戎祭

沙弥島滞在15日目。今日は櫃石島の恵比須神社で行われる戎祭(えびすまつり)へ行ってきた。櫃石島の戎祭は大漁祈願と航海安全を願う漁師の祭りである。毎年、旧正月に行われるため、今年は本日2月10日がお祭りの日となっている。

 

内容はいたってシンプルで、恵比須神社に神主さんと島の漁師達、漁協の組合長、県会議員や市議会議員が集い、神事を行い、そのまますぐ近くの公民館に移動し食事をして酒を飲む。といったものである。

 

ちょうど一週間ほど前にワークショップをしに島に来ていたので、櫃石島の漁師さん達とは2度目の顔合わせになる。神事が始まる11時より少し早く櫃石島の公民館に到着、車を降りて、少し緊張しながら人のいる方へ向かうと、先週一緒に網を編んでくれた人達の顔があった。

 

五十嵐「おはようございます」

若い漁師さん「お、網の連中か」「今日は編まんぞ(笑)」

年輩漁師さん「おい。そんな言い方すなや」

五十嵐「今日は戎祭りに参加させてもらいにきました」

別の漁師さん「このおっちゃん、あれから夢中で編んで、糸がないゆうとったぞ」

五十嵐「ほんとですか。ありがとうございます!」

若い漁師さん「他の島はどやった?大勢参加してもらえたんか?櫃石はもう編まんでええやろ」

五十嵐「はい。瀬居島の西浦とか、参加してくれた漁師さん多かったですけど、櫃石が一番若い方も多くて迫力ありました。あと1回か2回は来たいです」

別の漁師さん「また来るんか。もう来んでええぞ(笑)」

五十嵐「次は16日にまた来ますんで、よろしくお願いします」

 

漁師言葉は時に逆の意味を持つ。一見否定的な言葉にも聞こえるが、実は逆だったりする。ちゃんと気持を伝えることができれば、ちゃんと反応してくれる。男気があるというか、愛情が深いのである。でもちゃんとまっすぐに向き合わないと、一切答えてくれない。否定的に聞こえる言葉は、ある種、漁師さんの社交辞令みたいなものでもある。そこでびびったらそれ以上入れない。

 

戎祭に来たのも、もっと入り込むことができれば、漁師さん達と近づくことができれば、と思ったからである。櫃石島はこのブログにも書いたが“アウェーの洗礼”を受けた島である。今日は50人ほどの漁師さんが集っていた。初めて会う人もたくさんいた。祭りには土地の姿が浮かび上がる。だからこそ、“郷に入っては郷に従え”で、そこに飛び込み、土地のルールで酒を飲むのである。

 

15時53分のバスが来るギリギリまで酒を飲み、最後に次回のワークショップのお願いと今日のお礼を伝え、同席していた与島漁協の久保組合長と高嶋参事と一緒に島を離れた。帰り道、丸亀に寄り久保組合長と高嶋参事と夕食を食べ、坂出に帰ろうと店を出ると、高嶋参事の電話が鳴った。櫃石島の漁師さん達が隣町の宇多津まで飲みに来ているというのだ。

 

高嶋参事「五十嵐さん、どうします?」

この世の中、タイミングが大事である。これは行くしかない。

五十嵐「はい。行きます!」

高嶋参事「じゃあ、今夜はとことんやりますか(笑)」

 

丸亀駅前で待っていると、自分の人生で今まで馴染みのない車高の低い真っ黒のクラウンが停車した。それに乗り込み宇多津の飲み屋へ移動し、櫃石島の漁師さん達と再会し、戎祭の続きがスタートした。こうして、結局、昼の12時から夜の12時まで酒を飲んだのであった。そして、酒を酌み交わし、今を生きる漁師さんのいろんな話を聞いた。

 

今年の櫃石島の戎祭りは、少し喧嘩はあったが、例年に比べると大人しかったらしく、去年は殴り合い、一昨年は包丁を持って追い回したり、といった出来事もあったという話。

 

ここの漁協システムは組合と組合員(漁師)が家族のような信頼関係でつながっており、組合の人は、極端に言ったら実印のある場所や、家族のもめ事の内容まで知っており、組合にかかってきた電話の声で何島の誰なのか、すぐに分からないと仕事にならない話。

 

漁師の父親の信頼があって、はじめて息子が漁師になれるから、なかなか一般の若手が漁師になれない話。

 

櫃石島の年輩漁師さんは、増えてきている若手漁師を誇りに思っているが、まだまだ負けまいと思っている話。

 

ここいらの島で、底引き網なら一番腕のいい漁師が櫃石島にいるという話。

 

櫃石島の言葉のベースは香川の讃岐弁だが、岡山や広島の影響も受け、香川の人とも岡山の人とも違い、厳密には隣の岩黒島とも違うという話。

 

香川に比べて岡山は物価が高いという話。などなど本当にいろんな話を聞かせてくれた。

 

そして、いろんな人といろんな話をする中で、海のそばで仕事をしていてもらいたい1人の漁師を知った。その人は、海が好きで学校を出て18才で漁師になった。その人は、漁師だった親父の背中を越えようとすればするほど、家族を持ち、嫁を守り、子供を育て、地域の活動にも参加し、その大変さ、親父の偉大さを、同じ立場になって、日々実感していると語ってくれた。その人は、人と同じことが嫌いな30手前の漁師で、自分のアイデアでもっとたくさん魚が獲れる方法を考えて、行動する人だ。ところが、その人は、まだ若く資金繰りが難しく、今の社会ルールだと自分がやりたい漁の方法を自分ですることができないと、熱く、時に目頭に涙を光らせ語ってくれた。そして時には、弱気になって漁師をやめようかという話も出た。でも、海や漁の話をしていると、本当に海が好きなのが、漁が、漁師という仕事が好きなのが、びしびしと伝わってきた。

 

思わず強く思った。

 

この人には海のそばで仕事をしていてもらいたい。

 

そんな風に思わせる男が櫃石島にはいる。

神事のはじまる直前の恵比須神社前

自分も客人として玉串を納めさせていただきました

神事が終われば大宴会です。巨大なお弁当の中身は海の幸がぎっしり。美味しくいただきました。

かたづけにも参加。幟(のぼりばた)をかたづけています。来年の戎祭までしまっておきます。