脱皮する網 -網の色は3年で変わる-

沙弥島滞在35日目。13時から櫃石島での網づくりを行った。今日の櫃石島の網が完成したら5つの島の7つの地区全ての網が出来上がることになる。よって、網づくりは今日が最終日。最初の網づくりをしたのは2月2日の櫃石島だった。なので、「そらあみ-塩飽諸島-」の網づくりは、偶然にも櫃石島ではじまり、櫃石島で締めくくりを迎えることとなったのであった。

 

2月2日の日記にも書いたが、“アウェイの洗礼”を受けたのが、ここ櫃石島である。今こうして振り返ってみると、やはり一番、この島の人のインパクトが強かったように思う。若い漁師も多く、一人一人が個性的で、そんな雰囲気が、そのまま編まれた網に現れている。

 

大きな網目に小さな網目。とにかく1つ1つの網目が個性豊かである。良く言えば個性豊かであるが、悪く言えばまとまりがないとも言える。でも、考えてみれば漁師という職業は1人1人が船長であり、一人一人が頭を張って生きている。まとまらなくて当然である。むしろそんな方々が、1枚の網を編んでくれたことに感謝である。

 

櫃石島の網は、網に残された手跡の種類の豊富さから、見応えは充分である。だが、何が大変かと言うと、同じ目数で編んでも、目の大きさが違うから、最後の裾合わせ(目数合わせ)がとんでもなく難しいことになる。分かりやすく言うと、目を合わせることは出来るが、小さな目の所は展示の際に必要な長さまで網が届かないことになる。これでは困る。漁師さん達も、それは皆さん同じ意見である。

 

ああしよう。こうしよう。それぞれから、様々な意見が出てくる。その意見もまた、当然まとまらない。なぜなら船頭さんがいっぱいいるからである。この辺りもまた、非常に櫃石島らしく自分は好きである。良い意味で皆勝手に編んでいるのである。なので、結果、個性がぶつかり合い魅力的なものになる。だが裾がどうしても合わない。

 

このままでは、どうにもならないので1回外で吊ってみよう。そして、そこで実寸を計って必要な分を足そう。ということになった。9割方は出来上り、裾の調整のみを残した網を持って、漁港のすぐ横にある船具置き場の柱にくくりつけて網を吊り上げた。

 

実寸を計ると、残り20㎝足らない箇所から、残り60㎝足らない箇所までいろいろあった。そこで、最後は外で、そのまま必要な分の網を編み足して、漁師さんの言葉で言うと“入れ網”をして櫃石島の網づくりは完成を迎えた。

 

とても櫃石島らしい網が出来上がったように思う。

 

最後の最後まで継ぎ合わせをしてくれていた櫃石島の組合長から面白い話を聞いた。

 

「あのな。最初は赤い網を買って、それで漁をしとるやろ。そんで、破けると黒い網で入れ網するとする。たまに大破けをすると、そこにまた大きな黒い網で入れ網する。そうすると、最初は機械で編まれとって、きちっとしていた網も、人の手が入って歪んでくる。そんで、しまいには3年くらい経つと、入れ網した黒の部分の方が多くなって、赤い網が黒い網に変わったりするんや」

 

この話は非常に面白かった。赤い網に対して、黒い入れ網をしつづけることで、3年くらいかけて黒い網に変わっていくのである。最初は100%赤い網が、最初の入れ網で数%黒が入り、その割合が徐々に増えていき、途中、どこかで赤と黒のバランスがちょうど50%となり、やがて黒が赤よりも割り合いを増やし、最後は黒100%になる。

 

1つの例え話かもしれないが、普段漁師さんが使用している漁網の網に、こんな色の変化があったなんて、おそらく誰も知らないことだろう。極端に言ったら、その網を使用している漁師さん個人しか、その色の変化を楽しむことはできないのである。

 

漁網が、まるで生き物の様に脱皮を繰り返し、変化を遂げていくようなイメージが生まれた。それは、これまで自分の中に全く存在しなかった網に対する、ものの見方であった。現場の漁師さんのみが持つ網へのイメージである。このイメージを大事にしたい。正直、網の見え方が変わった。

 

“網は脱皮し成長する”のである。

 

約一ヶ月間、塩飽諸島の漁師さん達と網を編み続けて、最後の最後に、網に対して新しいイメージをつかむことができた。それは、今まで全国4カ所(舞鶴・釜石・三宅島・浅草)で網を編んできたが、初めての発見であった。現役バリバリの網漁師がたくさんいる塩飽諸島の“そらあみ”だったからこそ生まれた発見であった。

 

こうして、今日、櫃石島の網が加わり、5つの島の、7つの地域の網が全てそろった。次は幅60m×高さ5mの大きな1枚につなぎ合わせて、沙弥島の西の浜の波打ち際に掲げる段階へと向かう。

 

個性豊かな5つの島の7つの網。はたして、すんなりと上手くつながるだろうか。合うにせよ、合わないにせよ、どちらにせよ、1枚にすることで何が見えてくるのか、そのことが楽しみである。

網の目を開いて展示状態と同じ間隔に動かします。

最後に外で編んだのも櫃石島が初めて

船具倉庫の前で漁網を編む作業。ある意味、自然な光景ですが、明らかに不思議な光景です。

完成!最後まで残ったメンバーで記念写真!