出港。カザフスタン出身の船大工アリミルさん

現在の時刻は日付が変わって3月18日午前1時半。カーテンや吊るした洗濯物がゆったりと一定のリズムで揺れている。1時をまわったころから船の振幅が大きくなってきた。そろそろ外洋に出たのだろう。

 

出港したのは3月17日の18時すぎ。その時ラウンジには南極ビエンナーレ関係者全員が集い、皆でウシュアイアからの出港を乾杯して祝った。デッキに出ると風が冷たく、ダウンジャケットを部屋まで取りにいった。ヨーロッパのどこかの飛行場のストライキの影響で到着が遅れていた最後の一人も船に合流し、皆が待ちに待った出港となった。桟橋からゆっくりと離れ、ウシュアイアの街並みが徐々に遠のいていく。20時くらいだろうか、日が暮れると昨日まであった町の明かりはなくなり、辺りは闇に包まれ、遠くに薄っすらと南米大陸の山並みが黒く見えた。今日からドレーク海峡を2〜3日かけて渡って南極入りとなる。

 

出港までの時間は自由時間となったので、自分は作品を制作するための準備を行った。今回の作品プランは以下の通り。

 

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《作品タイトル》

時を束ねる(ときをたばねる)/“Bundling Time”

 

《作品コンセプト》

南極ビエンナーレの航海に同行する世界中から集った人々と協働する。航海中に船内でともに組紐を組み、その紐を使って南極大陸で全員で凧揚げをする作品。

 

地球の南極点と北極点を結ぶ子午線は、世界各地の時間を定めている。南極大陸は、その子午線が一点に集まるため、世界の時間が集う場所であり、逆に時間のない場所とも言える。南極ビエンナーレの航海には世界中の人が集う。彼らは自分の中にそれぞれの国や地域の時間であり、自分自身の命が刻む自分だけの時間を持っている。組紐を通して、彼らの手に握られた糸は命が刻む鼓動を拾う。一本一本の糸をそれぞれの子午線に見立てて空に向かって組み上げることで、どこの国でもない南極の大地で、だれのものでもない時を束ねる。

 

国境、子午線、人類はこれまで、この地球にたくさんの線を引いてきた。この星にとってのこれからの線のあり方についてあらためて問い直す。

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ひとり一本ずつ持った糸が空中で一本にまとまるような凧揚げの紐を組むには、かなり長い糸が必要であり、また組台(組むための装置)も作る必要がある。そんな大きな組台を日本から持ってくることもできない。代用品を作るか探すか、どうしたらよいものかどうか悩んでいるところに偶然ポノマリョフさんが通ったので相談すると、スペシャルな人を紹介するからついて来い。とのことだったので、ついて行くと、船の地下の一室に案内され、カザフスタンから来たアリミルさんという大工さんを紹介してもらった。自己紹介の握手をすると、手も背も肩幅も指先も大きな人だった。ポノマリョフは言う。「彼はスペシャルだ。彼に頼めばなんでもつくってもらえる。」

 

やはり船には船大工がいるのである。アリミルさんはロシア語のみを使うので、スケッチを描いて、片言でやりとりしながら数時間作業し、船に積んであった端材を使ってよい雰囲気の組台が出来上がった。

 

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3/17の朝。Akademik Sergey Vavilov号からウシュアイアの街を望む。

 

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船大工のアリミルさん。組台に使えそうな角材を相談中。

 

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アリミルさんの作業台。船の中の作り物はほとんどここで行われる。

 

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必要な材料の買い出しにウシュアイアの街へ。古い桟橋が良い雰囲気。

 

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船に戻ってアリミルさんと角台の制作開始。

 

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2人でイメージを重ね。船にあった端材を使って下の部分を追加しかさ上げ。ソリのような良い感じの角台が完成。椅子もちょうど良いのがあるとアリミルさんが持ってきてくれました。

 

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3/17の18時頃に出港。

 

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最初は内海で波は穏やか。

 

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出港してすぐに行われたのが緊急時の訓練。

 

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船首地下にある船室で組紐実験。バッチリです。

 

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夜のバーラウンジの様子。引き続き交流が行われています。