船玉様と亀の鳴き声

沙弥島滞在14日目。午前中は岩黒島、午後は沙弥島でワークショップを行った。岩黒島は前回と同じくらいの人数が集まってくださり、沙弥島は、島からは前回の倍近い人数が集まってくださった。今日の岩黒島から5島巡ってのワークショップの2巡目に入る。基本的には1巡目で自分が編んだ続きを編んでもらい、幅60㎝×長さ5mの反物を完成させていく。それを繋ぎ合わせて高さ5m×長さ61mの網にする。反物の数で言うと90反ほど必要になる。

 

1巡目の時に、各島々でどれくらいの方が参加してくれるのか、どれくらいのスピードで編み進められるものなのか、実際にやってみるまで分からなかったのだが、1巡したことで、この塩飽諸島の方々の感じをつかむことができ、完成までの制作イメージがだいぶ具体的になった。

 

反物1つ(1人分:幅60㎝×長さ5m)を編むのに平均すると5時間ほどかかる。ワークショップは基本2時間を一枠にしているので、2〜3巡したところで完成する計算になる。もちろん中には編むのがすごく早い人や、4時間通しで編む人もいるので進み具合は違う。ただ、良かったのは、各島々の参加人数を合計した数(編みはじめた数)がちょうど90反弱だったので、少し調整すれば、1人一反編めば良いという計算になる。この数の一致は偶然の産であるが、1枚につながった漁網一反一反から一人一人の手跡や個性を感じることができるだろう。どうなるか分からないことが、現場の出来事に呼応して出来上がっていくことが、現地での滞在制作の面白い部分の1つである。

 

1巡目の時に一反ずつに数字をふり、編んでくれた方の名前も聞かせてもらい数字と一致するようにしていたので、2巡目からは黒板やホワイトボードに数字と名前を書いて表にした。すると基本的に皆さん自分の続きをしてくださった。

 

名前を知ると、もう少し一人一人のことを知りたくなる。参加者のほとんどは漁師さんかその家族である。そこで、2巡目からは編みながら良い時間が来たら、五十嵐が質問し、船の名前を教えてもらい、それを黒板やホワイトボードに書かれた名前の下に書き込むことにした。これが面白い展開となった。

 

ほとんどの船は◯◯丸と、最後に丸が入り、上の◯2つには漢字が入る。好きな漢字を入れる人もいるが、そのほとんどは、自分や奥さんの名前から1字とったり、父親から船名を引継いだりといったケースが多く、船の名前を聞き、その意味を問うと、その人の家族や人とのつながりや大切にしているものが見えてきて、一人一人の方と向き合える、とても興味深い時間となった。

 

“船に名前をつける”という行為は子供に名前をつけるのと似ている。漁師さん達から船名についての話を聞く時、そこに愛や信念を感じるのである。

 

岩黒島で船名の話から発展しおもしろい話を聞いた。船玉様(フナダマサマ)の話である。船玉とは船霊を意味し、守り神として船に祀ってある。その御神体として人形や2対のサイコロが使われている。そのサイコロにまつわる、古くからのおもしろい文句を中村さんから教えてもらった。

 

「一天地六、表見合わせ、艫(とも)幸せ、櫓櫂ごとごと、中に荷がどっさり」

(1)  (6)   (3)                    (4)           (5)             (2)

 

()の数字は賽の目を表す。2つのサイコロを、前を3にして左右を5にしてくっつけると、この語呂合わせを意味することになる。(片方は船大工が賽の目を1と6を逆にし船玉様用に配置を加工している)

 

“一天地六”は、1より6は数が多く重いので船の安定を意味し、“表見合わせ”は船の見通しが良いことを意味し、“艫(とも)幸せ”は、生活は艫(船尾のこと)でするので、その幸せを意味し、“櫓櫂ごとごと”は、櫓と櫂は船を動かす道具なので、そのままの擬音を意味し、“中に荷がどっさり”は荷物をいっぱい積んでもどってこられることを意味する。

 

なんとも見事な、縁起の良い語呂合わせではないか。少し調べてみたら、世界にサイコロが登場したのは紀元前800年頃で、日本に渡ってきたのが奈良時代頃と言われている。そして、サイコロの目を神の意志と捉える思想は世界各地に共通している。

 

そう考えると、サイコロも船に乗ってやってきたわけで、賽の目を神の意志と感じていたなら、船玉様のご神体がサイコロになり、この文句が生まれるのも当然である。

 

更に、ゆきちゃんから「船玉さまが、いさみだしたっていうとな。ちっ、ちっ、ちっ、ちって鳴くんよ」「あとな、船玉様が家に上がって来たなとかも、昔ゆうとった」との話も。周りの漁師さんからは「鳥の声ちゃうんかな?」とかといった声もあったが、船玉様の鳴き声なんてあるのか!是非いつか聞いてみたいものである。

 

沙弥島でも船名の話から発展し、蛭子神社に祀られた亀の置物のおもしろい話を聞いた。昨日、自分は沙弥島にある蛭子神社のお参りにいった。そこには他の島と同様に珊瑚がお社に置いてあったのだが、すぐ横に、瓦のような素材でできた高さ30㎝くらいの小さな家がいくつかあり、壁面が丸く抜いてあり、その中に首を長く伸ばし立てた亀の像が置いてあった。亀の像は全部で4つ、中には小屋が壊れてむき出しのものもあったが、それぞれに小屋に入っている。なぜ亀なのだろう?それが気になっていた。

 

そこで、一緒に編んでくれていた高尾自治会長に話を聞くと、昔(大型船の航路になる前)この辺りには大きなウミガメがたくさんいて(イルカの仲間のスナメリもいたらしい)、ある日、砂浜に2匹の死んだウミガメを見つけて、それを祀ったという。最初は2つだったが何故か4つに増えたとのこと、一緒に編んでいた1人のおばあさんは、「2人じゃ淋しいし、子ができたんじゃろう」と笑っていた。そして皆笑った。

 

更に高尾自治会長は亀のおもしろい話を続けた。昔、べた凪で夕日が沈む頃、海面はぎんぎらに輝き、辺りは静寂に包まれていた。するとどこからともなく「ヒュー、ヒュー」っとかなり大きな音が聞こえてきたそうだ。それが何の音か分からなかった。驚いて辺りに目を配り、海面に目を凝らすと、ウミガメが首を長く伸ばし、これから深く潜る前に息を吸っていた音だったというのである。それはそれは大きな音だったそうだ。ウミガメの鳴き声!というか息を吸う音!そんな音があるとは!是非聞いてみたいものだ。これで蛭子神社の亀の像の首が長く立ててある理由もなんとなく理解できたような気がする。

 

島の人から、海に生きる、海に生きてきた話聞いて、いつか聞いてみたい音が2つ増えた。

 

1つは船玉様の鳴き声、1つはウミガメの息を吸う音。

 

ネットワーク化が進み、グローバルな社会となり、世界は小さくなったとよく聞くが、足を運び、自らの五感で感じ取ることのできる、この世界はまだまだ広い。

岩黒島。ゆきちゃん登場

みなさん、自分の手押し車で登場です。停めてある手押し車を見ただけで、誰がいるか分かるそうです。

岩黒島の漁師のみなさん。船玉様の鳴き声聞いたことがあるのだろうか?

沙弥島の浜辺さん。なんと昭和63年に制作した編み針15本を寄付してくださいました。自分はもう使わないから、よかったら使ってくれとのこと、少し足りないなと思っていたので、とっても助かります。

浜辺さん。編み針の完成度はもちろん。編み姿も見事です。

沙弥島のお母さん達。島で昔どんな暮らしや遊びがあったのかたくさん教えてくれました。

お母さん達から、網を編んでいる男衆はかっこいいとのこと。昔を思い出すそうです。

糸の減りは空色と赤が人気。