La Mano 6日目。朝9時La Mano到着。着替え、掃除、ラジオ体操、朝の会といったいつもの朝の一連の流れがあり、10時頃には、染め、織り、絞り、アトリエといった、それぞれの持ち場で制作がはじまる。
自分は、織り工房「セグンダ」前に昨日建てた糸染め小屋に移動し、施設長の高野さんに綛(かせ)の状態の綿糸の藍染め方法を実演してもらい、それに習って自分も染めて、丁寧に作業工程を教えてもらった。
糸染め小屋には、藍甕が4つ用意してあり、藍の色が濃い甕が2つ、薄い甕が2つ、といった割り振りになっており、これを駆使して、上手に色を重ね染めして水色くらいの藍から濃紺くらいの藍までの大きく5色くらいのグラデーションになるように1綛ずつ、それぞれの濃さで染める。ちなみに今日から4日間の間に50綛染める予定。
染色方法を習いながら、途中、明日以降に染色する糸の精練(樹脂抜き)も同時進行で行ったので、あっという間にお昼になった。
「いただきます」の挨拶をして、昼食をみんなでそろって食べて、「ごちそうさま」の挨拶。13時までの時間は、昼寝やおしゃべりなど各自で自由に過ごす。みんなが縁側や畳(たたみ)でごろごろして過ごすこの時間は、ゆる〜い空気が流れ、けっこう好きな時間である。それでも13時になるとみんなピシッと動き仕事をはじめる。
自分も糸染め小屋にもどって続きの作業をしていると、施設長の高野さんが一人のメンバーさんを連れてきた。
高野さん「やすあきさん。午後からは、さっそくですが平野くんと染めましょう」
やすあきさん「あ!はい。わかりました」
高野さん「平野くん。じゃあエプロンと手袋しにいこうか」
平野くん「うん。いいよ」
平野くんは、どちらかというと時々落ち着きがなくなるタイプ。La Manoでは一番よくしゃべるし声もよく通るムードメーカー的な印象がある。あとは言葉遊びが上手で、韻を重ねるような耳に心地よく、また意味深なフレーズが時折飛び出す。そんな美しくリズミカルな言葉を使う人が平野くん。
高野さん「じゃあ平野くん、ここに座って、糸をこうしてゆっくり送るようにして染めます。わかった?」
平野くん「うんうん。わかるよ。やったことあるよ、これ」
高野さん「もう10年以上前の体験の時でしょ(笑)」
しばらく平野くんの様子を観察して、高野さんは別の仕事をしに行ってしまった。糸染め小屋の中には、平野くんと自分だけがいた。これまでほとんど会話をしたことがない2人。そもそも、会話がうまくいくのだろうか?というか不安定になって発作か何か起きたら、対応できるだろうか?大丈夫だろうか?正直自分は緊張していた。
平野くん「…………(時折、小刻みに前後に頭をゆらしている)」
やすあきさん「…………」
平野くん「…………(時折、動かなくなって遠くを見ている)」
やすあきさん「…………」
藍甕の染料に糸が触れる音と、鳥の鳴き声以外の音が聞こえない。静かな時間がしばし流れた。何を話せばいいのか分からなかった。ただただ黙々と染めていた。でも途中から、そもそも会話でコミュニケーションする必要なんてあるのだろうか?と思いはじめた。隣の藍甕で同じ手仕事をしてお互いの存在を感じている。それだけでいいのではないだろうか。などと、一般的な社会の社交辞令として使われる会話や言葉に頼ることをやめようかと考えていると、しばらくして平野くんが言葉を発した。
平野くん「きゅうじょのときはつりあげる。いとのときはまつりあげる。」
やすあきさん「ん?」
平野くん「…………」
やすあきさん「もう一回いい?」
平野くん「だからさ、きゅうじょのときはつりあげる。いとのときはまつりあげるんだよ」
やすあきさん「きゅうじょって人を助ける時の?」
平野くん「そう」
やすあきさん「救助のときは吊りあげる。糸のときは纏り(まつり)あげる。か、、、。いいね。その言葉」
この後、染めながらふとした拍子に2人で何度もこの言葉をおまじないのように言葉にした。
平野くんが、はじめての2人きりで困っている やすあきさんにくれた、2人をつなぐ魔法の言葉だった。
むしろ気を使ってくれていたのは平野くんだったのかもしれない。いずれにせよ彼の言葉に救われた自分がいた。
染める前に一度水を吸わせます。
均一に染まるように糸を藍甕の中で循環させます。
染め終わったら絞って、干して、空気に触れさせ色を発色良くします。
昼休み。縁側でくつろいでいたら、朋之さんが木目を数えて首を傾げて悩んでいた。
「きゅうじょのときはつりあげる。いとのときはまつりあげる。」
ガラスの向こうは織り工房「セグンダ」。
セグンダのすぐ向かいに糸染め小屋はあります。
今日、染めた糸。水洗いにかけるとこうして、いっきに藍の色になります。