教授

今日も朝早くからキタガワさんとクニさんが網を編みに来てくれた。ここ数日、我々3人が朝早くから日が暮れるまで網を編むモチベーションは、長い目で見たら最終日である10月21日に向けての“そらあみ”の完成はもちろんだが、明日の“そらあみづくり体験講座”の初日までにある程度の網を編んで、制作及び設置する現場となる阿古漁港の中桟橋に掲げ、講座の初日に来た人に見てもらおうという点にある。

 

キタガワさんが笑いながら言う「俺、教授って言われちゃったよ」。最初は言っている意味がよく分からなかったが、どうやらここ数日、キタガワさんが顔を出さないから何をしているのか、普段よく会う周りの人が気になったらしく、どうやら三宅島大学に出入りしているらしいということが分かり(島では車で個人が判断できるため、三宅島大学本校舎に車が停めてあるから、車から所在が割れたらしい)、大学に出入りしているから「教授」ということになったらしい。自分からしたら、キタガワさんもクニさんも教授のような存在なので、三宅島大学本来の「島でまなび、島でおしえ、島をかんがえる」というコンセプト的にはしっくりくるのだが、キタガワさんが教授と呼ばれる意味には別の側面もある。それは、島の人が、三宅島大学とキタガワさんの関係を観察しているということだ。そこには、まだ三宅島大学(昨年の9月に開校したばかり)の全貌がつかまえられない島の人にとって、何かおいしい話(例えば儲けに繋がるとか?)にキタガワさんが関わっているのではないか?とかといった、ひやかしのような、でも自分は距離を測っているようなものも含まれた感覚である。

 

キタガワさんは言う「俺は、いろんな土地でお世話になってきたし、こうして誰かの何か、困っている何か、自分が力になれる何かを協力してやったら、いずれどこかで必ず自分に帰ってくる。俺、今まで海外旅行に行っても、どこの国でも皆良くしてくれたし、、、。当然のことだろ。こんなんは、損得じゃないし。そらあみを三宅じゃできなかった、三宅の人は協力的じゃなかったなんて、他の土地で言われたくもないしな」

 

島には島の事情がある。島には島の付き合いがある。それを、どうこうすることなど自分にはできないし、するつもりもないが、そうでない、しがらみのない運動体として、外から来た役割としての刺激が“そらあみ”を通して起こすことができるかどうかが、ここでの仕事である。

 

明日が、講座の初日である。昼前に網を編む手を止めて、キタガワさんと網を空に掲げるための竹を切りに行くことになった。キタガワさん独自の島ネットワークで押さえてくれた竹の在処へ向かう車移動の途中、キタガワさんが言う。「五十嵐くん。昨日あれからずっと考えたんだけど、竹も良いけど、ワイヤーを張ってみるのはどうだ?」。今まで“そらあみ”でワイヤーを使って設営をしたことはない。はじめてのことだし、島の人からの意見だし、スッキリと今までにない見え方がしそうだし。しばし考えて、そうしてみることにした。

 

竹ポイント(坪田地区)まで行って、そのまま引き返し、道具を準備すると言って、キタガワさんは行ってしまった。三宅島大学本校舎に戻って、クニさんと2人で網を編んでいると、昼過ぎにキタガワさんが戻ってきた。キタガワさん:「ワイヤー張ってきた」五十嵐:「え?!もうですか?」仕事が早すぎる。電気屋の社長さん恐るべし。

 

夜7時まで作業を進めて、今日まで編んだ網を1枚に繋げ合わせた。明日の朝、阿古漁港の中桟橋に設置することにして今日は解散。明日は朝6時集合である。

網をつり上げるための滑車とロープの下準備

滑車にロープをとりつけてくれました。仕事が早い

網もだいぶ量感が、迫力が出てきました