字が書けなくなっても、網はすける。

沙弥島滞在16日目。今日は瀬居島の竹浦地区でワークショップ。瀬居島では島で1枚の網を仕上げるのに、3つの地区(本浦・西浦・竹浦)を循環ながら網を伸ばしていっているのだが、今日の竹浦には14名もの方が地元から参加してくれた。1つの島の1つの地区の平日13時〜開催のワークショップにも関わらずである。すごいことだと思う。

 

しかも、ここ竹浦に集った方々は男性も女性も全員が、普通に網が編めるのである。なぜなら基本的に男性は漁師で、女性は漁師の嫁だからである。そして子供の頃から中学生くらいになると家族の手伝いで編んでいたそうだ。

 

編みかけの〈そらあみ〉を広げて準備をしていると、徐々に地元の人の手が動きだし、編みはじまる。

 

女性「きれいやわ〜」

女性「ほんまにな。きれいな網やわ〜」

男性「去年よりも人が寄っとるやろ」

男性「去年ちゃうわ。芸術祭は3年前や」

男性「懐かしいのう。あれから、もう3年も経つんかの。そんな感じせんなぁ」

 

黙々と編み進む時間が流れる。

 

男性「しっかし、静かやのぅ。こないに静かなのは、みな真剣に編んどるゆうこっちゃ(笑)。人がここに寄っとって、こないに静かにおることないで(笑)」

男性「ほんまや。ほんまや(笑)」

男性「しっかし、暑いのう。窓開けぃ。一生懸命編んどると暑うなるわ(笑)」

男性「網すく(網編む)と暑うなるな」

女性「あんた着すぎや。1枚脱いだら?(笑)」

 

一時の会話が過ぎると、再び黙々と編み進む時間が流れる。

 

女性「こないに家族にも怒られんで編めるの楽しいわ」

五十嵐「え!なんで網編んで怒られるんですか?」

女性「そりゃあんた。昔は、こうして網を編んで魚獲ってたやろ。網つくるんは真剣そのものやったんや。網の目がずれたとか、結びの締まりが悪いとか、ほんまよう家族に怒られとったわ」

 

3年前の竹浦で聞いた言葉を思い出した。

 

「米つぶひとつ分ずれたらもう網とは言えんな。」

 

その理由は、網の強度の話になる。網は魚を獲る時に網全体に均一に負荷がかかるため何百キロ、何トンという重さになっても破けることはない。そのポイントとなるのが、均一な網の目の大きさなのである。仮に一枚の網に小さな目の部分と大きな目の部分があったとする。その網で魚を引き上げると、自然と負荷は網の目の大きな部分にかかる。すると一箇所に多くの負荷がかかることになり、網が破けて魚が逃げるという話である。

 

なので、網の目が違うとか、ズレるとか、ということは、生きることや暮らしに直結する死活問題なのである。「こないに家族にも怒られんで編めるの楽しいわ」の理由はそこにあったのだ。

 

そんな話を横で聞きながら、みんなが編んでいるのを眺めたり、電話して「公民館でそらあみ編んどるよ。来んね」と友達誘ったりしている、一人のおじいさんがいた。その人こそ、3年前「米つぶひとつ分ずれたらもう網とは言えんな。」の話をしてくれた方だ。

 

今年で86歳。瀬居島の竹浦では、漁師の大元の本家筋の方で、漁師の大親分さんといった存在感のある方である。女性陣(70〜80代女性)には「あにさん」と呼ばれている。この「あにさん」の呼び方が、文字では表現しづらいのだが、またなんとも京言葉のようで格好が良いのである。この女性陣からの呼ばれ方で分かるように、土地の大黒柱としてたくさんの魚を獲ってきたことが容易に想像できる。

 

男性「なぁ。あんたは編まんのか?」

あにさん「右手が言うこと聞くかどうかやな」

 

歳を重ねたあにさんの右手には痺れがあり、自由に動かすことができなくなっていた。

 

あにさん「それなら、ちと、すいて(編んで)みようかの」

 

それが、どうしたことか、誰よりも早く美しく網が編まれていった。

 

あにさん「筆が持てんで、文字も書けんようになったのにな。網はすけるわ」

 

流石であった。

 

男性「すごいのう。体に染み込んどるんやのう。文字書けんでも網そんだけすけるんやからな(笑)」

女性「あにさん。よかったなぁ」

 

働き者の手は、ちゃんとそれを記憶していた。

 

竹浦での〈そらあみ〉は、そんな働き者の手がたくさん揃った回となった。

 

 

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あにさん。

 

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女性陣も編めます。

 

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黙々と、真剣に編まれていきます。

 

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この網に対する真面目さが竹浦の特徴なのかもしれません。

 

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あにさんの手。働き者の手。文字が書けなくなっても、網はすける手。

 

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さすがは漁師。「今日は風が強なったから沖には出ん」とのことで、15時ごろにはビールとつまみが出てきて、「油をちいと足して、もう少し編もうかの」。