こんぴら参りと代参

沙弥島滞在17日目。今日は、これまでに編まれた全ての網を広げ、網の総量を計算し、不足分の編み紐を追加発注した。計算すると、全体の8〜9割近い面積が編まれていることが分かり、編みはじめから10日あまりで高さ5m×幅60mの網が、ここまで編み上がったことに改めて驚いた。

 

舞鶴・釜石・三宅島・浅草と過去に4つの土地で編んできたが、この早さは今までになかった。制作予定日数をはるかに越える早さである。このまま終わってしまうのも、もったいないので何かしようかと考えはじめている。

 

ということで、今日はあまり動きがなかったので、昨日、与島のワークショップを終えた後に行った“こんぴら参り”について書こうと思う。こんぴら参りをした理由は、先日、岩黒島の漁師である中村小次郎さんから“流し樽”の話を聞いていたのと、海の守護神である金刀比羅宮(ことひらぐう)に以前から一度参拝してみたかったからである。

 

金刀比羅宮は坂出市から車で30分程度の距離にある。海の神様と聞いていたので神社は海辺にあると思っていたのだが、実は香川県琴平町の琴平山(象頭山)の中腹にある。なので、階段が長いこと長いこと、なんと御本宮までは785段。天狗面のある奥社まで行くと1368段もあるのである。なめてかかると、かなり過酷な道のりである。

 

登っている時は、上から下りてくる人が何かを先にやり遂げた偉人に見え、上に着く頃には「はぁはぁ」と息が切れ、下りる時は、道中を知る身として、これから登る人の足腰と心境を察し、温かな眼差しを送るようになる。上から見える景色は讃岐平野が広がり、遠くに讃岐富士がどんと見え、更に奥には瀬戸大橋と瀬戸内海を一望できる。言わば、こんぴら参りは“登山”なのである。

 

御本宮に到着し参拝を済ませ、向かって左に歩いて行くと絵馬殿がある。絵馬殿には絵馬ではなく、船や船舶エンジンなどの写真を額装したものがたくさん奉納されており、更には海洋冒険家の堀江謙一さんが単独無寄港で太平洋を渡ったリサイクルアルミ製のボディにソーラーパネルが張られたヨットの船体まで奉納されていたのには驚いた。山の上に船があるのは不思議な光景である。さすが海の守護神のお宮である。ここまで運ぶのも大変だっただろう。

 

その絵馬殿の奥に岩黒島の中村小次郎さんが言った通り、“流し樽”が積まれて奉納されていた。“流し樽(ながしだる)”とは、樽(舟)に賽銭を入れて金毘羅権現に祈願する木札や幟(のぼり)とともに放ち、誰か見ず知らずの者に代参を依頼するもので、これらをみつけて代参した者には依頼者と同様にご利益があると信じられていた、というものである。

 

この流し樽の話は、以前にも聞いたことがあった。瀬戸内海の複雑な潮の流れで海に放った樽が金刀比羅宮の近くの浜辺に到着するというのだ。潮の流れに任せるところや、誰か見ず知らずの人に託すというところに、なんとも面白みがある。想いとお金を詰めた樽を潮に乗せて、誰かに託すのである。なんと豊かな世界観だろうか。しかも、たまたま“流し樽”に浜辺で出会って託された人は、あの785段を、樽を担いで登らなければならないのである。託した方が楽と言えば楽かもしれない。“ご利益”、この言葉にはすごい力がある。

 

話をもどすと、中村小次郎さんをはじめ岩黒島の漁師さん達の話では、最近の流し樽は木製ではなく、フロートだったりするらしく、フロートのまま奉納されているのか、景観として、木製の樽のみしか見える所には置いていないのか、いったいどっちだろう?という話になり、金刀比羅宮には一度行ってみたかったから自分らが確かめてきます!という話の流れになったのである。これもある意味、代参と言えるのかもしれない。次回、ワークショップで行く時には、岩黒島の皆さんに「木製の樽しか、見えるところには置いてありませんでした」と報告することにする。

 

“流し樽”の風習は、想いを受けて届ける文化が機能していた証拠である。ちなみに“こんぴら狗(いぬ)”という風習もあり、それは“流し樽”と同様に飼い主が犬に託して、道中、他人が犬を連れて代参したというものである。犬の帰りはどうしたのか気になるが、これもまた面白い。

 

その時代に生きた、その人達は、誰かに何かを託し、その誰かを信じることができたのだ。そして託された側はそれを楽しむことができた。運送会社に頼まなくても、誰かの手を介し、遠くまで想いを届けることができたのである。

 

我々日本人にはそんな感性が元来備わっている。どこかの誰かを信じることができるかどうか、それは「時代が違うからできたんだ」とも言えるが、人はそんなに変わっていない。時代のせいにして信じないより、信じたいと思う自分を信じたいと思う。そうやって、少しでも信じられる時代にしていくべきなのではないだろうか。

 

人は誰も時代を選んで生まれることはできない。どう生きるかが全てである。要はものの見方である。

 

芸術には価値観や見方を変えるという役割がある。「そらあみ-塩飽諸島-」の挑戦は一緒に編んでくれている漁師さん達に、何か変化が生じるかが勝負である。

御本宮からの眺め。右に見えるのが讃岐富士。左の奥にぼんやり見えるのが瀬戸大橋。

1368段の階段を上った一番上にある奥社の横にある天狗面。左は烏天狗。この見事な岩肌が見せたかったのだろう。

御本宮。ピンと張られたしめ縄が印象的でした。ここにいる人は皆785段を上ってきたのである。かなり過酷なのに、老若男女けっこうたくさんいました。なんだか日本人っておもしろい。

流し樽。どこかの誰かを信じる心が、想いをここまで届けました。

絵馬殿。たくさんの船の絵が奉納されておりました。言わば絵船殿です。

堀江謙一さんが太平洋を渡った時のリサイクルアルミでできたソーラーヨット。船、山に登る。