糸紡ぎリサーチツアー3日目。今日はアルパカの毛の糸紡ぎを行った。
朝起きると、やはり頭が痛い。昨日より多少は治まったが、まだ頭の中に心臓があるかのように脈を打っている。これ以上に高山病を悪化させないために病院へ。酸素吸入と酸素を取り込みやすくするための注射を打って行動開始。
糸紡ぎをするために、ホアン カルロスの奥さんのエルビーラの実家へ向かう。やはり気になるのは標高である。ホアン カルロスに尋ねると、標高4200mだという。ちなみに宿は標高3850mだったので、朝一で病院に行っておいて正解である。
数時間の移動だったが、注射の影響でほとんど寝ていた。気がつくと到着しており、そこはやはりというべきか、空が近すぎるせいなのか、間違いなく地球上にあるエルビーラの実家なのだが、どこか別の星にいるような、宇宙を感じる場所だった。
薄い空気に慣れてきたのか、注射の力なのか、はたまた大地の神への供物の効果か、到着後はすこぶる体調が良かった。
さっそく糸紡ぎか?と思ったら、まずはイモを焼くためのかまどを、石を積んで作って、かまどを焼く。かまどが焼けたら、そこにイモを入れて、こんどはかまどを潰して焼けた石でイモを焼く。30分ほどでイモが焼けたら、焼けた石の中からイモを掘り出す。そしてみんなで食べるのだという。
イモが焼けるのを待っていると、エルビーラの知り合いの紡ぎ手の女性2人がやってきた。我々が町の市場で買ってきたお土産のフルーツや、パンやチーズなんかも出てきて、ちょうどイモも焼けて、みんなで食べはじめた。聞くと、こっちの風習として、こうやって皆で集まって何かをする時は、最初にみんなで同じものを食べるのだという。お土産も当然の礼儀として必要になる。人との距離を縮めるには自然だし、よくできた風習である。
食べながら女性2人に話を聞く。どうやってここまで来たのか聞くと、乗り合いバスだという。どれくらいかかりますかと聞くと、40分くらいで、歩いたら4時間とのこと。次にどうやって今日集まるということを連絡しているのか、携帯はつながるのかと聞くと、電波がつながる場所があるから、そこまで歩いていくのだそうだ。だけれども相手も、同じ時に電波がつながるところにいるとは限らない。ではその時はどうするのかと聞くと、ひと言。「会いに行く」とのこと。なんだかひどく納得がいった。どうしても伝えたいことがあったら、バスで40分か歩いて4時間かけて会いに行くのだ。今の自分の日本の暮らしからしたら衝撃ではあったが、それは逆に正しいことだとも思った。
一緒に食事をして距離を縮めたところで、昨日毛刈りしたアルパカの毛の選別レクチャーがエルビーラによってスタートした。そう、ひと言でアルパカの毛と言っても、様々なランク分けがされているのだ。簡単に言うと7段階に分かれる。最高級は背骨に沿った背中の一部分のみ、そこから同心円状に徐々にランクが下がり、足回りなんかが最も品質が低いものとされており、それらはヒモなどに加工される。基本的に良い部分は海外に輸出されて、ほとんどペルーには残らないのだそうだ。
両手で触って徐々に変化していく品質を確認した。最高級部分と最低部分を比べればすぐに触って分かるが、徐々に変化していくのを識別するのはなかなか難しいものだった。
そしていよいよ糸紡ぎスタート。まずはエルビーラの糸紡ぎデモンストレーション。これが、とんでもなく美しい。プシュカがコマのように地面を回り、アルパカの毛の塊が彼女の両手で引っ張られる度に、餠のように伸び、いつの間にかプシュカの回転が伝わり、自然に撚りが加わり、限りなく細い均一の糸として生まれ、巻き取られていく。この一連のことが同時に起きている様子は、まるで魔法を見ているかのような不思議な光景だった。大げさかもしれないが糸が光って見えるのだ。とにかく彼女に触れられている毛が気持ちよさそうで、見ているこっちも気持ちが良くなっていく。時を忘れていつまでも見ていられる。
シンプルだから理屈は分かるが、とてもじゃないがそうはならない。自分もやってはみたが同じことをしているとは思えないのだ。
会話を交え、時折笑いながら糸を紡ぐエルビーラはまるで、そこに流れる時間や空間や雰囲気までも一緒に紡いでいるかのようだった。そこには調和があった。
紡ぎながら彼女は言った。
「新月の時に糸を紡ぎはじめるの。月が満ちるのにあわせると仕事がはかどるのよ。その逆はダメ。どんなにやっても仕事にならないの。」
糸を紡ぐということはきっとこういうことなのだろう。
この星の生き物は、潮の満ち引き、要するに月の満ち欠けにあわせて産卵し命をつなぐ。
糸を紡ぐということは、この星に流れる命のリズムを紡いでいるのだ。
高山病のため、2日連続で朝一病院での酸素吸入中。注射は苦手なのでイヤだ!と言ったら。看護士のおばちゃんに子供じゃないんだから!と、プスリとやられました(涙)
エルビーラのおばあちゃん。86歳です。かまどをつくってくれています。
乾燥した牛の糞を燃料にかまどを焼きながら、おばあちゃんと記念写真。雲が近すぎる。
標高4200m。空と大地とかまどが焼けるのを待つおばあちゃん。
アルパカの毛や糸を触る前にも、コカの葉を大地と山の神に捧げます。
アルパカ獣毛選別レクチャー中のエルビーラ。手前が頭。奥がおしり。品質が7段階に分かれます。
レクチャー終了後、上手に丸めて、最後は首の部分を撚って紐状にして縛りまとめます。
焼けたイモをみんなで食べます。見た目は一緒なのですが、中身が白や黄色など、いろいろ種類があり味が違って飽きずに食べられます。シンプルだけど石焼き芋の美味しさは間違いありません。
女性の髪型はこのスタイルが人気。御下げにボンボン。ちなみにボンボンはアルパカの毛を使って自分でつくっているそうです。色も天然のグレーアルパカ色。
紡ぐ所作も、その姿も美しい。
太いのが自分が紡いだ糸。細いのがエルビーラが紡いだ糸。別の次元にあります。
糸を紡ぐということは、きっとこういうことなのだろう。
エルビーラ友人。有紀さん。エルビーラ友人。エルビーラ。私。
エルビーラの友人2人は、バスの時間だからと言って帰っていった。バス、いったいどこに来るのだろうか?
草を食むアルパカ。どれくらい前の人がこの風景を見て、どれくらい先の人までこの風景を見るのだろう。
アルパカを自由自在に移動させる おばあちゃん。
牛の餌を運ぶ ホアン カルロス。働き者だと褒められていた。やはり働き者が良い男なのだ。でも最近の日本の働き者から感じるイメージとは何か違う。
牛に餌を食べさせるホアン カルロス。笑顔でこの暮らしが好きだと言っていた。彼が刻む命が輝いているのを感じる。
東の空に月が昇り、、、
西の空に日が沈んでいく、、、
ホアン カルロスが振り返り、東の空と西の空をアゴで指す。「見ろ!ここには月と太陽がある」そう言っているようだった。
エルビーラの実家に戻ると、羊たちも帰宅していた。
ホアン カルロスとエルビーラ夫妻。アルパカに関わる仕事をしていた2人を、その糸がつないだ縁なのだそうだ。馴れ初めを聞くと、エルビーラが「アルパカを追い込むように追い込んだのよ(笑)」と、はにかみながら話す姿に一同大爆笑。