた手すりの意味を理解する。食事中、ゆで卵は皿の上を転がり、大きなうねりが来ると、椅子に座ったまま滑ってしまう人もいる。安定し留まっている陸の世界から離れ、不安定で常に動いている海の世界のはじまりである。素直な感想は「怖い」である。これまで航海の経験があってもやはり陸に慣れてしまっている自分には怖さがあり、ベッドで横になって目の前で常に揺れているカーテンを目に入れたくないと感じた。素直にこの状況が受け入れがたいのだ。

 

そして当然、船酔いに襲われる。朝食後、船大工のアリミルさんのところへ、組紐を組む仕事をしに行った。地下へと下る階段を通ると船独特の脂の匂いがする。扉を開けるとアリミルさんがいた。こっちに気づくと「おぉ。イガラシ」と一言。挨拶し握手を交わす。組紐を組むのに適度な高さの椅子が必要だったのでアリミルさんに相談すると、「作っておくよ」と言って、どこかへ行ってしまった。

 

組紐を組みはじめたが、うねりは強くなる一方で、他の人の作品で使う魚の入った水槽から水が溢れてしまった。大きな水槽が転倒したら大変なことになるので、それを固定するためにロシア人船員たちが集まって作業をはじめた。いよいよ組台も倒れてしまい、自分も椅子に座ったまま壁までスライドしてしまうほどの大揺れとなり、危険を感じたので組台をロープで固定し、地下の作業スペースを後にした。部屋に戻り、ベッドに横になる。それからまったく動けなくなってしまった。完全に船酔いである。

 

日中、事務局が用意していたアーティスト、科学者といった面々のプレゼンテーションには参加できず(後で聞いたが、事務局や司会やアーティストはほとんど皆動けず、科学者は比較的大丈夫だったので、アーティストは感受性が豊かだからねと、冗談が交わされたとか)。昼過ぎに少し回復したので、船のスタッフからフルーツとサラダを届けてもらい、懸命に噛んで、なんとか飲み込み。もう一度眠った。船酔いは眠ると良いようで、というか体が眠る事を求めるので、眠る。すると、起きてすぐは調子が良い。

 

陸の世界から、海の世界へと体をつくりかえるために、体は眠りを求めるのだろう。

 

ベッドの中でうねりを感じながら、体にそれをなじませていく。最初は抵抗しているが、受け入れる以外の道はない。いつしか眠ってしまい眼が覚めると、眠る前よりも順応している。

 

繭の中から羽化するように、ベッドの中で体をつくり変え目覚めるのである。

 

「眠る」ということは環境や状況に順応するための身体的欲求なのだろう。昔からよく言う「寝れば治る」というのは本当なのだと思う。正確には治るというか順応しているのだと思うが。

 

夕方、目覚めると自分の「眠る力=順応する力」に驚く。妙にすっきりしていて、どうやら海の世界に少し順応したようだ。枕元に置かれた、食べ残した皿の上のイモをむしゃむしゃと食べた。

 

体が動いたので、アリミルさんのところへ行き、角台など組紐のセットを最上階のラウンジまで運んでセッティングすることにした。到着すると、はいどうぞ、といった感じで余りの資材でつくった良い雰囲気の手作りの椅子を手渡された。まさかあの揺れの中で椅子をつくっていたとは!!!まったくもって信じられない!!!そんなタフなアリミルさんやロシア船員(この船はロシア船籍)の方々に協力してもらい良い感じに組紐のセッティング完了。(ちなみに他の船員も慣れているのか、船酔いなどどこ吹く風で、まったく平気な顔をしている)。ラウンジは朝昼はカフェスペースで夜はバーとなるので、比較的みんなが集まる場所。ここで組紐を組み、時に参加してもらうことにする。

 

少し組んだが、また気分が悪くなったので、再び眠ることにした。眠るか、食べるか、組むか、今はこの3つだけ。

 

IMG_8256_s

この手すりがないとシャワーを浴びる時に立っていられない。

 

IMG_8258_s

目覚めてカーテンを開け、船室の窓からのドレーク海峡を望む。

 

IMG_8260_s

朝日が水平線から昇る。

 

IMG_8262_s

船の向かう先には水平線のみ。

 

IMG_8269_s

揺れが激しくなり組紐作業は一旦断念。

 

IMG_8270_s

組目。

 

IMG_8273_s

眠って復活したので、バーラウンジに組紐セットを移動しセッティング完了。

 

IMG_8278_s

ここで、航海の時間と関係性を組紐に組み込んでいく。