ブラジルで漁師になる

ブラジル28日目。5時半に目が覚めた。朝食のミックスジュースを飲み終えた6時すぎ、ラマルティーニが迎えに来た。いよいよ大西洋での漁に同行する日が来た。

 

ラマルティーニについて森の中を歩いた先にある家に着くとアポロの姿があった。「ボンジーア」「トゥートベン?」と挨拶を交わす。銛(もり)、足ヒレ、ゴーグル、グローブ、ウェイト、水、ビスケットなど、漁で使う道具を大きな発泡スチロールの箱に入れた。次に庭先に生えた大きなレモンの樹から、ソフトボールくらいの大きさのレモンを1つ収穫し、それも最後に箱に入れ、準備万端。船へと向かう。

 

今日の漁は沖での潜水漁。狙いはロブスターだ。“ラマルティーニ”と“息子のアポロ”と“おいさん(←名前を聞き忘れた)”の3人での漁に同行させてもらった。前回の体験で釣りをした時の船ではなく、長さ10m×幅3mくらいのエンジンの積んである大きな船(スアペの海では最大級)で7時頃出港。岸から船までは、やはり例の筏(いかだ)である。2m四方の筏には道具の箱もあるので男3人が限界。アポロは先行して泳いでロープを引っ張っている。最初から緊張感があるが、2度目となると勝手が分かっている分段取りよくいった。

 

燃料を足して、係留ロープに筏を付け替え沖へ。船尾ではエンジンや舵を動かしている。邪魔にならないよう船首側のデッキの上に座っていようと思ったが、アポロがキャビンの手すりを握って、ここに立ってこれをつかんでいた方がいいというようなアクションをしかけたが、ふとそれを止めて、何かを思いつき、2度手招きして、ついてこい、やっぱり船尾の舵の横に座ってイスに捕まっていた方がいい。ということになった。数分後この意味が分かった。ここスアペは川の河口。海と川のぶつかる箇所は複雑な三角波が常にあり、船は非常に危険な揺れ方をする。そこを抜けないと沖へは出られないのだ。

 

問題のポイントへ。波が高い!半端ない揺れに落水(=死)の危険を感じる。ドッタンバッタンと波に打ち付けられながら、船は朝日の輝く大西洋に向かって出て行った。3人にとっては普段通りなのだろう、タッパーを開けて普通に朝食を食べはじめた。食べる?と隣りに座ったアポロに勧められるが、背もたれの代わりにタッパーを持った瞬間に海に落ちそうである。そして、エンジンのガソリンとオイルの混ざった匂いを浴び、ガンガン揺れる中、何か食べたらそのまま口を飛び出しそうで、大丈夫と手の平を立てた。

 

一時すると三角波ゾーンを過ぎ去った。細かい揺れはなくなったのだが、ここは大西洋。外洋である。波というか大きな海の山と谷が順番にやってくる。海の山に上がると水平線とそこに浮かぶ巨大な貨物船が見え、海の谷に入ると水平線は消えどこだか分からなくなる。波高は2〜4mといったところだろうか。ブラジルの海を初めて見た時から変わらない印象だが大西洋は緑色をしている。大西洋というかブラジルの海が緑色に見える理由は、どうやら水深5〜10mの比較的浅い海が岸から10㎞くらい続いており、ジャングルの栄養分を含んだ海水がそこに一時留まるので緑色に見えるようである。(富山湾の海の色に似ている)。

 

陸地が見えなくなってきた。1時間近くは走っただろう。どこまで行くのか心配になった頃、アポロが言う。

 

「海が青くなるまで行くんだ」

 

アポロが指差した先に青い海があった。海に境界線を引いたかのようにその手前はエメラルドグリーンに見える。どうやらその辺りから深くなっているようだ。そしてそこに魚が多くいるようである。船足を落とし、出てきたのは以外にもハンディタイプのGPS。これに細かいポイントを記録してある。ブラジルの田舎の海にもテクノロジーが漁に使われていました。

 

そして、船内からエアーチューブの束、コンプレッサーを取り出し、稼動させた。最初はおいさんがゴーグルとフィンとグローブをし、シンプルな銛とガンタイプの銛と2本を右手に持ち、海パン1枚の腰にウエイトの付いたベルトを巻き、背中側のベルトに網を差し、お腹側のベルトにエアーチューブを通し結び、それを首にかけ、レギュレーターを咥えたと思ったら、いっきに海へと飛び込んだ。

 

アポロは、空気が供給されるエアーチューブの長さの調整と空気を送り込むコンプレッサーの管理担当。ラマルティーニは船を細かく動かす担当で、見事なチームワークで漁はスタートした。海に潜ったおいさんの姿は見えない。船尾で船を動かすラマルティーニの姿も見えない。自分は漁が見たいので船首側に移動しキャビンにしがみついていたのだが、そこから見えるのは、とんでもなく揺れる船のデッキで何にも捉まらずに両足だけで立ち、とんでもないバランス感覚でそこに体をとどめ、エアーチューブの束を巻いたり流したりしているアポロの仕事姿だった。いったいどんな体幹をしているんだ??自分は漁師にはなれない。と感じた瞬間だった。そして、アポロが言う「昨日、サッカーして右足怪我したんだよね」。状況が状況だったので最初は何を言っているのか分からなかったのだが、少し前に船尾のラマルティーニから「アルゼンチンの対戦相手はどこだったっけ」という、これまた場違いな質問があったので、一応サッカートークということではあった。彼らにとっては日常である。

 

そう、この青い海でも船はずっと半端なく揺れている。さすがに1時間以上この状況にいると、船酔いの状態になる。この時、自分の中で決めている、すべきことは“波のリズムに体を馴染ませる”ということである。陸を捨て、波のリズムを受け入れ、海へと体を変えるのだ。3人は慣れているからすぐにそれができているようだった。自分も三次元の揺れが久しぶりで最初は苦しんだが、すぐに慣れた。そして、徐々に手すりを離して、全身でバランスを取る時間が増えると、アポロが頷きながら親指を立てる。いいね〜!ということである。が次の瞬間バランスを崩し、ラマルティーニにぶつかる。五十嵐謝る。ラマルティーニは「どこに行きたいんだ?(笑)」と一言。そして満面の笑顔。この人本当に56歳か?アポロは若いから海のネイマールみたいで分かるけど、ラマルティーニの身のこなし恐るべし。

 

そんなことして、10〜20分くらい経過すると、おいさんが青い海から上がってきた、甲板のアポロが騒がしく動きコンプレッサーの空気圧とエアーチューブの長さを整える。波に揺れる船の縁が海面に近づく絶妙なタイミングでラマルティーニが銛を受け取り、おいさんが船の縁にお腹を乗せ、すぐにくるりと振り返り、海を見て船の縁に腰掛けたおいさんはゴーグルを上げる。大きな声でなんだかんだとラマルティーニと話をしている。アポロが網袋を引き上げると、そこにはロブスターがぎっしり!しかもでかい!どんだけ獲ってくるんだ、このおいさん、、、ものすごい。ロブスターは日本で言う伊勢エビ。

 

この危険な漁を何度も繰り返した。6〜7回くらいおいさんが潜ってロブスター、次にラマルティーニに入れ代わって今度は魚狙い、魚狙いのラマルティーニの方が1回の潜水時間が長い。海底や岩場を歩いているロブスターに比べ、泳いでいる大きな魚を捕まえるのは大変なのだろう。しかし上がってくる魚の大きなこと。そして赤、青、水玉と色鮮やかなこと。

 

自分が仮に潜れと言われても、この心もとないコンプレッサーとエアーチューブとエンジン(途中で壊れたから海の上で直した)に命を預けるのが恐ろしい。そしてアポロの握ったエアーチューブでしかつながっていない船に何かの拍子でもどってこられなくなるイメージしか沸かない。この瞬間にも、とてもブラジルで漁師にはなれないと感じた。その前に、まず本当に弟子入りしてアポロの真似をしろと言われて、とてもできる自信がない。そして、おいさんとラマルティーニの潜って海の幸をもぎ取ってくる生き物のオスとしての姿に、その強さに憧れた。同時に自分の弱さを感じ、もっと強くなりたいと思った。これまで日本や世界の遠くに行くと自分はこの種の憧れに出会った。ここブラジルでもやはり出会った。

 

改めて思う。命を任せられる強い人間になりたい。そして、相手が安心できる人間らしいユニークでやさしい人間になりたい。ブラジルの漁師町で出会った彼らのような、、、。この星と生きる豊かさを知っている彼らのような、、、。

 

言葉が通じないからこそ、伝わってくることがある。相手のことを考えるからこそ感じられることがある。全ては感じる力と創造力である。ズレはあって当たり前。慣れた言葉で話をしていても、そこから創造をしないとイメージを重ねることはできない。言葉が少なくてもイメージを重ねる創造ができれば伝え合うことができる。やはり自分は言語を越えたところにあるアートに興味があるようだ。そういえば、ここのところしばらく日本語を発していない。この暮らしもまた悪くない。肌を焼き付ける南半球の日差しを感じながら色んなことを考えた。海の上にいると心も体も裸になる。社会での自分を脱ぎ捨て、日本での自分を脱ぎ捨て、裸になって星の上で揺られているといろんなことを考える。

 

漁を終えて再び緑色の海に戻ったのは昼14時過ぎ。朝7時頃に出港したから7時間青い海にいたことになる。帰路につく船で食べた朝摘みレモンとマンゴーの1人1つの丸かじりは最高に旨かった。そして、今日獲れたのは伊勢エビ(大)50尾。うちわエビ(大)10尾。魚(大)10匹。といった感じ。行きに道具入れだった発泡スチロールの箱はずっしりと重くなって帰った。大漁である。道具を元あった家(おいさんの家)にもどすと、その場で伊勢エビが捌かれ、ちょっした市場になり、どこからともなく現れたビニール袋を持ったおばちゃんやおじちゃんが加工場を囲む。尾の部分はレストランか何かに納めるのだろう、きれいにして氷付けのバケツの中へ、伊勢エビの頭は山分け、魚もいくつかの会話があり、それぞれが持ち帰った。

 

家に帰ってフェルナンドに伊勢エビの頭や、自分の取り分(特に荷物を運ぶくらいしか漁の力になっていないのだが、、、)の魚を渡すと、大喜び。フェルナンドは「今までの人生で1番美味しい伊勢エビ料理を食べさせてやる。」と言ってキッチンへ、ラマルティーニとアポロと「おつかれさん」と挨拶をして分かれ、シャワーを浴び、レモン水を飲み、その後いただいた伊勢エビは濃厚でとんでもなく美味しかった。まさに人生最高の美味しさだった。

 

食べ切れないほどの伊勢エビをゆっくり食べていると、気が付くと夕方になっていた。「屋上へ」。フェルナンドに呼ばれて、ハシゴを上がってオレンジの瓦屋根の向こうに広がる夕日に染まる海を見ると、何かやらたくさんの人集りが浜辺を埋めて、海に動く船を見ている。いくつかの船は飾り付けしてある。そして人形を御神輿のように担ぎ上げて浜辺を移動している人々の姿があった。

 

フェルナンド「今日6月29日は聖ペドロのお祭りの日。聖ペドロはもともと漁師であったことから漁師の守護聖人として親しまれているんだ。だから今日は漁師の記念日。そしてYASUが漁師になった日をみんなでお祝いしている」。と、にっこり。

 

、、、いや。海に出て漁師にはなれないと思ったのだが、、、。

 

フェルナンドは、「自分も同じ漁をしていたが、もう60歳だし、色々トラブルもあったから、もろもろのHOW TOを彼らに譲った。それも自分の役割だからね。自分は次のことをしている。」と言っていた。フェルナンドからしたら、朝に海へ送り出して、多少なりにもエビと魚を持って帰ってきたから、初めてで何もできなかったことも、海の波が荒れていたことも分かっていたのだろう。それも含めて、それでも聖ペドロの日はYASUが漁師になった日だと、家にエビと魚を持って帰ってきた記念日だと言ってくれていたのだ。

 

6月29日。全くの偶然だが、聖ペドロという漁師の守護聖人のお祭りの日に大西洋へと漁へ出て、あまりの海の厳しさに漁師にはなれないと思ったけれど、お駄賃の伊勢エビを持ち帰ると「おまえは漁師になった」と隠居したブラジル人漁師に言われ、間接的に町のみんなにお祝いされるという、自分の漁師記念日になりました。

 

6月29日、ブラジルで漁師になりました。

 

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朝取りレモン

 

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船に積み込む道具類

 

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左上の船を目指して筏で移動中。アポロが筏のロープを泳いで引いています

 

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朝日の方角へ。後ろに見えるのはフェルナンドと陸から見た海の城

 

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三角波の中。アポロは朝食中。漁が始まると忙しいので、この時しか食べるタイミングがない

 

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いざ青い海を目指して。ラマルティーニはいつの間にか海パン一丁に

 

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GPSでポイントを確認してダイブ

 

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上がってきたおいさん。何やらポイントと船の動かし方について話をしているらしい

 

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網袋には伊勢エビがいっぱいです

 

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写真では分かりづらいですが、自分はこの時手すりしがみついていないと海に落ちそうでした。よくもまあ。こんなに揺れる中、両手を離して仕事ができるものだ

 

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魚もデカい!そして青い!

 

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船上のラマルティーニ。56歳です。かっこいいです。

 

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内蔵だけは先に取り出して海へ捨てます。心臓はそのまま食べていました。強いハートをつくるそうです。他にもエビの足をパイプにしたりして、深く潜れるおまじないはいろいろあるみたいです。

 

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突然渡されたマンゴー。最初は何だか分かりませんでしたが、まさか丸かじりとは!最高に美味かったです!

 

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到着前に収穫物を発泡スチロールの箱に移します

 

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海から見たブラジル。緑の海に戻ってきました

 

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家にもどったら、その場ですぐに伊勢エビを裁きはじめました。ちょっとした市場です。

 

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伊勢エビはこの状態に加工されました。

 

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フェルナンドの家の屋上から見た、スアペの浜で行われる夕方の聖ペドロのお祭りの風景