終わらせたくない時間

沙弥島滞在21日目。今日は、午前中は岩黒島、午後は櫃石島とダブルヘッダーでワークショップを行った。瀬戸大橋の土台となっているこれらの島への移動方法は自動車である。今日で橋を渡るのは10回目。この20日間で瀬戸大橋を渡っている回数は坂出市民より確実に多い。島に入る際、ゲートを通過する時に使用する三島カード(島民だけが持っている通行手形のようなもの)の使い方も、もう手慣れたものである。

 

岩黒島のワークショップは3巡目。開始時間は9時。8時半から通い慣れた岩黒集会所で準備を整えていると、まず最初に中村自治会長、その後すぐに、竜也さんがやってきた。いつもこの2人が最初にやってくる。そして9時を前後して、皆さんがやってくる。

 

「あ!伸次さん!おはようございます!」

「ゆきちゃんが来たよ〜」「ゆきちゃんおはようございます!」「座布団取って〜」

「誠さんは?」「風邪引いたって」

「みのりちゃんも風邪だって」

「今日は糸巻く人が少ないなぁ」

「あ!髪の毛切りました?」「そうなんよ。このお兄ちゃんらと会うからね(笑)」「すてきです!」

「あ!そうそう。こんぴらさん行ってきました!階段785段!あれはもう登山ですね。膝が笑ってましたよ」「そうか行ってきたか(笑)」

「流し樽、絵馬殿の奥に、確かにありました。フロートのやつはなくて、全部木の樽でした」「やっぱりそうやったか」

 

などなど、もう他人ではない会話が自然と続く。岩黒島の雰囲気はいつも、どこか穏やかで温かい。まるで家族の一員になったようだ。それぞれが完成に向けて、いつも通りの場所取りと、やり方で編みはじめた。場は自然に回る。次々に目標の5mが編み上がっていく。編み進む手元と弾む会話と共に、すごく良い時間が流れていく。

 

中村自治会長の奥さんが、糸を巻きながら言う。

 

「もうすぐ終わっちゃうね。せっかく知り合うたのに、なんだか淋しいなぁ。もう編み終わったら会えんのやろ?」

 

胸がぐっと締め付けられて、涙が出そうになった。ずっとこの時間が続けばいいのに。

 

編み終わりは別れを意味する。皆それは分かっている。出会って網を編んで共につくったこの時間と場が無くなるのが純粋に淋しいのである。

 

五十嵐「あと1回だけやりましょう。最後に全部、すき(つなぎ)合わせて、岩黒分を完成させましょう」

 

島のお母さん達「じゃあ、その時、茶粥炊こう!」「この人らぁが食べてったらええやん!」「岩黒の食べ物やで、他の島にはないしな」「うん、それ、ええな!」「うち、芋あるで!」「うちは米あるで!」「あれは、たくさん炊かんと、旨ないでな」一気にお母さん達の会話が盛り上がった!

 

五十嵐「え!いいんですか?うれしいです!食べたいです!ありがとうございます!」

 

島のお母さん「茶粥食べたら、岩黒島で茶粥食べたなぁって、島のこと思い出すやろ」「息子みたいなもんやしな」

 

岩黒島に、お母さんができました。本当にありがたいことである。胸がいっぱいになる。上手く言葉にできない。心から感謝である。

 

茶粥(ちゃがゆ)は岩黒島で昔から食べられてきた。茶粥とは、碁石茶(ごいしちゃ)で米や芋や豆と一緒に炊いたお粥。中村さん曰く、「昔は米が貴重やったから、芋や豆で量増ししたんや。喉の上までお腹いっぱい食うてな。でも、すぐにおしっこで流れて、また腹が空くんや(笑)。でもこれは本当に岩黒らしい食べ物やで」

 

岩黒島の島民のルーツは隣の与島とも櫃石島とも違い、もう少し西にある佐栁島(さなぎしま)らしく、この茶粥という郷土料理は、この辺りでは佐栁島と岩黒島でのみ食べられているそうだ。食文化が証明する人の移動の歴史である。岩黒島では昔の風習を残すために、そら豆の穫れる頃になると、毎年、茶粥を作ってみんなで食べるそうだ。別れは淋しいものだが、次回の岩黒島が楽しみである。

 

更に中村さんから最後に聞いた話が興味深かった。ここ岩黒島は、昔は“五色島(ごしきじま)”と呼ばれていた。その理由は島から5つの色の違う粘土が採れたからだそうだ。そして昔は焼物が盛んだった。だがある時、焼物を売って作ったお金で船を買い、山ほど焼物を積んで大阪の方まで売りに行こうとしていた途中に嵐に遭い、焼物を積んだ船が転覆し、倒産したそうだ。なので、今は、この島には焼物の窯もない。でも、昔に島で焼かれた鬼瓦があったり、墓地の整理をした時には、屈葬した遺体を入れた大きな甕(かめ)が出てきたそうだ。今も島で粘土を採ることはでき、“赤だけ”“白だけ”と呼ばれる粘土の絶壁があるそうだ。現在、岩黒島と呼ばれている島は、元々、五色の粘土の採れる五色島だったのだ。単に島に来ただけでは気がつかなかった情報であった。

 

南隣りの島である与島は、“与島石”の有名な「石の島」である。そして岩黒島は五色の粘土の採れる「粘土の島」である。すぐ近くなのに、地質も人のルーツも違うなんて、なんとも面白い。すぐ北隣りの島である櫃石島はまだ「◯◯の島」の部分は出会えていないが、何かがあるに違いない。これからが楽しみである。

 

そんな櫃石島のワークショップは2巡目。開始時間は13時。櫃石島へは、6日前の戎祭り(えびすまつり)以来である。あの時は、しこたま酒を飲んだ。一度一緒に酒を酌み交わした人同士の距離は近い。

 

「あ!五郎さん!こんにちは!先日はどうも(笑)」「あの日、島着いたの2時過ぎとったで(笑)」

「日出人くん!来てくれたんだ!」「うん。いちおう見にきてみたよ〜」

「浩文さん。どうもです」「こないだテレビ出とったな。見たで〜。顔も割れたし、もう悪いことできんな〜(笑)」

「細谷さん!こんなに編んでくれてたんですね。ありがとうございます!」「また置いといてくれたら、やっとくで、黙ってすいたら(編んだら)、5mは2時間やな。こいつらみたいに、おしゃべりしたらあかんで(笑)」

「今日のバイト代はいくら出るんか?領収書、書いてもらわんとな」

 

と、こんな雰囲気で、続々と漁師が集ってきた。さらに今日の櫃石島は、漁師の息子である小学生や中学生、櫃石島の教頭先生に校長先生、更には坂出市の市長である綾市長と副市長の加藤さん、そしてテレビ局2社の取材も入り、櫃石公民館は人でいっぱいとなり、てんやわんやでワークショップが行われた。

 

櫃石島は若手も含め漁師の多い島。穏やかで温かい岩黒島とはまた違い、前回同様、豪快な雰囲気で網が編まれていく。面白い会話があちこちで勃発しており、何かを全体に伝えようとすると、間を見てかなり声を張らないと伝わらない。しかも、あまり聞いてもらえない(笑)。漁師の子供達は恥ずかしがりやで頑固、といった印象。でも中学生の女の子でも、以前に網を編んだことがあるという子がいたりして、覚えが早く、まさに漁師の子といった子供達が多かった。

 

1つの空間に、おじいちゃんにお父さん、子供に兄弟、そして先生と、島総出で編んでいるような状況となった。

 

それぞれが編みながら、あちこちでインタビューを受けている。やがて自分の番が来た。

 

テレビの方「漁師のみなさんに聞いたら、みなさんの週に一度のお休みは今日の土曜だけで、こうして皆さん編んでくれているそうです。すごいことですね。そのことについて何かありますか?」五十嵐「そうですよね。本当にありがたいです。貴重なお休みの時間にこうして編んでいただいて、胸が痛いです。」と、次の瞬間に、漁師さんから野次が飛ぶ「おお。そんなんええで、態度で示してくれたらええ、泡(酒)持ってきてくれたら、勘弁してやる(笑)」ここで初めて全体で共通の笑いが起きる。

 

こんな感じで、相変わらず櫃石島では圧倒されるのであった。それでもアウェイ感は前回よりも攻略でき、各人の船の名前を聞いて、その由来についての話を聞かせてもらったり、さらに一段、関係性が深まったように感じられた。

 

前回の別れ際、「次はもう来んで、自分の網すかんと(編まないと)いかんでな。」と言っていた人達がこんなにもたくさん集まってくださり、本当にありがたい話である。

 

結局、行けるところまでやろう。ということになり、最後まで編んでくれた方は17時までやってくれた。最後は、完成した5mをガンガンすき合わせ(編み合わせ)ていった。櫃石島も次回の回で終了しそうである。だが、誰1人として、編めなくなるのが淋しい、と言う人の声はなかったように思う(笑)

 

だが、「完成したものは、一度、沙弥島まで見に行かんといけんな」という声があったのが嬉しかった。

 

今日巡った、岩黒島と櫃石島は、2つとも、完成間近まで網は仕上がってきている。網を編むことで出会い、その島を知り、そらあみに対する島の人達の気持ちが動きはじめているのを知った。

 

別々の島々で編んだ人達が1枚の網につながった“そらあみ”の前に集う姿を見てみたい。とは言うものの、島と島。近い様で遠く、人にも土地にも、それぞれの特徴、性格がある。もちろん見てはみたいのだが、一堂に会す状況は少し怖い気もする。その時に「久しぶり」の挨拶になるのか。はたまた険悪な沈黙となるのか。

 

間違いないのは、皆、自分の島が一番だと思っていることである。それはすばらしいことである。今回の完成した“そらあみ”で最初につかまえるのは、5つの島のみなさんになりそうである。

岩黒島。中村自治会長と竜也さん。いつもこの2人が最初に来てくれます。

静かに、そこに

息子と重なる父の編み姿

父と重なる息子の編み姿

終わらせたくない時間

隣り同士をつないでいきます

櫃石島。もう、いっぱいです。

綾市長も編んでます

てんやわんやです

つなぎ合わす人と、見て学ぶ人

若手兄弟漁師の編み姿

一目一目編みつなぎ、徐々に1つになっていきます