くすかき三日目。第四十代太宰府天満宮宮司就任奉告祭と新元号「令和」

くすかき三日目。今朝の気温も6度。数値は昨日と変わらないが、さらに寒くなった印象。空気はピリリと緊張感がありつつも清々しい朝。〈くすかき〉は月曜定休なので今日はお休みなのだが、昨日の〈くすのこうたき〉で抽出した樟脳回収のみ行った。

 

そして今日は、7:00から第四十代太宰府天満宮宮司就任報告祭が行われ、その後、11:30から新元号「令和」が発表された。

 

なんと、新元号「令和」出典元の万葉集の梅の詠は、今から約1300年前、大宰府政庁の奥の方に住んでいた大伴旅人が催した梅花の宴で詠まれたもの。

 

新宮司の就任奉告祭の数時間後に発表された新元号が太宰府にゆかりのあるものになるなんて!まさに新たな時代の幕開けに立ち合ったような感覚になった。

 

新元号「令和」という、かつての太宰府からの声を聞き、今の太宰府で新たな時代を迎えることが、第四十代太宰府天満宮西高辻信宏宮司の初仕事。太宰府天満宮の1117年という果てしない時間を代替わりしながらつないでこられた宮司の40代目にして訪れた、今日という日。菅原道真公の直系というだけでもすごいことだなと思っていたが、やはりものすごい天命の元にある人なのだなと、あらためて実感した。

 

でも逆に、元号が太宰府に所縁あるものになろうとそうでなかろうと、宮司就任奉告祭が朝7時に誰かに見せようとする訳でもなく、粛々と行われていたことの方がよっぽど深い印象に残った。

 

若葉が芽吹き落葉する樟のように、しっかりと確実に世代交代をしている姿がありました。そこには、世の中や人々の心のあり様が変われども、それらを超越して、いつの時代も人としてのあり方を確認する拠りどころとして、この地に生き、歴史と時間と日本人の精神性をつないでいく者としての覚悟を見ているようでした。

 

今朝の太宰府は冷え込みました。凛とした境内で芽吹いたばかりの樟若葉に朝日が当たって神々しく光っています。そこに、新しい風が吹いてきています。これからの時代のはじまりを告げる風です。

 

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朝7時。凛とした空気の中、第四十代太宰府天満宮宮司就任奉告祭がはじまりました。

 

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昨日の第三十九代太宰府天満宮宮司退任奉告祭同様に半分は神職の方、半分はご家族の方の姿がありました。

 

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就任奉告祭を終えられた西高辻信宏宮司。

 

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その後、樟脳回収を鬼すべ堂で行いました。昨日のくすのこうたきで樟落葉を水蒸気蒸留して取り出し、一晩寝かした樟脳です。

 

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やはり寒いとたくさん樟脳が結晶化するようです。

 

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ろ過してます。「これ理科で習ったけん!でも手が冷たい〜!でも寒いからいっぱい取れたね〜(笑)」

 

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冷却タンクの内壁から樟脳を回収。

 

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コップ一杯になりました!十分に多い収穫量です!

 

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太宰府は桜が満開です!


くすかき二日目。第三十九代太宰府天満宮宮司退任奉告祭

くすかき二日目。今朝の気温は6度。昨日までに比べて寒くなったが、凛と空気の澄んだ朝。寒い朝もまた春らしい。今日は、6:30から天神広場で〈日々のくすかき〉、10:00から鬼すべ堂で〈くすのこうたき〉、16:00から天神広場にて土日のみ夕方も開催する〈日々のくすかき〉といった1日だった。

 

今朝の6:30が今年の〈くすかき〉の掻きはじめ、いよいよ本格始動となる。この日の朝は毎年緊張する。誰が来てるかな?新しい人は来てるかな?どれくらいの人が今年は集まるのだろう?最悪自分1人でもきっちりやろう。そんな覚悟をして天神広場へ向かう。

 

結果、集まったのは大人11名、子ども8名の合計19名。ここ例年のイメージだとちょっと少ないような感じもするが、内半数は初めての人だったというのがこれまでになかったはじまりとなった。経験者が一年前の記憶を頼りに初参加の人にやり方を伝える。

 

今朝は冷え込んだせいで落葉が少ないこと、去年と今年の落葉の色や大きさの違い、毎日少しずつ葉を広げ白から緑へと色を変えていく若葉のこと、松葉ほうきの使い方、ふるいのかけ方や枝とりのコツ、縞模様の描き方や地面の整え方、朝の境内の清々しさなどなど、それぞれが、それぞれの言葉で〈くすかき〉を伝えている風景があった。

 

〈くすかき〉はその年に集う人と、その年の樟との関係によって、その年だけの〈くすかき〉が形づくられていく。それぞれがそれぞれに影響を与えながら会期最終日までの流れができる。いわば三週間のライブセッションのようなもの。今年は今年、また新しい〈くすかき〉になりそうな兆しを感じた朝だった。

 

そして今日、朝9時から御本殿にて第三十九代太宰府天満宮宮司退任奉告祭が行われた。西高辻信良宮司、この方との出会いがなければ〈くすかき〉の挑戦ははじまらなかった。宮司として最後の祝詞をあげる姿、その所作と声を心身に焼きつけながら、昨年末に直接会った際にお話してくれた2つの話を思い出していた。

 

1つは、春、代替わりすることに触れ、30歳の時に宮司になられ、35年。そのあいだにやった仕事で一番の仕事は、樟の杜の再生だったというお話。

 

もう1つは、この地は、永く変わらずにある場所。今は何かと速いことが良しとされる時代だが、100年、1000年という時間軸を感じられる。それらに気付いて長い時間の視点から物事を考えられる場所であってほしいというお話。

 

〈くすかき〉が西高辻信良宮司の“眼差し”を未来に伝える、ひとつのきっかけになれればと、胸に刻んだ日となった。

 

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枝などを取り除き、葉っぱだけを掻き山に足していきます。

 

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初日は思い出しながらなので、少しちぐはぐしてしまう。

 

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掻き山はまだ小さい。これが三週間後の最終日には今年はどこまで大きくなるのだろう。

 

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西高辻信良宮司、最後の朝拝。

 

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宮司退任奉告祭。御本殿には神主の方がずらりと並ぶのかと思っていたら、半分はご家族の方が並んでいた。家族を大切にしている、もっと言えば、天満宮職員の皆さんを家族のように思っている宮司さんらしい退任式の印象でした。

 

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くすのこうたき。水蒸気蒸留で葉っぱから取り出された樟脳が水滴の表面に白く見えています。

 

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くすのこうたきの昼食風景。外でみんなで食べると美味しい。

 

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下の羽釜を沸かして、銀の筒に砕いて入れた樟葉に水蒸気を送ります。約200度の融点に達すると水蒸気と共に樟脳成分が右側の冷却タンクに移動し、水蒸気は水に、樟脳成分は結晶化し冷却タンクの内壁にくっつきます。

 

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このまま一晩置いておいて明日の朝回収します。寒い一日でしたが、この10年の経験だと、寒い方が樟脳はよくとれます。でも天然樟脳をつくっているプロの方も言っていたのですが「開けてみないとわからない」のです。


くすかきはじめ。10年目の春。

くすかき初日。今日は天気も良く暖かく穏やかな春の1日だった。10:00から山かげ亭にて〈松葉ほうきづくり〉、13:00から御本殿にて〈くすかき成功祈願祭〉。その後〈柵設置〉を行い、無事に初日を終えた。

 

「千年後の日常を一緒につくってみませんか?」を問いかけとする〈くすかき〉は1000年という時間を想像するプロジェクトでもある。

 

太宰府で迎える10年目の春。1年ずつを積み重ねてやっと10年、この10年の10倍が100年。これくらいまではどうにかその時間感覚を想像できるようになった。しかし1000年となるとこの10年の100倍、、、うーむ、やっぱり1000年となると、とんでもなく果てしない。

 

しかし、ここには1000年以上生きてきた樟の杜があり、1117年の歴史を有する太宰府天満宮がある。そう、具体的に1000年という時間を今もつないでいる存在に出会えるのだ。

 

そこに10年通わせてもらい気づいたことがある。一見、何も変わらずに1000年あり続けているように見える樟と太宰府天満宮だが、毎年必ず樟は新芽が芽吹き、お宮も若手が台頭し、どちらも健やか且つダイナミックに世代交代が行われ、1000年経った今も、どちらも成長を続けているのだ。

 

あり続けるということは、世代交代しながらも、成長し続けるということなのだ。

 

現代の社会生活において自分の人生以上の時間を想像する機会は少ない。ましてや千年という時間など具体的に想像することなどない。

 

それでも確実に千年前があったから今があるのである。千年前から今日まで時代が変わっていく中で、その間に生きた人が残し伝えたかった大切なもの、そして残ってしまった様々な問題が今という時代を形作っている。

 

我々が生きる時代もまた、遥かな時のあいだである。その生き様について太宰府にくると考える。

 

それでも、まずは今年、そして今日をどう生きるか。

 

世代交代しながらも、成長し続けられる〈くすかき〉であるよう1000分の10年目の挑戦がはじまります。

 

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樟の落葉はじまってます!今年は落ちるのが早いかな?

 

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天満宮の松葉ほうきを毎年200本以上制作されている職人の原口さんに来ていただき〈松葉ほうきつくり〉を行いました。松葉ほうきをつくって64年、御年82歳になられます。

 

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今年も満開の桜の木の下という最高の制作会場になりました!

 

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自分の松葉ほうきをつくるところからはじまります。

 

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集中して制作すると時間はあっという間に過ぎていきました。

 

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完成!

 

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柵も無事に設置完了!明日の早朝6:30から日々のくすかきはじまります!


そらあみ-カイコウラ-が捉えたもの

カイコウラ24日目。ニュージランド、カイコウラの空に〈そらあみ〉が上がった。今回、使用した5つの色、青、緑、黒、赤、白はカイコウラでのリサーチを通じて選んだものである。青はカイコウラに広がる冷たい海の色。緑はカイコウラを包む静かな山の色。そして、黒、赤、白の3色はマオリ文化にまつわる色を意味している。黒は全ての創造のはじまりである闇の色。赤は種・誕生を意味する命の色。白は調和・純粋さ・成長を意味する光の色。この5色の糸が、マオリの人、ヨーロッパ系の人、アジア系の人といった地元の人たちと偶然に出会った旅行者たちの手によって約1ヶ月かけて編み上げられ、カイコウラの風景を捉えた。

 

〈そらあみ〉を眺めながら、地元の人が語りかけてきた。「おめでとう。よく見ろ。〈そらあみ〉のまわりに広がる、この海と山の風景こそ、まさにカイコウラを象徴する風景だ。本当に美しい、、、ありがとう」自然と握手を交わした。旅行者にとってはカイコウラの魅力に出会う入り口として、地元の人にとっては自身が暮らす土地と文化を見つめ直すきっかけとして機能していると感じる出来事だった。

 

最終日、〈そらあみ-カイコウラ-〉はマオリの人たちより“祝福の儀式”を受ける。伝統的な彫刻の施された杖を持ったマオリ男性がマオリ語でのスピーチに続き、ハラキキという植物で編まれたカゴに入れた貝殻や植物を使って、言葉を唱えながら〈そらあみ〉に優しく触れ、何かお祓いをしてくれているような動きの後、最後は、下唇からアゴにかけて刺青の入った1人のマオリ女性の歌をきっかけに、みんなの声で歌が送られた。今回の滞在中に何度か耳にした歌だったので、自分も自然とみんなの声に自分の声を重ねるように歌った。言葉にするのが難しいくらい、非常に感動的な出来事だった。作品に対して祝福を受けたのは人生で初めての出来事で誇らしくも思えたが、それ以上にみんなの歌声が〈そらあみ〉に送られている状況に胸がじんわりとあたたかくなり、目頭が熱くなった。マオリの人たちが永い時間かけてカイコウラの自然と向き合い育んできた伝統と文化に〈そらあみ〉が祝福され受け入れてもらえたのだと感じた。

 

光を浴び、風にそよぎ、カイコウラの美しい海と山と空を捉え、この地の文化と共に〈そらあみ〉があった。

 

今回のニュージーランドでの仕事は、東日本大震災とニュージーランドの地震が繋いだもの。災害と恵みをもたらす自然と、人はどのように向き合っていくのか?これこそ文化の本質であり、アートの成すべき仕事である。自然環境も違うし体つきや考え方も違うのだから、自然との向き合い方として生まれる文化は当然違う。その違いこそ魅力である。しかし日本もニュージーランドも同時代を生きる者どうしがやるべきことは同じだ。古に学び、恊働を通じて未来へと創造する。今回、マオリ文化に出会い多くのヒントがあると感じることができた。とりわけ、声を重ね、歌を送り歌を受取る、まるで魂の交換のような歌のあり方が深く印象に残った旅となった。

 

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地元の皆さんが設置に協力してくれました。

 

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歓声と共に空に上がりました。

 

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テンションが上がってみんな海に飛び込んで泳いでいます。笑

 

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この1ヶ月を振り返ります。

 

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この白い海岸の岩もカイコウラの特徴。

 

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カイコウラの空と〈そらあみ〉

 

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桟橋に設置されたキャプション。

 

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そらあみ-カイコウラ-

 

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祝福を受け、歌を受けとった〈そらあみ〉

 

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朝日を浴びて

 

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古に学び、恊働を通じて未来へと創造する。


カイコウラ漁師から人間らしさの問いかけ

カイコウラ23日目。昨日、今日とマラエ(マオリの集会場)で仕上げ作業をしながら、カイコウラの漁師さんから聞いた話を思い出していた。

 

名前はフィル。54歳。20年間、カイコウラでアワビの素潜り漁をしている漁師さん。挨拶の際、握手をしたのだが分厚く力強い岩のような手に、日本各地の海やブラジルの海などでも同じ手をした漁師に出会ったが、長い時間その体で海と向き合ってきたのが一発でわかった。同じ手をしていた。本物の漁師の手だ。

 

カイコウラは2016年に大きな地震があって、海岸線の道路は土砂崩れで通れず孤立状態となった。観光に来ていた約1000人の旅行者は船かヘリコプターで移送された。食料品など暮らしに必要な物資は軍のヘリコプターで運び込まれるといった生活が2〜3ヶ月続いたそうだ。それでも酪農をしている人は牛乳を分けたり、ヨーグルト屋さんは傷む前にみんなに配ったり、そして、ここマラエ(マオリの集会場)は避難施設としてみんなを受け入れた。みんなで助け合いながら苦難を乗り越えた。そこは日本も同じで、災害時には多くの人は助け合えるものなのだ。できることをして助け合うこと、これは人が元々持っている能力なのだ。

 

フィルに地震の前後で海に変化はあったか?と聞くと、なんと海底が3〜6メートルも隆起したそうだ。海底に生息していたほとんどの生物は突然陸に上げられた状態になり、みんな死んでしまった。地震の1週間後、フィルが海岸に行った時、腐ったアワビがいっぱいあった。アワビは12時間海から出ていると死んでしまうから助けることができなかったと話をしていた。

 

そして、その後、国の指示が出る1ヵ月も前にフィルは自ら禁漁を決める。アワビを育てるためである。小さなアワビを育て、海に放して、獲ってもいい大きさなるまで5〜6年。1番大きなサイズまで育つには10〜20年かかるからだ。フィルは未来のためだと言った。

 

禁漁についてさらに話を聞くと、「ラフイ」「マタイタイ」という名称で海に地震に関係なくとも数年間の禁漁区を作るルールがある。これはマオリの言葉だ。数年間、一定箇所を禁漁にすることで生き物が戻って来るのを待つのだ。禁漁区を定期的に作る話はミクロネシアの島でも聞いたことがあった。

 

彼らは知っているのだ。長い時間をかけて自然と向き合うことで得た、大切なバランス感覚を。だが人の物欲と消費欲を刺激し、経済を最優先し、都市化しグローバリズムと言う名の均一化の中で、それらは忘れられつつある。バランス感覚は失われつつある。

 

でもこうして大きな地震があった後には、この星で生きるための大切なことを思い出そうとし、未来に何ができるのかを考える。東日本大震災の後の東北もそうだった。ここカイコウラもそうだ。マオリの先祖が「ラフイ」「マタイタイ」をという言葉と概念を残したのも未来に何ができるかを考えたからだ。きっとその時にも地震があったのだろう。未来を考え行動すること、これもまた人間が元々持っている能力なのだ。

 

できることをして人と人が助け合うこと、未来を考え行動すること。

 

協働すること、創造すること。

 

大きな災害に向き合う時に人は人間らしさに立ち返る。

 

マラエで編みながら、フィルの話を思い出し、人間らしさについて考えていた。我々が生きられる時間はたかが知れている。先人から何を受け取り、今の自分と向き合いどう考え、子供たちに何を残し伝えることができるのか、、、。静寂の中、海から丘の上のマラエに吹き上げて来た風が網を揺らし、鳥の声や虫の声に混ざって、時折歌声のように何かの音がしている。

 

もっとこの世界に耳を傾けないといけない。声なき声を、見えている先の見えていない世界を大切にしないといけない。

 

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朝の光に包まれるマラエ。

 

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マオリの神様を毎朝見上げます。

 

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毎朝の散歩で水平線と朝日を確認します。

 

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マオリ文化の特徴の1つであるハラキキという植物を編むワークショップが開かれました。

 

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お花の編み方を習いました。

 

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網針と糸。

 

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マラエ(マオリの集会場)で編んでいると、畑で野菜を作っている人や学校帰りの子供たちなどいろんな人がやってきます。編まなくても一緒に過ごすゆったりとした時間が地域コミュニティに入っていると実感させてくれます。

 

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マオリの神様も見てくれているような気がします。

 

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つなぎ合わせて1枚にしていきます。

 

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夜はシンポジウムが開かれました。地震についての振り返りやカイコウラの文化について、アートがどのような役割を果たすのかと行ったゲストによる発表や意見交換がなされました。自分たちの町や暮らしや文化について積極的に話をする姿が印象的でした。

 

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今夜は満月。

 

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お隣どうしを編みつないで行きます。

 

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あと少し。

 

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編み物が好きなジェニファーが側に座って編んでいました。メディテーションなんだそうです。確かに〈そらあみ〉に参加してくれた方もよくメディテーションと言っていました。メディテーションは日本語だと瞑想ですが、編んでいると深いリラックス効果があるのだそうです。あまり考えたことはなかったですが、確かに考えてみると〈そらあみ〉にもその感じがある。

 

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ほぼ完成。

 

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あと、ここを編んだら、、、

 

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完成!!!

 

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夜は詩の朗読会が開かれました。

 

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海面に写った月の光道。

 

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〈そらあみ〉も月を捉えていました。


編みあがり

カイコウラ21日目。昨日、今日とメインストリートで〈そらあみ〉ワークショップを開催し、一般の参加者の人たちとどんどん編み伸ばした結果。目標としている長さまで編み終えることができた。明日からは細長く編んだ網の両サイドをつなぎ合わせていって一枚の大きな網に仕上げる段階となる。ここからは仕上げの作業となるので作業環境が適しているマラエ(マオリの集会場)で行うことにした。

 

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マッシュルームハンターのボビー。キノコを求めて世界を旅している。マツタケの話をずっとしてくれながら編んでくれた。世界にはいろんな生き方がある。

 

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日本の目白に住んでいたことがあるそうです。

 

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海岸の竹のインストールが無事に完了しました!

 

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カイコウラの〈そらあみ〉もだいぶ長くなってきました。

 

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ハンモックのようにゆらゆらと気持ちよさそうです。

 

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会話を楽しみながら丁寧に編んでくれました。

 

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旅行中のご夫婦で編んでくれました。

 

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地元カイコウラから親子参加。

 

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女性の参加者の方が多い印象です。


Shared Lines: Kaikōura Arts Festival開幕

カイコウラ19日目。Shared Lines: Kaikōura Arts Festivalが開幕した。会期は2019年2月16日〜23日。この一週間に国際的アーティスト・イン・レジデンス、ワークショップ、参加型劇場、展示会、アーティストトーク、シンポジウム、ストリートフェスティバルなど様々なプログラムが用意されている。

 

カイコウラは人口1500人ほどの小さな町、しかも今回が初めての試みなので、日本の越後妻有大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭といった100万人近くを集めるものに比べたら規模は小さいが、身の丈に合った、カイコウラらしい芸術祭といった様相である。でも規模の大きさが問題なのではない。町にはアートや文化に興味のある人もいればそうでない人ももちろんいる。このShared Lines: Kaikōura Arts Festivalがカイコウラの人たちに、どんな発見や気づき、エネルギーを促すのか、カイコウラとそこにある暮らしと生きている人の魅力を再認識し発信できるのか。今日から会期終了までの一週間に、アーティストたちの力量が試されるとも言える。

 

18時からのオープニングでは、アーティストトークがプログラムされ、自分が話をする時間も20分ほどもらえた。これまでの活動や自分のアートワークを大きくプロジェクションしスライドショーで紹介させてもらった。片言の英語で詰まりながらも、何かを伝えたい日本から来たアーティストの言葉に、言葉にならない間に、カイコウラの人たちが真剣に向き合って、何を伝えたいのか画像とキーワードから想像してくれた。事前に打合せをしていた司会のキッドロンのサポートもあり、プレゼンを終えた時には大きな拍手に包まれた(体は冷汗に包まれていた。笑)。来場者の中には、これまで〈そらあみ〉に参加してくれた人や、話を聞かせてくれた漁師やマオリの人、暮らしの中で会った人、お世話になった人など知った顔が多くあった。

 

この顔が見える距離感が、道で挨拶を自然と交わす人との関係性が、まず間違いない1つのカイコウラの魅力なのだろう。

 

人の顔が見える芸術祭「Shared Lines: Kaikōura Arts Festival」はじまりました!

 

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メモリアルセンターでオープニングパーティーが開かれました。

 

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会期中に開催されるシンポジウムやパフォーマンスなどのプログラムが記載されています。

 

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オードリーによるアーティストトーク。

 

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メインストリートの橋に設置している〈そらあみ〉。海と町をつなぐ橋なのでたくさんの人が通ります。

 

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Shared Lines(共有する海溝)という観点で、東日本大震災後に東北の宮城県多賀城市で編んだものを設置しています。

 

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クライストチャーチから友人が見にきてくれました。


マラエ(マオリの集会場)生活はじまる

カイコウラ18日目。Shared Lines: Kaikōura Arts Festival開幕の2月16日まで、残すところあと1日。今日はカイコウラでの2度目の引越し日。なんと今日から会期中、そして帰国までの約10日間をマラエ(マラエの集会場)で過ごすことになった。

 

2月6日のワイタンギデーの時は、一般の人たちと一緒にマオリ文化体験をするような形だったが、今回はShared Lines: Kaikōura Arts Festivalに関わるアーティスト、スタッフ、地元の協力者といった関係者を正式に迎え入れる儀式が行われた。

 

儀式自体は2月6日の日記に書いた内容と同じなのだが、ファレヌイ(内側に部族の歴史や伝説の彫刻が施された集会所で内部撮影禁止)というマラエの中で最も重要な集会所に入ってから、1つ1つの彫刻の意味やマオリの思想についての説明が非常に丁寧に行われた。

 

その間、説明してくれた恰幅のよいマオリ男性は、我々を長椅子に座らせたあと、自身は一度も座ることなく、説明を終えた。その後、話を聞くと、ここで座らないというのも相手に対する尊敬の意思の現れなのだと言う。確かにマオリの人たちはマオリの言葉で自己紹介や歌を歌う時は決まってちゃんと立ち上がって、その場や、そこにいる人と向き合って表現をしていた。大事なことはちゃんと立って話をするところは日本人の感覚に似ている。

 

そして、人や場所、モノやコト、自然や動物など様々なものに対して、尊敬の念を持つことを大切にしている。これも八百万の神ではないが、日本人が大切にしている感覚と重なる。ニュージーランドの人が言っていたのだが、彼らはアメリカ人やオーストラリア人がいると、ちょっとゴリゴリした話し方や身振り手振りと言った雰囲気で、すぐに見分けがつくのだそうだ。我々日本人が韓国や中国の人たちをすぐに見分けられるのと同じ感じなのだろう。アメリカやオーストリアに比べるとニュージーランドの人はどこか穏やかな雰囲気と、日本人にとっては心地よい人への気遣いや距離感がある。こういった背景にはマオリ文化が強く影響しているのだろうなと想像した。

 

そして、今日から宿泊するスペースはなんとそのファレヌイだと言うのだから、これもまた貴重な体験である。

 

夜、ファレヌイで横になると、見渡す限りの天井や壁に、ここタカハンガ部族の歴史や伝説の彫刻がビッシリと施されている空間を向き合う。部族の歴史や伝説、先祖たちに抱かれて眠るような不思議な感覚になる。あえて例えるならば、立派な仏間で寝ているような感じだろうか。もうちょっと言うと仏壇の中に寝ているような感じとも言える。

迎えいれてもらったのだと、、、背筋を正して眠る。

 

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マラエの敷地への入り口です。

 

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鼻と鼻を合わせる「ホギ」というマオリ特有の挨拶。ホギを終える時には受け入れてもらった感覚になります。

 

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今日からここに住みます。

 

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ファレヌイ(内側に部族の歴史や伝説の彫刻が施された集会所で内部撮影禁止)というマラエの中で最も重要な集会所。屋根のラインが両腕を広げているイメージなのだそうです。

 

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マラエから海を見つめるマオリの神様。

 

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クジラのようなマオリの神様。

 

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鳥のようなマオリの神様。

 

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畑で野菜を育てています。

 

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先日お昼を買いに行った寿司ショップのジュリさんが編みに来てくれました。道で会って挨拶を交わす知り合いがだんだん増えてきています。


地元新聞に掲載

カイコウラ16日目。Shared Lines: Kaikōura Arts Festival開幕の2月16日まで、残すところあと3日。

「ヤス!新聞見た?」今朝、リンダから手渡されたカイコウラの新聞「Kaikoura STAR」を開くと、そこには〈そらあみ〉の記事が掲載されていた。記事のタイトルは「Artist in residence arrives in Kaikoura」。写真は先日2月6日のワイタンギデー(ニュージーランドの記念日)にマラエ(マオリの集会場)でワークショップをしている様子。内容はShared Lines: Kaikōura Arts Festivalに参加するため日本人アーティストが滞在制作をしているということや、〈そらあみ〉の紹介、インタビューの答えなどが丁寧に記事にしてあった。これで、日本人アーティストがカラフルな漁網網を編んで参加者を募っているということは、カイコウラの人たちに知ってもらえたはずである。

 

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レジデンスのテーブルはオフィスでもある。

 

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スケジュールを共有。

 

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地元紙「Kaikoura STAR」に掲載されました。

 

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メインストリートで編み進めます。

 

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バスの発着所近くなので出発までの時間に編んでくれる人もいます。

 

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今編んでいる〈そらあみ〉を設置する海岸へ竹の運び込み。

 

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ディーンとシェイン でインストール作業。この桟橋に設置します。


〈そらあみ〉1枚目インストール完了

カイコウラ15日目。Shared Lines: Kaikōura Arts Festival開幕の2月16日まで、残すところあと4日となった。いよいよそれぞれのアーティスト作品のインストールも一気に動きはじめた。

 

そんな中、〈そらあみ〉も今日無事に設置された。もちろん、今編んでいるものではなく、過去に日本の宮城県多賀城市で制作されたものだ。Shared Lines(共有する断層)は、その名の通り、ニュージーランドの地震と日本の東日本大震災がきっかけとなってはじまったプロジェクト。

 

なので、今回は震災後に東北で制作した多賀城の〈そらあみ〉をカイコウラのメインストリートの緑色の橋に設置し、今編んでいる新作のカイコウラの〈そらあみ〉は、アートフェスティバル会期中もワークショップを開催し編み進め、最終日の23日に海辺の空に掲げるというプランになっている。

 

自分は今日も引き続き緑の橋のたもとの広場で編み進めつつ、途中途中で〈そらあみ〉のインストールを確認しに行った。

 

インストーラーのシェインとディーンは、以前にニュージーランドのウエリントンで展示した際に〈そらあみ〉のインストールを経験しているというのもあって安心して任せられる。実際に会うのは今回が初めてだったが、会った瞬間に気があうのが分かった。

 

〈そらあみ〉のような、大きな作品はインストーラーなくしては成立しない。日本でいう大工さんや工務店さん、建設会社といったイメージだろうか。でも彼らインストーラーの特徴はアート作品の設置に特化しているというところ(日本にも徐々にインストーラーは増えつつある)。

 

アーティストのイメージを実社会の中で具現化するのに、現実との歪みを埋めなくてはならない。イメージした場所に、どのようにどんな道具を使って設置するのか。最終的な作品の見え方を大きく左右する。故に感覚的ではあるが、気が合う、信頼できるというのが、一緒に仕事をする上でそれぞれの役割は違えども大事なこと。

 

シェインとディーンは炎天下の中でも丁寧な仕事をしてくれた。無事に設置を終えて握手を交わすと「今日はアイスクリーム2個も食べちゃったよ」と笑っていた。

 

もちろん、公共の場所での設置許可をとってくれたリンダや、自分とニュージーランドを繋いでくれた日本の方々、そして一緒に編んだ仲間などなど、本当にたくさんの人の協働によって〈そらあみ〉の風景が成立しているのだとあらためて実感する。

 

国や人種や文化を超え、皆でたどり着きたい風景に〈そらあみ〉があることに心から感謝している。

 

さあ今回現地制作している〈そらあみ-カイコウラ-〉はどんな風景を捉えるのか。共に編んでいる仲間と、これから会う仲間とどんなつながりを生み出すのか、気合いを入れ直して編み進めていこう。

 

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今朝1番目の参加者。

 

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編む気満々なのか、白糸の次は緑糸を選んで、、、笑

 

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コーヒー休憩中のディーン

 

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学校帰りの参加者たち

 

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支柱となる竹を設置中のシェインとディーン

 

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竹を橋に固定するシェイン

 

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そらあみを広げて設置中。

 

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無事に上がりました!背景に見えるのはカイコウラを象徴する鉄橋。

 

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ディーンがロープを丁寧に巻いて仕上げてくれました。

 

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この橋は、海とメインストリートをつなぐ橋。毎日たくさんの人がここを通ります。設置中も通行者と会話が弾みました。