いととりひめ

沙弥島滞在9日目。今日は瀬居島の竹浦でのワークショップ。ちなみに瀬居島には竹浦・西浦・本浦と3つの地区があり、5つの島(沙弥島・瀬居島・与島・岩黒島・櫃石島)の中でも一番人口が多い。なので、それぞれの地区でワークショップを行う予定になっている。

 

今日は13時から17時頃まで、とにかく編み続けた。8人くらいの少人数で、こんなに集中して長時間編んだのは、各島で行ったワークショップの中で初めてだった。そして、平日だったということもあり、普段流れている島の時間に入り込んだような1日だった。終盤になると、4時間同じ空間で同じことをしていたせいで、そこで網を編むことは、島の日常として当たり前のことなのだと錯覚してしまうくらい自然なものとなった。

 

12時15分に沙弥島を出発し竹浦公民館へ、到着してすぐにワークショップの準備である場所づくりを行った。網を編む時、横に張った1本の太いロープを軸に編み進めていく。そのロープを張るあてになるのが、公民館にある足の短い平机である。各島々の公民館はすべて畳の広い空間で、そこには必ず足の低い平机がある。なので、自然とこのスタイルが出来上がった。竹浦公民館も同様に畳空間の中央に平机を逆さまに置いて、そこにロープを張った。

 

開始時間の13時を前後して、1人、また1人と漁師さんがやってきた。今日は雨でこれから風が強くなるというので、漁に出なかったという人もいた。そしてまた、いつものように簡単な説明をしただけで、自然と漁師さん達は編みはじめてくれたのであった。

 

そして、ここ竹浦は先日夕食におよばれさせてもらい、とてもお世話になっている与島漁協組合長の久保さんの地元でもある。13時に久保さんも登場。久保さんとの関係性があったので感覚的には入りやすい地域であった。

 

最初はロープのすぐそばから編みはじめる。1人の編む幅は10目(広げると約60㎝幅)で長さは5m。編み進めていくと徐々に中央に張られたロープから後ろに下がっていくことになる。そうなることで、会話をする空間が徐々に広くなっていく。

 

網を編んでいくことで、部屋の中央に密になった状態から、部屋の壁際まで人の輪が広がっていくという場の変化が生じるのである。その広がっていく過程の中での会話や恊働作業を通じて、その場にグルーブ感が生まれてくるのである。それが、人の関係性と空間にもたらすこの編み方の面白い現象である。

 

少人数で編んだということもあり、途中会話もなく黙々と編む時間もしばしばあった。そこには、皆が集中して真剣に編んでいるからこそ聞こえてくる、編み糸と編み針が擦れる音だけが響いており、手元に集中し自分と向きあいながらも周りに人を感じることができる贅沢な時間であった。なので、言葉ではない会話をすることができ、緊張感と言うよりも、その時間はむしろ心地よい印象なのであった。

 

15時になった。開始から2時間経過している。体力的にも疲れてくるし、今までもだいたい2時間程度編んでワークショップを終えたことが多かったので、そろそろいったんこの場を閉めた方が良いと考え、久保さんに相談すると、「黙ってやっている時は止めん方がええ、それがルールや」と一言。皆さんも暗黙のGOサインを出すように、そのまま手を止めることはなかった。

 

漁師さん「ほんなら5mまで編んでしまおう」

また別の漁師さんが言う「おい。冷蔵庫に泡があったろう。漁師は燃料入れて動くんや」

 

缶ビールがやってきた。プシュ、プシュ、それぞれに燃料補給。

 

久保さん「運転手はいかんけど、あとはええやろ。ほれ燃料や。漁師はこうして網を編むんや」

別の漁師さん「なんだかよう手が動くようになったわ(笑)ターボで編むで(笑)」

 

引き続き淡々と編みつづけ、16時になった。

 

漁師さんが言う「水戸黄門の時間や」

誰かが自然とテレビをつけた。あの有名なオープニング曲が流れ、水戸黄門をBGMに編み進める。

 

「50目(5m)まであと少しや。印籠出すまでに終えるで」「ほれ、御老公が言うやろ、角さんもういいでしょうってな(笑)」

 

結局17時頃まで皆で網を編み、それぞれ目標の5mまで編み上げた。次回の予定を相談すると、他の地区の様子を見て、俺らが調整してやる。困ったらどうにかしてやると言ってくださった。竹浦の皆さんの存在は本当に心強い。感謝である。

 

片付けと掃除をして、道具をまとめていると、竹浦の方々が、時間がある時に編んでおくから道具を置いていけと言ってくれ、綛(輪っか)の状態の編み紐を取り出すと、漁師の1人である福島さんが、糸を巻き玉を作るのに便利な古い道具をお家から持ってきてくれた。

 

福島さん「なつかしいやろ。もう使うこともない思とったわ。これ、やってもいいけど、どうする?」

五十嵐「え!いいんですか?ありがとうございます。この道具の名前なんていうんですか?」

福島さん「知らん」

久保さん「知らん………。“いととりひめ”や(笑)それでええやろ」

福島さん「結納金はいらんで(笑)」

 

こうして、そらあみの新たな道具“いととりひめ”をいただいたのであった。福島さんと皆さんに感謝の意と伝え、ご挨拶して解散。ところが“いととりひめ”に必要な棒がもともと1本足りていなかったので、久保さんが凧部屋で作ってやると言ってくれ、そのまま久保さんの趣味兼作業部屋である凧部屋へ。すぐにぴったりサイズの棒を作ってくれた。

 

そして凧部屋には、編みかけのそらあみの網がいくつか置いてあった。時間を見つけてずっと1人で編んでいてくれたのだ。中には5mに達しているものもあった。本当にその気持が嬉しかった。胸が熱くなった。

 

そらあみはちゃんと人の心を編んでいっています。一緒に編んだ皆で、網の目越しに瀬戸内海の風景を眺める日が楽しみです。

説明よりも、まずは編むことに興味があるようです

徐々に人の輪の空間が広がっていきます

後ろに壁が来て、編み進められなくなった時に手前でまとめることができ役立つこのフック。福島さんがつくってくれました。

ないものは作る。船から道具を持ってきて、その場でつくります。

窓の外まで延びました(笑)

唯一、今日初めて網を編んだ大前自治会長。奇跡の五角形の網目を発見!

“いととりひめ”。結納金はいらないそうです。