“Bundling Time” / 時を束ねる

DAY10 AM / Decepcion Islandに上陸。

DAY10 PM / King George Island / Russia Baseに上陸。

 

6:30にDecepcion Island到着の船内放送が入った。うねりに揺られる体を支えながらデッキに上がると、水平線のむこうからあがったばかりの真紅の朝日に目を見張るのと同時に、強い風が体を押した。放送を聞いてデッキに上がってきた仲間が皆口々に「風がきたね」「凧ができるね」と声をかけ肩を叩いてくれる。

 

Decepcion Islandは南極の海に浮かぶ火山の島。火口のクレーターの一部が裂け、そこに海が入り込んでいる。まるで入り口のように裂けた巨大な岩の間を船は入っていった。かつてどこかの国の基地だった施設は廃墟となっており、火山の作り出す赤黒い大地と相まって、この地は“死”を想起させる。

 

浜辺の大きなアザラシたちに襲われないよう適度な距離をとって、凧を準備すると、南極の風をいっぱいに受けて、凧は自らの意思を持つかのように空へとあがっていった。まるで鳥のように上空を舞う凧の姿に海鳥が近づいてきた。

 

空へと引き上げられた組紐の裾は別れ、みんなの手元とつながっていた。航海を通じて、世界中から集ったみんなの手で作られた組紐は、このAntarctic Biennaleの航海で築いた人と人、人と自然との関係性であり、過ごした時間そのものである。Decepcion Islandの大空に組紐が昇る姿はまさに、死の世界に浮き上がった未来への希望の時間を意味していた。

 

航海のあいだずっと“時間”について考えていた。

 

今回の作品「“Bundling Time” / 時を束ねる」のコンセプトは、南極ビエンナーレの航海に同行する世界中から集った人々と協働し、航海中に船内や南極大陸でともに組紐を組み、その紐を使って南極大陸で全員で凧揚げをするというもの。

 

地球の南極点と北極点を結ぶ子午線は、世界各地の時間を定めている。南極大陸は、その子午線が一点に集まるため、世界の時間が集う場所であり、逆に時間のない場所とも言える。一本一本の糸をそれぞれの子午線に見立てて空に向かって組み上げることで、どこの国でもない南極の大地で、だれのものでもない時を束ねる試みである。そして、国境や子午線といった人類がこれまでこの地球にたくさんの線を引いてきが、この星にとってのこれからの線のあり方についてあらためて問い直す機会とした。

 

実際に、南極ビエンナーレの航海には世界中の人が集った。話すのが早い人、遅い人、黙っている人。ゆっくりな人、てきぱきしている人、動かない人。言葉も文化もみんな違う。彼らは自分の中にそれぞれの国や地域の時間であり、自分自身の命が刻む自分だけの時間を持っていた。航海で暮らしを共にし、互いを知り、また、組紐づくりを通して、言語を超え、まるでダンスやチェスをするように相手の呼吸を感じていた。彼らの手に握られた糸は命が刻む鼓動を拾った。

 

そして、この航海に於いて、我々は海のうねりに合わせるように体をつくり変え、風を待った。航海のはじめは陸から離れ外洋に出ると、みんな船酔いに苦しめられた。眠ることで体に波のリズムを馴染ませていくしか方法はなかった。また、凧をあげるための風は人間の都合で吹くことはなかった。人の住まない南極の純粋な自然は、時に我々を受け入れ、時に拒んだ。波や風や氷や石といったものの中にも、それぞれの時間が存在していた。組み上げられた組紐と凧は、自然が刻む息吹を拾った。
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時間とは、誰かが定めた約束事ではない。

時間とは、自分の中に存在する。

誰かの中に存在する時間と出会い、受け入れ、重ねることで、自分の中に流れる時間を感じることができる。

自然の中に存在する時間と出会い、受け入れ、重ねることで、自分の中に流れる時間を感じることができる。

それは、世界で唯一の自分の心の鼓動を、命を感じることである。

時間とは、自分の中に存在する。

時間とは、感じるものである。

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“Bundling Time”  南極ビエンナーレ航海を通じて時を束ねる試みは、人や自然の持つ時間と出会い、自らの命のあるべき姿を強く感じる機会となった。

 

船は3/25の今夜外洋へ出て、3/26,27と2日感かけてドレーク海峡を渡って3/28の朝にアルゼンチンのウシュアイアへと帰港する。

 

12日間の航海を通じて自分の中に残ったものは3つ。

 

世界中のアーティスト・科学者・哲学者との友情。

アレクサンドル・ポノマリョフという偉大なアーティストへの憧れ。

そして、南極という時間と空間の境界を超えた、これまでの旅の先へと向かう、アーティストとしてのあらたな眼差し。

 

船の上では、人は平等だった。これは感覚的なものではあるが、明らかに陸の上とは人の見え方が違うのだ。特にみんなで並んでの食事の時にその差を強く感じた。陸の上では人の役割や地位や存在がくっきりと際立って見えるのに対して、海(船)の上では、それらがもっと曖昧で、お互いの存在が混ざり合っていたのだ。波の力がそうさせるのか、南極という場の力がそうさせるのか、そこには神秘的な調和を感じた。

 

アレクサンドル・ポノマリョフは一緒にお酒を飲んでいると、歌を歌う。そして「日本のサムライも何か歌え」といった感じで、みんなに歌を歌わせる。気がつくと世界中の言葉の歌を皆で鼻歌のように歌って合唱しているのだ。まるで、南極で毎日出会ったクジラたちが交わす鳴き声のように……。

 

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DAY10 AM / Decepcion Islandに上陸。

 

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海に浮かんだ火山の島。

 

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廃墟と化した建物と火山の織りなす風景は死を想起させる。

 

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凧に設置するGoProカメラの角度を調整。

 

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凧が自分の意思を持つかのように大空へ上がろうとしている。

 

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海鳥が近づいてきた。

 

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アレクサンドル・ポノマリョフとともに

 

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世界中の人、みんなで凧揚げ。

 

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それぞれの時間を糸に重ね、そしてひとつになる。

 

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最初で最期チャンスは一度だけ。

 

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時を束ね、コントロールする。

 

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風が安定し、みんなで風を感じ時をコントロール。

 

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“Bundling Time” / 時を束ねる

 

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“Bundling Time” / 時を束ねる

 

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“Bundling Time” / 時を束ねる

 

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最期にみんなで見た夕日。

 

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この世界を未来につないでいく

 

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世界の広さを、人間の大きさを一人の男から学んだ。