ブラジルでTURNする

サンパウロまであと約3時間。現在、大西洋上空、ポルトガル語が聞こえる機内でブログを書いている。成田発、ドバイ乗り継ぎ、サンパウロ着といったルート。6月28日21:20に成田を出発しサンパウロに着くのが6月29日16:30。時差があってややこしいので単純に移動時間を計算すると、成田→ドバイの飛行時間が10時間40分。ドバイで5時間35分のトランジット。ドバイ→サンパウロの飛行時間が14時間55分。合計すると30時間30分の移動。たった30時間半で地球の反対側まで行くと思うと速い気もするが、さすがに長い。トイレ以外は座席から動けないまま、朝も夜も分からず、ひたすら出された物を食べ続ける時間が続くと家畜になった気分になる。(とはいえ、もちろん残さず食べるのだが。笑)

 

それが耐えられないのかどうか分からないが、ブラジル人は勝手に機内で動きだす。おばちゃんたちは席を立ち、角の空いたスペースに集い、どこから出してくるのか分からないリンゴを美味しそうに食べながら談笑している。男性はワインのミニボトルを片手にCAと仲良くなり会話が弾み盛り上がっている。今ある状況を楽しむ、こういったスタイルがなんともブラジル人らしい。そんなこんなで小鳥のさえずりのように機内に響くポルトガル語が止むことはない。

 

次に日本に戻るのは9月9日。今日から約2ヶ月間、ブラジルでの滞在制作がはじまる。大きく分けると前半の1ヶ月はサンパウロ。後半の1ヶ月はリオデジャネイロといったスケジュールになっている。目的はブラジルでTURNするということ。

 

東京都とアーツカウンシル東京は、東京2020オリンピック・パラリンピックの文化プログラムの先導的役割を果たす、リーディングプロジェクトを平成27年より実施しており、今年度は世界中の注目が集まるリオデジャネイロ2016オリンピック・パラリンピック競技大会時に現地において、3つのプログラム「東京キャラバン」「TURN」「TOHOKU & TOKYO in RIO」を開催する(https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/what-we-do/creation/leading/)。自分はこの中の「TURN」にアーティストとして参加する。

 

「TURN」とは、異なる背景や習慣を持ったさまざまな人々との出会い方、つながり方に創造性を携え働きかけていくアートプロジェクト(http://turn-project.com)。今年、2016年の3月に東京都美術館で開催された「TURNフェス」にもアーティストとして参加させてもらった。簡単に言うと、そのブラジル版ということである。

 

今回の文化事業の大枠である「CULTURE & TOKYO in RIO」の中での「TURN」では、日本及びブラジルを拠点に活動するアーティストたちが伝統工芸を携えて、サンパウロに滞在しながら福祉施設に通い、入所者の日常に触れながら関わり合っていく交流プログラムを実施する。そして、そのプロセスを通して生まれた作品等をパソ・インペリアルに展示するとともに、ワークショップやカンファレンス等を開催する。

 

リオデジャネイロでの展示期間は2016年8月18日〜9月7日。それまではサンパウロでの滞在と交流プログラムを通しての作品制作を行う。

 

参加するアーティストはブラジル人2名。日本人2名の合計4名。それぞれ違う福祉施設で交流。またそれぞれに別の伝統工芸を作品の題材とする。

 

ジュン・ナカオ(アーティスト/ブラジル)=〈福祉施設〉憩の園=〈題材〉セスターリア(ブラジルの伝統的な籠編み)

タチ・ポロ(アーティスト/ブラジル)=〈福祉施設〉こどもの園=〈題材〉江戸つまみ

瀧口幸恵(ワークショップファシリテーター/日本)=〈福祉施設〉Monte Azul=〈題材〉東北切り紙「きりこ」

五十嵐靖晃(アーティスト/日本)=〈福祉施設〉PIPA=〈題材〉江戸組紐

 

自分が学んだ伝統工芸は「江戸組紐」。日本橋にある「龍工房」で学んだ(http://ryukobo.jp)。組紐とは、糸あるいは糸の束を組合せてつくった紐。通常は絹糸や綿糸などの繊維類を数本または数十本の単位とし、これを3単位以上そろえて、ある一定の方式(組み方)に従って斜めに交差させ、細幅や丸い紐につくる。

 

組紐の歴史は仏具や経典などに付属する飾り紐として奈良時代に伝来し、平安時代には日本独自の技法が確立されたという。その後は主に武具の一部や茶道具の飾り紐として用いられ、やがて羽織の紐や、帯締めとして使われるようになった。今現在、日常の中で、我々の目にもっともふれやすい組紐は着物の帯締めだろう。

 

だが組紐の原点である縄の歴史を紐解くと、縄は、いまから1万年くらい前の遺跡から発掘されており、また8000年前の縄文式土器に、三つ組や四つ組の縄の圧痕があるし、5世紀時代の古墳から出土した鎧の威(おどし)糸は、八つ組(今回自分が龍工房で習った組み方)の組紐であった。といったように、そのはじまりは人が人になった頃まで遡る。

 

人類が発見した糸との関わり方には、大きく分けて3つの方法がある。それは〈編む〉〈織る〉〈組む〉。自分は、これまでの作品を通して、知らず知らずのうちに〈編む〉と〈織る〉に出会ってきた。〈編む〉は「そらあみ」(瀬戸内国際芸術祭2013・2016/沙弥島)で、糸を編むことで土地の風景を捉え直した。〈織る〉は「New Horizon」(TURNフェス/東京都美術館)で糸を織ることで、新たな水平線を織り成した。そして今回、偶然にも〈組む〉に出会うこととなった。これはいったい、偶然なのか、、、必然なのか、、、。

 

今回自分がブラジルで交流する施設は「PIPA」。ポルトガル語で〈Projeto de Integracao Pro-Autista〉の頭文字をとったもの。日本語に訳すと「自閉症児療育施設」。自閉症の子供たちがいる施設である。自閉症の人は現代社会において弱者として扱われている。だが自分はTURNフェスを通して、弱さこそ人類のアイデンティティーであると知った。

 

人のはじまりは猿である。当時、森の中で食べ物を獲得するにはゴリラやチンパンジーに力で勝てず、森を捨て、平地を歩き二足歩行になり、知恵をつけ火を使い食べ物を獲得してきた。今は、あたかもこの星の支配者のようにふるまってはいるが、我々のはじまりは、〈弱き猿〉である。弱さこそ我々のはじまりであり、アイデンティティーなのである。その〈弱さ〉を忘れた現代人は、社会運営において弱者を排除するようになった。このように弱さを認められない社会というのは、無意識のうちに自己否定している社会とも言える。自殺者や精神的な病に陥る人が多いのは、そのせいなのではないだろうか。〈弱さこそ人間らしさ〉であるならば、これから出会うPIPAの自閉症の人たちから、弱さであり、人間らしさを学びに行こうと思う。彼らは我々より、より人類のはじまりである弱さに近い、人間らしい存在である。自分はポルトガル語を話せない。なので言語でのコミュニケーションはできない。しかも相手は自閉症である。コミュニケーションとして使えるのは、この体と糸。そして、それらを〈組む〉ということ。

 

今回、糸はTURNフェスで一緒に作品づくりをしたクラフト工房La Mano(町田にある福祉支援が必要な人たちが働く染織工房→http://www.la-mano.jp)のみんなと一緒に藍染してTURNフェスで使用した糸。そして、新たにLa Manoにお願いし、工房の展示会直前で忙しい中「やすあきさんの糸」という合言葉で、みんなで染めてくれ、日本出国直前に受け取った糸(自分はLa Manoでは「やすあきさん」と呼ばれている)。そして、なんと、La Manoで学んだ藍染の技術を使ってブラジルのPIPAで藍染めに挑戦する糸を合わせて、組んでみたいと考えている。日本の町田のLa Manoで藍染めした糸と、ブラジルのサンパウロのPIPAで藍染めする糸を組む。地球のあっちとこっちを組んでみる。

 

こうして、糸にまつわる物語〈編む〉〈織る〉〈組む〉の三部作の最後、〈組む〉の物語が、日本から、ちょうど地球の裏側のブラジルで、今、幕をあける。

 

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〈編む〉は「そらあみ」(瀬戸内国際芸術祭2013・2016/沙弥島)で、糸を編むことで土地の風景を捉え直した。

 

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約200人の島の漁師さんたちと編んだ。

 

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〈織る〉は「New Horizon」(TURNフェス/東京都美術館)で糸を織ることで、新たな水平線を織り成した。

 

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織り機の縦糸に着想を得ました。

 

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成田からドバイ。10時間40分。

 

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砂漠と高層ビルのドバイ。

 

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砂漠と海のドバイ。

 

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ドバイからサンパウロ。14時間55分。

 

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どこまでも町が続くサンパウロ。サンパウロと日本の面積が同じらしい。

 

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日本人街の信号機。