太宰府滞在36日目。くすかき22日目。晴のち曇り。くすかき最終日。今年で5年目だが、2年目に少し雨がパラついたのみで、それ以外は全て良い天気に恵まれている。天の神様である天神様に感謝である。
今日は、くすかき最大行事「くすのかきあげ」が行われた。そして、夜には関係者が集って直会。入れ代わり立ち代わりで、大人50名、子ども20名、計70名近い人が集った1日となった。早朝6時から動き始めて深夜の4時頃まで、本当に長い、そして、とんでもなく有意義な1日となった。
「一言で言うと、今年の『くすのかきあげ』は“まつり感”を強く感じた。」と言う人が多かった。自分もそう感じた。
朝6時半、くすのかきあげで使用する落ちたての葉っぱを集めるため境内へ、そこには毎朝一緒にくすかきをしてきたみんなの姿があった。でもどこか雰囲気が違う。そわそわしているのがこっちに伝わってくる。
一夜にして天神広場に現れた直径18mほどの円形の柵。毎朝その場所でくすかきをしていた掻き手達のテンションが上がらないわけがない。「ここに本当に20年前まで樟の木があったんか」「そうよ。お父さんこの木に登って遊んどったんよ」そんな会話をしながら、携帯で写真を撮る風景があった。
境内の各地に散って「極上品」と呼ばれる、色がきれいな美しい樟の落ち葉を集めた。あんなに広くくすかきの仲間が境内各所に広がって同時に樟の葉を掻いたのは、5年目にして初めてのことだったが、信頼関係ができており、すべきことを共有しているので、自然と無理なくできた。
宮司邸前、太鼓橋、参道、大樟前、天満宮幼稚園前、本殿裏などなど、各所から集めた落葉の中から枝と葉っぱを選り分け、さらに極上品を集めた。みんな会話が止まらない。普段に比べても本当に良く喋っていた。興奮しているのが分かる。そわそわしているのである。自分の心の中にもその感じを感じた。そう、お祭り時の、あのそわそわ感である。
日々のくすかきの「日常(ケ)」から、くすのかきあげという「非日常(ハレ)」への心境の移行を、毎朝一緒に過ごした者同士だから、その一体感であり変化を共有することができたのだ。3週間、毎朝夕、一緒に葉っぱを集めるプロセスは、「日常(ケ)」と「非日常(ハレ)」を共有するために絶対に不可欠な要素なのだと確信した。
葉っぱを選り分け、皆で編んだ網袋の中に入れ、いったん解散。8時半の朝拝後、柵の中に樟の葉を広げる。それまで各自家に帰り朝食を済ませる。みんなが帰った後の石灯籠横の道具置き場を見た。いつも綺麗に整理整頓されている場所が、今日はきれいにまとまっていなかった。いつもと違う、、、。嫌な予感がした。自分が落ち着いていないと、この空気感だと怪我をする子どもが出たりするかもしれない。こういう日こそ、できる限りいつも通りにしよう。ハレの時こそ、ケの時にしてきたことが発揮される。道具を1つ1ついつも通りの場所に、いつも通りに整理し直しながら、そう思っていた。
今朝の8時半からの朝拝でお祈りしたことは、ただ1つ「1人も怪我なく無事に今年のくすかきを納められますように、、、」。
朝拝後、21日間集めた樟の葉をかつて千年樟があった場所に広げた。枝や砂やゴミなど葉っぱ以外のものと分けられ選定された樟の葉には、やはり人の想いが宿り、見られることに耐え得る力を持つ。人の目はそれを無意識で識別できるのだ。どっかから持ってきた落葉をただ広げたわけではないことを、、、。言わば日々の選定作業は葉っぱに磨きをかけているようなものである。人の手が入ったことを人は分かるのである。
そして今年は、温かくなるのが早く、毎日の参加者も多かったので集まった葉っぱの量が多く、広げた落葉に厚みがあった。その結果、例年よりくっきりと、かつての樟の木の幹の跡が白く浮かび上がっていた。
13時に集合し流れの説明と役割分担の発表。13時半頃から、くすのかきあげ開始。今年は天神広場にて全部で4幕のシーンをつくって、最後に御本殿に上がって、くすかき奉告祭をするという形に整えた。
一幕は「葉っぱを落とす」。二幕は「根っこをつくる」。三幕は「幹をつくる」。四幕は「香りを届ける」。
一幕「葉っぱを落とす」は、新芽当番(子どもたち)が早朝くすかきで集めた葉をちりばめ、今日4月26日の落葉風景をつくりあげる。網袋に入った樟の葉を中央の樟の木があった場所に持って行き、網袋の中の葉っぱを全体にちりばめるのだが、この時柵内に入れるのは子どもたちのみ。樟の葉は新芽に押されて落ちてくるので、子どもたちこそ落葉を落とすのにふさわしいと考えたからである。
ところがここでハプニングが発生。中央まで網袋を持って行くのは簡単だったのだが、紐がほどけない。柵の外から大人たちが心配そうに見守っている。ところが子どもたちが集まっていて中で何が起きているのかよく分からない。段取りやタイムスケジュールを優先するならすぐに入って紐を解いてやればいいのだが、この時、ふと思った。この手の届かないもどかしい感じがいい。幹の中で何が起きているのか分からず、いつ落葉が落ちて来るのかも分からない。この感じがとても樟の木っぽいではないか!きっと樟の木の中ではこんなことが起きているに違いないと思った。しばし、このもどかしくも落葉を待つ時間を楽しむことにした。まわりの両親達や大人たちもどうすることもできない。まわりの樟の木と見比べて思わずニンマリしてしまった。そう、人は、大人は、落葉に、風や温度や若葉の力に翻弄されるのである。
最終的には「魔法のハサミ」というものが登場した(笑)。そして面白かったのは、指示をしたわけではないが、子どもたちは幹の部分からほとんど出ることなく、葉っぱをちりばめた。そうして幹の中の新芽が押し出すエネルギーをちゃんと表しているようだった。
第二幕「根っこをつくる」は、参加者全員が柵内に入り、全員参加で松葉ほうきを使って、五つの組に分かれて落葉で千年樟の根っこをつくった。これは、完全に初めての挑戦だったが、以外にも盛り上がり、制作中もとても良い雰囲気だった。できあがった根っこも、コブがあったり、細長かったり、太かったり細かったり、いろんな形が出来上がった。根っこをつくるというキーワードは決まっていたが、どんな根っこをつくるかは各組であり各自がその場で考え、形にしていった。もぞもぞと動きながら葉っぱが根っこに形づくられていく状況は、まるで地面の中の根っこが伸びる様子を早送りで見ているようであった。「根っこ」というキーワードは世代を超えて共有できるようで、それぞれに伸びた根っこは最終的にちゃんと一本の樟の木から張り出した根として成立していた。
第三幕「幹をつくる」は、選ばれし精鋭5人の掻き手が根っこになった葉を全て、中央の幹があった場所に集めて、毎日見ていた掻き山の状態に美しく整える。精鋭5人は葉っぱを掻くのが上手な大人を当番長として選抜。故に、子どもたちをはじめ柵のまわりで中に入れない掻き手たちの憧れの存在となる。五人は日々培ったくすかきの技術を披露しながら、見事に幹の掻き山をつくり出した。葉を掻くために松葉ほうきが通った跡の縞模様まで美しく描いていた。いや、葉を掻くのが上手だから結果として美しい縞模様が描かれるのだ。最後に中央の掻き山から同心円状に縞模様を入れて、緊張感のある場をつくりあげた。直会で聞いた話だが、みんなの代表として視線を浴びながら樟の葉を掻くのは、正直気持が良かったそうだ。
その間、柵のまわりでは、樟香舟(樟脳)と芳樟袋(葉の入った布袋)という今年の樟の葉の香りを乗せた「大樟香舟」が手から手へ受け渡され、1人1人香りを堪能しながら、舟が柵を一周した。
第四幕「香りを届ける」は、舟当番1人が唯一柵の中に入り、掻き山の山頂に大樟香舟を乗せ、香りを天に届ける。くすのかきあげのクライマックスである。今年その栄誉ある役割に選出されたのが、会期22日間に26回(1日に2回来てくれた日もあった)くすかきに参加してくれた松大路信昌くんである。参加回数や掻く技術はもちろんなのだが、何よりくすかきを楽しむ姿勢を第一の評価基準にさせてもらった。そして、自分で届ける大樟香舟への香り(樟香舟と芳樟袋と樟の葉)の配置も本人に天神様に届けたい形で配置してもらった。実際に掻き山の上に舟を乗せる方法は、舟の船首から船尾にピンと張られた紐を、溝を切った竹の棒で引っ掛けるような格好で乗せるので、舟がフラフラして以外と難しく緊張する。なので信昌くんは、かきあげがはじまる前の午前中に何度も何度も自主的に練習をしていた。直前になると「緊張する〜!もう一回トイレに行ってきてもいいですか?」といった具合であった。でも見事にその役割を果たした瞬間には、まわりから拍手が起こった。
その後、再び大樟香舟を持って、今度は同じくらいくすかきを楽しんだ信昌くんの弟のマサ昌くんが、御本殿まで舟を抱え、それにみんなが続いて移動し、くすかき奉告祭を行い、天神様に今年の樟の香りを届け、くすかきが無事に終了したことを報告させていただいた。
その後、記念写真を撮影し、片付けもスムーズに進んだ。今年の葉っぱの行き先は、ありがとう農園という戒壇院の横の畑に行く、しかし、樟の葉っぱは土に返るまで五年ほどかかる。そこで油機エンジニアリングの牧田社長にご協力願い、樟の葉をパウダーにする機械を貸してもらえることになり、集めた葉っぱを持って牧田さんの会社まで行き、少しだけ試運転を行った。すると樟の葉は見事に粉になった。この粉を畑の何に使うのが最も適しているのかはまだ分からないが、葉っぱの行き先として確実に新たな一歩を踏み出した。この部分は今後、大きな展開がある可能性を秘めている。必ず樟の葉の力が発揮される役割があるはずである。それを上手にそして一緒に考えながら見つけていきたい。
夜の直会では、大人から子どもまで70名ほどの人が入れ代わりながらも、なかなかこれだけたくさんのくすかき参加者が集う時も年に1回しかないので、思い思いに語らい楽しい時間を過ごした。美味しい手料理は家族で参加してくれているお母さん方が中心となって女性陣が、恒例となった「かき揚げ」をはじめ、最高の雰囲気を作ってくれた。心より感謝している。重い物を運ぶ現場の片付けは主にお父さんや男性陣の役割で、彼女達、女性の存在がなければ、直会の場は成立しなかった。やはりこの世界は女性が支えてくれているのだと改めて実感した。
そして20時頃から、くすかきデジタルアーカイブという、アートプロジェクトのデジタルデータの記録、具体的には過去5年分の写真データをまとめた、今後のアートプロジェクト現場の記録方法としてのフォーマットとなるものの鑑賞会と、今日の様子も納めた、これまた恒例となったテレビ局カメラマンである仲信くんのドキュメント映像の鑑賞会も行った。途中、今日のくすのかきあげでそれぞれ当番長を担った1人1人から感想を述べてもらうシーンなんかも、大人も子どもも一緒に大いに盛り上がった。それが終わった21時過ぎになったら解散すると決めていたのだが、みんな帰りたくなさそうにしていたのがとても印象に残った。
子どもの中には、くすかきでは「今日の夜が1番楽しかった」という人もいた(笑)。でもそれでいいのである。くすかきの楽しみ方は人それぞれ、人それぞれの楽しみ方が1つになってその年のくすかきが形になるのである。他には、「くすかきをしていると友達ができるから好き。また来年もやりたい」とか「松葉ほうきで縞模様を描くのが綺麗だから好き。またやりたい」とか「もっと地元で広げていきたい」とか「来年もまた来ます!」とか、もうすでに次につながる来年へむけての言葉が自然と出ていた。
振り返ってみて、今年の良かったところは、一年かけてちゃんと準備ができたことが1つある。一年かけて少しずつ準備をしていくことで、気持が切れないままで始められることと、しっかり準備をすることで肉体的にも精神的にも余裕が生まれ、視野が広がり、ちょうど良い塩梅で物事を進めることができるようになったことが大きかった。
また、早朝くすかきをはじめたことで、地元の方がたくさん参加してくれるようになり、中にはお宮の神主さんや管理員さんと小中学校は同級生だったという方がいたり、ホーム&アウェイで言うホーム感をすごく感じるようになった。そして、何より早朝の約束の時間に約束の場所で、毎朝会えるたくさんの仲間ができたのが大きかった。
もうすでに来年の春の太宰府天満宮の樟の杜の早朝が楽しみである。
樟の葉はまた落ちてくる。だからまたみんなにあの場所であの時間に会える。
今年、他界された、5年前くすかきをはじめるにあたって大変お世話になった神主さんがいる。その方の息子さんは今お宮を支え、くすかきも支えてくれている。どんな命であっても命である限りいずれ尽きる。それでも意志は世代を超え確実に受け継がれていっているのを、その2人から感じる。
くすかきでは、見えない樟の木の存在であり、樟の葉を掻く行為を通して、見えない物を見ようとする感性もまた引き継がれていっている。記憶を引継いでいくこと、感性をつないでいくこと、そして常に新たな多様性を見いだし続けること、それに挑戦していれば、ずっと会えるということであり、ずっとありつづけることでもある。
かつてのあの樟の存在を知る方が、こんなことをおっしゃっていたそうだ。
その老樟はよく前宮司様と眺めた樹。前宮司様は命のみなぎる樟若葉の季節が一番好きだとおっしゃっていました。邂の苑の詩碑にもその事がうたわれています。ある時、白いオームのような鳥が住み着きました。その鳴き声がとても不吉に聞こえました。それからその樟は枯れはじめ、あらゆる手が尽くされましたが、、、、、。とうとう切り倒された時、その薫香は駅まで届き、街中を覆いました。クスカキに沢山の人が集って下さること、前宮司様の想いがよみがえったようで嬉しいです。
この言葉をいただいた時、身の引き締まる思いがした。くすかきを通して、ちゃんとつないでいきたい。
直会の最後、地元の人にこう言われた「次に来るときは、俺たち『おかえり』って気持でいるから、『ただいま』って気持ちで帰って来いよ」
「はい。次は、『ただいま』で帰ってきます」
がっちり握手を交わした。
酔っていたせいか、なんだかもっと大きな何かと握手を交わしたような気がした。
早朝六時半、落ちたての葉っぱを集める。
みんなで編んだ網袋に、早朝集めた落葉を入れます。右が極上品。
朝拝にて、父親の背中を追う息子2人の背中に出会った。くすかき常連の2人です。
樟の葉っぱをかつて千年樟があったその場所に広げます。
日差しで葉っぱはパリパリになってしまいます。みんなでお水をまいてます。
舟当番の当番自らが樟の葉と樟香舟と芳樟袋を配置します。
第一幕。新芽が落葉を落とします。
第二幕。みんなで根っこをつくります。
水当番もいたりします。
描き出された根っこの姿は圧巻でした。
第三幕。幹当番こと当番長たちが見事な技術で樟の葉を掻いて幹(掻き山)をつくります。
中央から同心円状に縞模様を描いて、場を清めます。
第四幕。香りを天に届ける。ここから入れるのは舟当番の当番長のみ。緊張していましたが、見事大役を果たしました!!!
掻き山に乗った今年の香りの結晶です。
葉っぱが粉に!どんな役割をこれから見つけられるだろうか。