そらあみツアー〈与島〉。網を編むこと=石を割ること。

沙弥島滞在12日目。今日は与島で〈そらあみツアー〉が開催された。生憎の雨模様だったが、島外からのバスには21名、与島からは12名で、合計33名が集い、とても良い雰囲気でワークショップは行われた。島外からの参加者は、地元の香川県は坂出市、高松市、丸亀市、さらには小豆島、そして県外からは、愛媛県、岡山県、兵庫県と広範囲にわたり、瀬戸内海をぐるりと囲むように各地から集った。これもまさに瀬戸内の島で行うワークショップならではといった人の集まり方になった。

 

与島は〈そらあみツアー〉を開催する与島五島の中では一番漁師さんが少ない島。その理由は、与島石という良質な石が採れる島だったので、元々は石を採掘する石工さんがたくさんいた島だからだ。

 

今日参加してくれた与島で数少ない若い漁師さんも、7年前までは、石を採掘する仕事をしていた。しかし、石の仕事を閉じることになり、隣島である岩黒島の漁師さんの誘いで、石工から漁師になって7年目。

 

偶然、遊びで船の免許を取った頃に、岩黒島の漁師さんに「石の仕事もそろそろ厳しいのう。おまえ船の免許取ったんやろ?どうや、漁師にならんか?」と誘われ、切り替えを考えなければいけない時期だったので、そのまま弟子入りした。

 

今は独立して、だいぶ海の仕事にも慣れてきたそうだが、もし戻れるならばまた石の仕事がしたいそうだ。その理由を聞くと、腰痛持ちということもあり、中腰作業の多い漁師の仕事は、かなりハードでコルセットなしではやれないほど、それより、大型機械に座って機械を操作する石の仕事の方が身体的にも助かるとのことだった。

 

だが、お昼休みの時に、石工道具が展示してある資料館で、いきいきと石切りや採掘の話をする本人の姿を見ると、やはり、石の仕事に強い誇りを持っているように感じた。こっちが本当の理由なのだと思う。

 

そんな石の島である与島での〈そらあみツアー〉だったので、漁網を編むことに慣れている人は少ない。なので、島の人が編み方を伝える先生になってもらう今回の企画自体が成立するか若干心配だったのだが、与島の皆さんはバッチリ編み方を覚えてくれており、且つ、本人も覚えたてということもあり、初めての人への教え方も丁寧に思え、逆に良かったようにも思えた。

 

石を割る仕事と、網を編む仕事。石工の仕事と、漁師の仕事。二つはかけ離れているように思えた。しかし、資料展示室の白黒写真の中には、たくさんの人が集い皆で大きな石を割り、運び、協働する姿があった。

 

機械が入り、石も重機で仕事をするようになった。機械が入り、網も機械が編むようになった。

 

〈そらあみ〉は、あえて人が寄り、網を編むという場を大切にしている。

 

人が寄り、網を編み、大きな一枚の網を作り上げるのが〈そらあみ〉。人が寄り、石を割り、大きな石を細かくして運び出すのが〈石切り〉。昔はどちらも、こうして人が寄って、声をかけ合い、時に歌でも歌いながら仕事をしていたのだ。

 

そう考えると石切りの場にあった空気感は、もしかしたら、今日の〈そらあみ〉ワークショップにあった雰囲気に似ていたのかもしれない。

 

与島という石の島で、網をみんなで編みながら、石を割って運んでいるような気分になった〈そらあみツアー〉だった。

 

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若手漁師さんの網チェックを受ける。これで合ってますよね?

 

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ええか。だから、ここはこうや。

 

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ツアーで初めて編む方の中には、器用な方もおり、どんどん編んでいく。すると、うちの息子漁師やから嫁に来ん?と口説かれたりも(笑)

 

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島の人があたたかく見守る。

 

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与島のツアーは昼食にワカメ汁付き!ありがとうございます!ワカメは今が食べごろです。美味しかった!

 

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与島の歴史は石の歴史。石の話がやはり一番盛り上がる。

 

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最後にみんなで記念撮影。

 

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網越しにお礼を伝える。

ツアー参加者「やさしく教えてくれたので分かりやすかったです。」「楽しかったです。ありがとうございました」

島の人「素直で教えやすかったわ」「あの子が嫁にほしい(笑)」

 

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あいにくの雨。島内散策中に一緒に編んだ漁師さんの船が出航。みんなで見送る。

 

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島内散策。与島にある鍋島灯台。瀬戸内海最古の灯台。今も現役です。1872年(明治5年)11月15日に初点灯。

 

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帰りの瀬戸大橋。さらに天候は悪化し、橋の向こうが見えません。