そらあみツアー〈瀬居島〉。瀬居島の重鎮、漁師レジェンド集合。

沙弥島滞在13日目。今日は瀬居島で〈そらあみツアー〉が開催された。島外からは12名(遠くは山梨県からの参加もありました!)、瀬居島からは21名(本人たちは後期高齢者ばっかりや!と自虐的冗談で笑いをとっていまいしたが、瀬居島の漁師レジェンズとも言える島の重鎮たちが集い、最高のメンバーでした)、合計33名が、瀬居島の本浦公民館に集った。今日の〈そらあみ〉ワークショップは、「場づくり」としてのワークショップを重要視する作家として、自分の中で理想とするイメージにほど近い、会心の出来となった。

 

ワークショップ主催者である自分がしたことは、道具の配置と糸くずのゴミ拾いくらいだった。あとは勝手に行われ、そらあみが編まれていった。はじまりの挨拶をすることもなく、誰かが自然と道具を出して、誰かが勝手に編み出す。それに反応して、また誰かが網針に糸を巻く。綛糸を糸玉にする。初めて編むツアー参加者が来ると、島の人が「あんた、教えてやって」と自然と教えはじめる。

 

それは、お祭りの準備をするような、日常の延長にある非日常への自然なプロセスを見ているような美しい時間と空間だった。

 

「昔は〈おう〉言う植物(麻のこと)で、網を編んどってな」と誰かが、昔に網を編んだ話をはじめる。

「そうや。こない網をすくんは(編むんは)、じいさんたちの仕事でな」とまた誰かが答える。

「こないして、みなで寄って網すくんは、70年ぶりや」

「これくらいの目合いはな、鰆(さわら)で、これくらいは鯛(たい)を獲る網やな」なんて会話になる。

「この網針は、昔はみんなそれぞれ漁師が手作りでこさえてな」

「やっぱり網針は竹がええやろ?あれは孟宗竹がええんか?」

「いや、孟宗は肉の厚うていかん。真竹がええ」

「竹を切るんは、9月15日が一番ええ。旧暦の8月15日や。虫が入らんでな」

「そうや、他の時に切ると、竹の中に虫が入って中を食うでな。網針が弱なるんや」

「そんで竹は切って置いとくんや。そんで、葉から枯らしてな。葉から枯さんで幹から枯らすと、また虫が入るでな」

「おう!この網針、ちょっと糸巻きすぎや!これじゃ編みづらくてかなわん。先輩やけど言うとかな(笑)」

「そうや、言うてええぞ(笑)」

 

会話は尽きることなく、網はどんどん編まれていった。

 

この瀬戸内海の島で、海や風といった厳しくも恵み多き自然と向き合い、人と助け合い、命をつないできた、美しい人間の暮らしの背景を垣間見た。

 

かつてブータン王国に行った時に、村人総出で大きな建築物を手作りしていた現場に出会ったのだが、その時の雰囲気と、今日の瀬居島は、とても良く似ていた。村人は自然にそれぞれが自分のできることや役割を見出し、会話をしながら、石を運んだり、土を練ったり、のんびりとつくっていた。中には寝ている人もいた。寝ている人も、ある意味その場をつくっていた。自分は、この時ブータンで見た現場を、ある種の〈場づくり〉であり、〈場の機能のさせかた〉の理想としている。

 

今日の瀬居島にはさすがに寝ている人はいなかったが、それぞれが自分で考え判断し、自分で行動し、その場を楽しむことで、絶妙な塩梅で楽しくも、ほどよく緊張感があり、ゆったりとした空気が流れる場が成立していた。

 

瀬居島で〈そらあみ〉がアートとして機能していた。

 

別れ際、ツアー参加者から島のみなさんにお礼の挨拶。感想を聞くと、一人のツアー参加者の方が「ほんとうにやさしく教えてくれて…」と涙ぐむ瞬間もあった。今日がどんな時間だったのか、これ以上に説明は必要ないだろう。

 

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何もしないで、自然とこの状態になりました。

 

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漁師から町の人へ。

 

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瀬居島のばあちゃんから、愛媛の若者へ。

 

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マンツーマンで教えます。

 

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自ら糸巻き担当組。

 

 

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ほれ。こうしたらええんじゃ。

 

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ここを結ばんと、網にならんやろ(笑)。

 

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レジェンドはコマだとやりづらいそうです。そして足で網を広げて編みます。

 

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本浦公民館。玄関に靴がいっぱいになりました。

 

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〈そらあみツアー〉も島ごとに雰囲気が違う。瀬居島はレジェンドたちの昔話が面白すぎました。

 

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編むのに便利な輪っか状の道具と、オリジナルの網針とコマを寄付してくれました。もはやアンティークです。

 

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最後に記念撮影。なかなか笑顔にならないところがまた漁師さんらしいのかも(笑)

 

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ツアー参加者「ほんとにやさしく教えてくれて…(うるうる)」

漁師「わしがもう少し若かったら嫁にもろうとるで(笑)」

 

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島内散策をしていると、漁師さんがワカメを収穫してきてくれました。〈そらあみツアー〉瀬居島は、お土産に新鮮なワカメ付きとなりました。感謝!


そらあみツアー〈与島〉。網を編むこと=石を割ること。

沙弥島滞在12日目。今日は与島で〈そらあみツアー〉が開催された。生憎の雨模様だったが、島外からのバスには21名、与島からは12名で、合計33名が集い、とても良い雰囲気でワークショップは行われた。島外からの参加者は、地元の香川県は坂出市、高松市、丸亀市、さらには小豆島、そして県外からは、愛媛県、岡山県、兵庫県と広範囲にわたり、瀬戸内海をぐるりと囲むように各地から集った。これもまさに瀬戸内の島で行うワークショップならではといった人の集まり方になった。

 

与島は〈そらあみツアー〉を開催する与島五島の中では一番漁師さんが少ない島。その理由は、与島石という良質な石が採れる島だったので、元々は石を採掘する石工さんがたくさんいた島だからだ。

 

今日参加してくれた与島で数少ない若い漁師さんも、7年前までは、石を採掘する仕事をしていた。しかし、石の仕事を閉じることになり、隣島である岩黒島の漁師さんの誘いで、石工から漁師になって7年目。

 

偶然、遊びで船の免許を取った頃に、岩黒島の漁師さんに「石の仕事もそろそろ厳しいのう。おまえ船の免許取ったんやろ?どうや、漁師にならんか?」と誘われ、切り替えを考えなければいけない時期だったので、そのまま弟子入りした。

 

今は独立して、だいぶ海の仕事にも慣れてきたそうだが、もし戻れるならばまた石の仕事がしたいそうだ。その理由を聞くと、腰痛持ちということもあり、中腰作業の多い漁師の仕事は、かなりハードでコルセットなしではやれないほど、それより、大型機械に座って機械を操作する石の仕事の方が身体的にも助かるとのことだった。

 

だが、お昼休みの時に、石工道具が展示してある資料館で、いきいきと石切りや採掘の話をする本人の姿を見ると、やはり、石の仕事に強い誇りを持っているように感じた。こっちが本当の理由なのだと思う。

 

そんな石の島である与島での〈そらあみツアー〉だったので、漁網を編むことに慣れている人は少ない。なので、島の人が編み方を伝える先生になってもらう今回の企画自体が成立するか若干心配だったのだが、与島の皆さんはバッチリ編み方を覚えてくれており、且つ、本人も覚えたてということもあり、初めての人への教え方も丁寧に思え、逆に良かったようにも思えた。

 

石を割る仕事と、網を編む仕事。石工の仕事と、漁師の仕事。二つはかけ離れているように思えた。しかし、資料展示室の白黒写真の中には、たくさんの人が集い皆で大きな石を割り、運び、協働する姿があった。

 

機械が入り、石も重機で仕事をするようになった。機械が入り、網も機械が編むようになった。

 

〈そらあみ〉は、あえて人が寄り、網を編むという場を大切にしている。

 

人が寄り、網を編み、大きな一枚の網を作り上げるのが〈そらあみ〉。人が寄り、石を割り、大きな石を細かくして運び出すのが〈石切り〉。昔はどちらも、こうして人が寄って、声をかけ合い、時に歌でも歌いながら仕事をしていたのだ。

 

そう考えると石切りの場にあった空気感は、もしかしたら、今日の〈そらあみ〉ワークショップにあった雰囲気に似ていたのかもしれない。

 

与島という石の島で、網をみんなで編みながら、石を割って運んでいるような気分になった〈そらあみツアー〉だった。

 

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若手漁師さんの網チェックを受ける。これで合ってますよね?

 

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ええか。だから、ここはこうや。

 

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ツアーで初めて編む方の中には、器用な方もおり、どんどん編んでいく。すると、うちの息子漁師やから嫁に来ん?と口説かれたりも(笑)

 

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島の人があたたかく見守る。

 

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与島のツアーは昼食にワカメ汁付き!ありがとうございます!ワカメは今が食べごろです。美味しかった!

 

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与島の歴史は石の歴史。石の話がやはり一番盛り上がる。

 

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最後にみんなで記念撮影。

 

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網越しにお礼を伝える。

ツアー参加者「やさしく教えてくれたので分かりやすかったです。」「楽しかったです。ありがとうございました」

島の人「素直で教えやすかったわ」「あの子が嫁にほしい(笑)」

 

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あいにくの雨。島内散策中に一緒に編んだ漁師さんの船が出航。みんなで見送る。

 

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島内散策。与島にある鍋島灯台。瀬戸内海最古の灯台。今も現役です。1872年(明治5年)11月15日に初点灯。

 

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帰りの瀬戸大橋。さらに天候は悪化し、橋の向こうが見えません。


そらあみツアー〈岩黒島〉。人が寄るとうれしい。

沙弥島滞在10日目。今日は岩黒島で〈そらあみツアー〉が開催された。〈そらあみツアー〉は今回初めての試み。今年の作品タイトルは「そらあみ〈島巡り〉」。副題の〈島巡り〉に込めた一つの要素に、このツアーがある。単純な話で、3年前、自分はこの〈そらあみ〉を通して、編むことをきっかけに島の人と出会い、言葉を交わし、島の魅力を知っていった。みんなにもこの体験をしてほしい。そう思ったのがはじまりだった。

 

〈そらあみツアー〉は全5回。与島五島の各島で一回ずつ開催される。一般参加の約20名がバスに乗り、島を訪れ、島の人が先生になり〈そらあみ〉をする。お昼の弁当を一緒に食べ、午後には島の散策時間もある。きっかけがないと、なかなか島に行くことはないし、やることがなければ島の人とそこまで長く時間を共にしてお互いを知ることもない。〈編む〉という行為のコミュニケーション誘発能力を存分に楽しむ機会である。

 

10時に坂出駅をバスが出発。参加者は募集定員いっぱいとなった。結果、関係スタッフを含め島外からは25名、島からは15名が集い、合計40名の盛大なワークショップとなった。島外参加者の内訳は意外にも地元の坂出市からの参加は少なく、一番多かったのは高松市内、次は丸亀市内からで、夫婦や親子での参加が比較的多かった。

 

内容は言うまでもなく、大盛況。穏やかな島時間の流れる中、糸巻きして糸玉を作ったり、編み針に糸を巻いたり、網を編んだり、島の漁師さん、じいちゃん、ばあちゃん、おじちゃん、おばちゃん、お兄さん、お姉さんが先生となり、はじめて網を編む島外の方々と共同作業。互いに質問したり、編み間違いを指摘され笑われたりで、会話も弾み、あちこちで笑いが起きた。ここに流れた時間と、あたたかな雰囲気に包まれた空間が〈そらあみ〉に編み込まれていった。

 

15時に再びバスに乗り込み、島の人に見送られながら出発した。3年前の自分もそうだったように、ツアーに参加して一緒に〈そらあみ〉して、岩黒島に暮らす人たちのことを知った彼らは、これから瀬戸大橋を渡る時、眼下に見える島を見て、今日出会った島の人たちの顔が浮かぶはず。それぞれにとっての特別な島になったに違いない。

 

網針に糸を巻きながら、島のばあちゃんが言っていた一言が印象に残っている。

 

「あたしはね。じいちゃんが死んでから、普段はひとりでおるやろ。せやから、こうしてな、人が寄るのは、やっぱりうれしいわぁ」

 

〈そらあみ〉が生まれるきっかけになった伊豆七島の三宅島。そこには、「おおおじ」と呼ばれる網の大師匠がいた。最後は寝たきりだったのでお見舞いに行くと、寝てるか、起きている時間は飯を食うか、網を編む以外はしていないとのことだった。そんな、網の大師匠である、おおおじが言っていた。

 

「網は人を寄せる…」と。

 

網が寄せた人のにぎわいの中、岩黒島のばあちゃんの話を聞きながら、三宅島のおおおじのことを思い出していた。

 

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島の人と町の人。糸でつながる。

 

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「教えるの意外と楽しいかも」と漁師さん。

 

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大盛況で公民館は人でいっぱいになりました。

 

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子供達の方がむしろ大人より覚えるのが早いかも!

 

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お昼のお弁当を食べながら、島談義。

 

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すっかり打ち解けて、会話が弾む。笑いも弾む。

 

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「人が寄るとやっぱりうれしいのう」とばあちゃんたち。網針に糸を巻いてくれました。

 

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そらあみツアー参加者と岩黒島のみなさんで記念撮影。この笑顔が全てです。いや〜初回にしては出来過ぎなくらいに良い会になりました。島のみなさんと参加者のみなさんに感謝です。


与島、編みはじめ。ほとんど漁師がいない島。

沙弥島滞在9日目。今日は与島での編みはじめ。13時から与島公民館でのワークショップの前に、櫃石島での戎祭(えびすまつり)に顔を出させてもらった。

 

一昨日の櫃石島でのワークショップの時に櫃石島の組合長から「2月10日、11時〜、櫃石島で戎祭があるから、時間があったら来んや?」と誘ってもらっていた。実は三年前にも参加させてもらった。戎祭は大漁祈願のお祭り。島の漁師はもちろん、地元議員や漁協組合長も来島し、戎神社で大漁祈願祭が行われた後、集会所で昼食(宴会)となる。

 

平日だが、旧正月に近く、且つ市場が休みの前日に行われるので、明日市場が休みの今日が戎祭となった。今年は玉串奉奠(たまぐしほうてん)までさせていただき。自分なりに大漁祈願をさせていただいた。自分は13時から与島でワークショップがあったので、乾杯をして昼食を一緒にいただき、挨拶をして早々とおいとましたが、実はこの後が毎年すごい。昔から酒が進むと喧嘩になるらしく、聞いた話しでは、何年か前は出刃包丁まで飛び出したらしい。実は三年前はもう少しゆっくりできたので、その時は、たしか口喧嘩が始まっていたように記憶している。

 

櫃石島の宴会の雰囲気に後ろ髪を引かれながら与島へ移動。13時、与島公民館に到着した。漁師が多く、喧嘩っ早い櫃石島とはうって変わって、与島は穏やかな人が多い、どこかふんわりとした島。漁師もほとんどいない。漁師がいない理由は、与島は与島石と呼ばれる良質な石が採掘される島で、どちらかと言うと石工の多い島だったからだ。しかし、石が採れなくなり、更には拍車をかけて瀬戸大橋が架かったことでストロー化現象が起き、人口も減り、与島五島の中でもお年寄りが多く人口が少ない島の印象がある。

 

故に、〈そらあみ〉の編み方の説明をする時も、他の島に比べて、皆さんちゃんと聞いてくれる。他の島は漁師を中心に人が集っているので、女性参加者は少ないのだが、与島は女性も多い。そして、みんな網を編むことに関して素人が多いので、ゆったり和気藹々とした時間がワークショップでは流れる。また、15時になると、お茶が出てきて、きちっとみんなで手を止めて休憩がある。他の島では、この流れはない。

 

「あんた。編むの上手やね〜」

「ここ、わからんのやけど、どうするん?」

「三年前やから、もう編み方忘れてしもうたわ(笑)」

「あんた。編んでも間違えて解いてばっかで、ほとんど進んどらんやん(笑)」

「来年までには、編み方覚えとるわ」

「あんた。何言っとるん。来年は芸術祭ないんよ(笑)」

(一同大爆笑)

 

といった、のんびりと穏やかな雰囲気で、与島での〈そらあみ〉ワークショップは展開されていった。だが面白いことに、漁師がいない分、編み進むスピードは遅いが、伝えた通りに編んでくれるので、結果として、他の島に比べて一番網目がそろっているような感じである。

 

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櫃石島。戎神社にて。

 

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奉納にはやはり鯛!

五十嵐「バナナなんですね」

漁師「バナナはなんでやろな?毎年バナナやな。昔はなかったやろしな。不思議やな(笑)」

 

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若手漁師もちゃんとみなさん祈願されております。

 

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〈そらあみ〉のワークショップをさせていただいている集会所。今日は紅白幕で賑やかです。

 

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お弁当の中身が、刺身、天ぷら、サザエのつぼ焼き、焼魚、などなど半端な豪華さではありません。

 

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与島にて。穏やかに〈そらあみ〉はじまりました。

 

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丁寧に編み進んでいきます。

 

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「だから、ここはこうやろ!」愛のある指導。

 

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みなさん、ちゃんと聞いてくれます。他の島は編める漁師さんが多いのでこうはなりません。なんか嬉しいです。

 

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女性参加者も多いのが与島の特徴です。


沙弥島、編みはじめ。勝手に編みはじめる。

沙弥島滞在8日目。今日は沙弥島での編みはじめ。沙弥島は完成した〈そらあみ〉を展示する島であり、レジデンスのある滞在先の島でもある。ワークショップはその滞在先である坂出市海の家で行われた。

 

10時前、海の家に人が集い徐々に賑やかな雰囲気が出てきた。3年ぶりの人、初めての人など、約10人が集った。大抵は最初に五十嵐から挨拶とプランの説明があって〈そらあみ〉ワークショップはスタートするのだが、この日は少し違った。

 

10時前に来た沙弥島の人たちが、編む準備がしてある様子を見て、極々自然に網針や糸などの道具を取り出し、腰を下ろして、編みはじめたのだ。初めての人には、漁師さんや経験者の方が編み方を教えてあげている。

 

特にこれといってはじまりの合図もなく、あまりに自然にはじまったので、まるでかつての漁村の網づくりの朝の風景を見ているようだった。

 

10時をまわったが、ここで良い雰囲気を壊すのもなんだか嫌だったので、そのまましばらく編み進めてもらった。

 

一時編んで、良さそうなタイミングだったので、挨拶をして、作品プランの説明をした。ごく自然に〈そらあみ〉ワークショップがはじまったのが嬉しかったので、プランについて、自分なりに少し熱く語ったのだが、話し終えた後も、沙弥島の方々はノーリアクションで沈黙が続く(笑)。これは、けっこう心が痛いのだが、このノーリアクションな感じが、まさに沙弥島らしさである。

 

五十嵐の話が終わり、沈黙が続き、再び編みはじめる。編みはじまるとそれぞれの会話が自然と出てきて、賑やかになる。こうして編んでいるとそれぞれでけっこう話をするが、かしこまって話をみんなにしたりは、ほとんどしないのが沙弥島。

 

とはいえ、お昼になって、そろそろ終わりにしますか?と尋ねると、自治会長が「あともう1時間ほど編んでいこか?」とみんなに呼びかけ、結局13時過ぎまで皆さん編んでくれた。中にはお弁当まで持参して、午後も編む気満々の人までいるという、リアクションは薄いが熱いハートの方々が多い沙弥島。

 

自治会長「あんたは、完成するまで、ここにおるんやろ?」

五十嵐「はい。ここに滞在してます」

自治会長「そしたら、こうして網を置いとってもらったら、各自で時間がある時に編みに来てもええわ。な?みんな?」

島の方々「ほうやね。それでも、ええわ」

 

こんな感じで沙弥島での〈そらあみ〉はスタートした。

 

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集まったら自然と編みはじまる。

 

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一般会話は弾む。

 

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一本の綱を囲んで、一本の糸で編んでいく。

 

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かつての漁村の朝の風景を見たようだった。

 

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黙々と編み進む。

 

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嬉しくなって熱弁する五十嵐。しかしノーリアクション(笑)。これもまたよい。


櫃石島、編みはじめ。漁師から日当の請求。

沙弥島滞在7日目。今日は櫃石島での編みはじめ。櫃石島は若い漁師さんが多い活気のある島。香川県である与島五島の中では最も北に位置し、買い物などの生活圏はほぼ岡山県側で、言葉も岡山の影響が強い。漁で獲れた魚の水揚げも岡山県の市場に水揚げする。

 

3年前の〈そらあみ〉では、漁師の洗礼的な経験をした島である。具体的に言うと、いい意味でいじめられるというか…。愛されるというか…。自分にとっては緊張感のある島。ある意味、漁師らしい島とも言える。

 

13時、ドキドキしながら、櫃石島の集会所へ。入り口には人影が!よかった!何人か来てくれてる。自治会長さんや年配の方々の姿があった。もちろん彼らも漁師である。

 

五十嵐「こんにちは!ご無沙汰してます!また、よろしくお願いします!」

年配漁師「また。網。やるんやて?」

五十嵐「はい。やります」

年配漁師「3年前の網はどうしたん?」

五十嵐「保管してあります」

年配漁師「そしたら、それ使うたて、見るもんには、わからんやろ」

五十嵐「それは…」

別の年配漁師「そりゃ、あんた色も抜けとるし、新しく編むんが、ええんや」

年配漁師「ほうかのぅ」

五十嵐「(2度ほど、うなずく)」

また別の年配漁師「こんどは、あれや。こうな。あの網をアーチにしたらええ。みんなくぐれるやろ」

五十嵐「それもまた新しい見せ方ですね」

 

といった具合に、3年前に比べたら、皆さん一緒に編んでつくって、多くの人に見せるという意識はもうすでに強いことが分かって安心した。

 

集会場に入り、準備をしていると、若手の漁師さんたちも、ちらほらとやってきてくれた。

 

自治会長「うちの若いもんは、こうして勝手に来て編んだらまた、それぞれのタイミングで沖に行くからな。それでも、ええな?」

五十嵐「はい。大丈夫です。」(沖に行くというのは、漁に出るということである)

 

若手の方も含めある程度集まったところで、全体プランの説明をして〈そらあみ〉ワークショップをはじめた。

 

五十嵐「このコマを使って、網の目の大きさを揃えるようにお願いします」

若い漁師「いっつも手でしよるから、それ使うたら、ごっつやりづらいわ」

五十嵐「でも、可能な限りコマで大きさを揃えて…」

若い漁師「……(黙ってコマを使わずに手で編んでいる)」

 

ということで、ほぼ櫃石島の皆さんには、コマは使ってもらえない(笑)。それでも、目の大きさは、おおよそ合わせてくるところは、やはりすごい。とはいえ、年配の編み経験が豊富な世代は安定した目の大きさだが、若手の中には、手でするので徐々に普段仕事の補修編みで慣れた網目の大きさに変わってしまっている人も数名…。

 

そして、何より、櫃石島の〈そらあみ〉ワークショップでは、漁師たち活気のある言葉がたくさん行き交うのが特徴である。

 

漁師A「しっかし、なんで、こんなことせなあかんの?ボランティアとか、ほんま信じられんわ」

漁師B「日当、出してもらわな、割に合わんわ」

漁師C「ほんまや。自分の網もこないに一生懸命編んだりせんわ」

漁師D「自分の網も直さなあかんのに、なんで人の網、編まなあかんのや」

漁師A「あの五十嵐とか言うんに、こき使われてな。芸術祭とか、いい迷惑やで」

漁師B「おれらボランティアなのに、あいつは金もろうとるやろ。な?」

漁師C「今夜は、五十嵐にうまいもん食わしてもらおうや。なん食わしてくれるやろ?」

漁師D「おねえちゃんの店に連れてってもらおうや」

 

活気ある言葉というか…冗談であり、揶揄でもある(笑)。でも本質をついている。これもほんの一部の会話でずっとこんな感じの掛け合いが続く。そして何より、そう言って、夕方16時半までの約3時間半もの間、ずっと編んでくれているのだ。中には、岡山からわざわざ編みに来てくれた若手漁師もいた。実は、きつい言葉と強面な雰囲気とは裏腹に、本当に心温かく、頼りになる人たちなのだ。

 

年配漁師さんの中には、「油が切れた(船に体を例えている)。こっちの方が手の仕事が早いでな」といって、ごくごく自然にビールで軽くやりながら編んでいる人の姿も(笑)

 

途中で、島の小学生たちが校長先生や担任の先生たちに連れられてやってきて、糸巻きしたり〈そらあみ〉づくりのお手伝いをしてくれた。小学生たちのお父さんのほとんどは、目の前で編んでいる漁師さん。息子や娘に糸巻きを教える姿は、やはり美しい光景であった。

 

まさに漁師の船小屋の中での時間が流れているような、櫃石島での〈そらあみ〉であった。

 

最終的には24名の参加。さすがである。

 

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コマ、使いません。

 

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櫃石小学校の校長先生、先生、生徒たちが編みに来てくれました!網針への糸の巻き方を教える漁師さんは実は生徒のお父さんです。

 

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面識がなかったら、話しかけづらい雰囲気の方が多いですが、実はとても心が温かいのです。今日もずっと編んでくれました。

 

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漁師の卵と学校の先生で糸玉づくり。

 

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大事にしたい風景です。

 

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網が広がり、会話も弾む。

 

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むこうでは、「油が切れた」といってプシュ!缶ビールが開く音が!思わず反応!(笑)

 

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坂出市役所職員さんも参加!3時間、編んでは間違い、網をほどき。これを繰り返したら。3時間前と同じ風景(笑)。漁師たちの格好の獲物に!「なんや!ちっとも進んどらんやんか!(笑)。こりゃあんた今日の給料はなしやで〜(笑)。市長に言うとってやるわ(一同大爆笑)」


住民説明会。瀬戸芸とは?

沙弥島滞在6日目。今日は、瀬戸内国際芸術祭2016開催にあたって、〈春会期:3月20日(日)〜4月17日(日)29日間〉の参加となる沙弥島の公民館にて、住民に向けての現地説明会が行われた。

 

瀬戸内国際芸術祭の総合ディレクターである北川フラムさん。坂出市長の綾宏さん。香川県庁職員、坂出市役所職員の瀬戸芸担当者などなど、島の方々も多く集まったので、沙弥島公民館は満員となった。

 

今年、自分は〈春会期の沙弥島〉と〈秋会期の本島:10月8日(土)〜11月6日(日)30日間〉と2つの会期で参加するのだが、まずは、春会期の沙弥島がプロジェクトの成功を左右する重要なスタートとなることは間違いない。住民参加型のアートプロジェクトである〈そらあみ〉は、島のみなさんの協力なくしては成立しない。当然自分も同席させていただき、前回の芸術祭のお礼と、今回のプランを伝え、再びの参加協力のお願いをさせてもらった。

 

瀬戸内国際芸術祭2016の全体プランを説明するフラムさんの言葉が印象に残っている。

 

まず、日本三景である「宮城県中部の松島」「京都府北部の天橋立」「広島県南西部の厳島(宮島)」の写真を出して、日本人にとって美を見いだす感性は、こういった海があり、また同時に深い森のある景観にあると説明。

 

次に、海に突き出た桟橋の風景写真を出して、「これは世界中に何万とある港の風景」と話し…。次にその桟橋の上に草間彌生のアート作品のかぼちゃがポンっと乗った写真を出して「こうしてかぼちゃが置かれると、ここが瀬戸内海だということがわかる」。

 

続けて、日本三景のような場所には、必ず寺社仏閣があり、それを介して、あれらの景観から神を感じていた。我々の現代の暮らしは、そういったものから少し離れてしまっているが、瀬戸芸では、寺社仏閣の代わりにアート作品を通じて、もう一度、美しい瀬戸内海の魅力を再認識しようというものである。

 

故に、作品の背景にある、瀬戸内の美しくも厳しい自然と、それに向き合って命をつないできた島の暮らしや風習を、アート作品をきっかけに出会うという、新しい芸術のあり方として、「芸術祭」という日本独自のスタイルが世界から注目されている。

 

それを体験しに、日本中、世界中から人が集い、前回は全体で100万人、1ヶ月間だけの開催であった沙弥島でも島に77,000人の人が訪れた。と説明。

 

続けて自分は「あれから3年が経ちました。網を仕立て直すように、〈そらあみ〉を皆で編んで新調し、空に掲げ、3年に一度の瀬戸内海の芸術の祭りである〈瀬戸内国際芸術祭〉のはじまりを告げる作品にしましょう」と呼びかけた。

 

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土地への入りかた。まずは、ご挨拶からはじまります。フラムさんとも久々の再会でした。


岩黒島、編みはじめ。漁網が編めるJK

沙弥島滞在5日目。今日からいよいよ本格的に〈そらあみ〉の制作がスタート。まず一発目のワークショップは岩黒島。13時に岩黒島公民館に到着。やはり最初は緊張する。みなさん編みに来てくれるだろうか、、、。

 

公民館前の通りには、ちらほらと人の姿があった。

 

五十嵐(あ!あの乳母車(押し車)を押してるおばあちゃん前回も編みに来てくれてた人だ)「こんにちは〜。ご無沙汰してます。」

おばあちゃん「こんにちは」

五十嵐「前に一緒に網を編んだ五十嵐です。覚えてます?」

おばあちゃん「あんたのことはなぁ(笑)。でも、編み方忘れてしもたわ(笑)」

五十嵐「また、一緒に編みましょね。よろしくお願いします」

 

次々に人が集ってきた。

 

漁師さん「おう!五十嵐。久しぶりやな〜。元気にしとったんか」

五十嵐「ご無沙汰してます。はい。今年もよろしくお願いします」

 

別の漁師さん「よ!五十嵐。来たったで〜」

五十嵐「ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
といった具合に久々の嬉しい再会をしつつ、中には初めての参加の人も何名かおり、結果として、小学生、中学生、高校生、大学生、漁師、おじいちゃん、おばあちゃんといった具合に幅広い年齢層で17人の方々が集ってくれた。

 

岩黒島は、なんというか、自分にとっては家族っぽい感覚のある島で、偶然ではあったが最初に編む島としては、与島五島でワークショップを行うにあたって様々な塩梅を確認するのに、もってこいの島であった。与島五島に流れる空気感に自分の周波数を調整するような感覚である。

 

公民館に入り、挨拶をして、今年の作品イメージを伝え、さっそく制作開始。綛糸の状態からの糸玉づくりからはじまった。

 

立ったり座ったりがしんどいおばあちゃんたちのところへ綛糸を持っていき、「いっしょにやりましょうかね」と作業を進める。振り返ると二人一組で、綛担当と糸玉担当で仲良く作業する子供達に時折、漁師さんが「それは、こうせい。あれは、ああせい」といった具合に教えてあげている。時折、逆に「ねぇ!◯◯にい!これどうするん?」といった具合に聞いたりしている。直接の親子ではないのだが、その親しい距離感はまさに親子。この岩黒島という島自体に暮らす人がある意味、大きな家族のようなものだのだと感じた。

 

ある程度、糸玉ができると、自然と編み作業が、はじまった。とんでもない速さで編んでいく漁師さんに紛れて、ひとりの高校二年生の女の子が、それに負けないくらいの手さばきで編んでいる、、、。あの子何者だ?

 

話を聞くと、「おじいちゃんが漁師で、網の修理を手伝ってるから編める」のだそうだ。なんの不自然さもなく、彼女はそう答えた。はたして、今の日本の高校二年生の女子の中に、網が編める人が何人いるのだろうか?黙々と編む姿はとても頼もしく、カッコ良いものであった。でも、時折、友達とする会話は、お気に入りの音楽の話や芸能人の話など、まさに今時の女子高生。漁師さんとの会話の中では「JKだからね」なんて言葉も出たりする。なんだか、島の未来が楽しみになる。

 

大きな家族の元に戻ってきた親戚のおじちゃんのような気分になった一回目の岩黒島での〈そらあみ〉ワークショップとなった。

 

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ばあちゃんと糸玉づくり。

 

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漁師さんは1人でも糸玉作れます!両足を伸ばした作業風景はなんだか可愛らしいです。

 

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網針に糸を仕込みます。

 

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漁師さんと大学生と高校生と中学生と小学生。

 

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ばあちゃん。じいちゃん。編む姿が絵になります。

 

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順調に網が編まれていきました。

 

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島の若手たち。頼もしい。

 

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記念写真の時は少し恥ずかしそうで、かわいらしい。岩黒島の宝たちです。


漁師のアイドル金子商店

沙弥島滞在4日目。やはり色染めは明るいうちにやった方がよい。朝9時に昨日染め切れなかった赤を染めると、一発で欲しい赤色が出た。結論からすると、自然光と蛍光灯の違いで赤の色味がかなり違って見えていたようだ。これで一安心。午前中に全ての糸を染め、屋外に干し終えて、午後は多度津にある漁具店「金子商店」に、発注していたロープを受け取りに行った。

 

〈そらあみ〉の制作や展示に必要な、ロープや滑車などの漁具がなんでもそろう商店で、前回の瀬戸芸の時に、島の漁師さんからオススメの漁具店として教えてもらっていた。

 

漁具店と聞くと、強面なおじさんが出てきそうだが、なんとここを切り盛りしているのは、女性ばかり、しかも、みなさん美人でテキパキと仕事をこなし、瀬戸内海の漁師さんたちのいわゆる専門用語や漁師言葉を瞬時に判断し、正確に必要とする品物を用意する。なぜ人気が出るのか分かる気がする。

 

自分もそうだが、どうせ同じロープを買うのなら、金子商店で買おうと思うのだ。坂出市の島である与島五島からは多度津町は少し離れている。でもわざわざここまで買いに来るのだから面白い。

 

少し大げさかもしれないが、金子商店のお姉さんたちは、この辺りの海の漁師のアイドルといったところだろうか。

 

漁師がそれぞれのタイミングで漁具を買い、お金を落としていく。商売だから当然なのだが、なんだか、たくさんのファンがそれぞれのタイミングでアイドルCDを買い、お金を落としていく構造と重なった(笑)。

 

なんか、こう書くと悪いことをしているようだが、決してそんなことではなく、自分も含め、金子商店で買いたいだけなのだ。厳しい海の世界で仕事をしている漁師さんの使っている専門性の高い道具を、しかも漁師さんの話す自分の言葉で理解してもらえる。しかも美人ときたら、そりゃ人気が出る。

 

だが人気の理由はそれだけではなく、実は揺るぎない実績と信頼があったのだ。なぜかと言うと、金子商店は創業98年の老舗だったのだ。埋め立てが進み、今の店舗に移ってからは40年ほどなので、なかなか店の外見からは創業98年とは想像しづらいが、約100年もの間、この辺りの漁師の仕事を支えてきたのだから、その実績と信頼は言うまでもない。

 

漁師のアイドルがいる創業98年の老舗漁具店が金子商店なのだ。

 

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欲しい赤が出ました。太陽光の存在大きいです。そして色の仕事は日中にやること!これが教訓です。

 

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これで、染め完了!

 

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どの色も良い感じに染め上がりました!しばし天日干し。瀬戸内の潮風でよく乾きます。

 

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明日からはじまるワークショップに向けて、編みはじめのきっかけづくり。

 

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これが噂の金子商店。ここに移ってからは約40年。昔はここは海で、埋め立ててから引っ越ししました。それ以前は、もう少し内陸に店を構えていました。その頃は日本の木造建築で、土間だったそうです。

 

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ロープを取りに行く時間が遅くなったせいなのか、女性陣の姿はなく、おそらく社長さんです。ちょっとびっくりしました(笑)。


糸染め作業。ほしい赤が出ない。

沙弥島滞在3日目。今日は、〈そらあみ〉で編む糸の染色作業を行った。前回と同様に滞在先である坂出市海の家での染色。沙弥島の観光スポットであるナカンダ浜を目前に建つこの施設は、夏場は小学生向けの子供キャンプの会場に利用されたり、炊事、宿泊、入浴などレジデンス機能がそろっている。しかも、管理人さんも交代で常駐している。当然、管理人さんたちとも3年ぶりの再会となった。今日の管理人は山本さん。

 

五十嵐「ご無沙汰してます。五十嵐です。また、お世話になります!」

山本さん「五十嵐さん。また、網やるんやね〜」

五十嵐「はい。一ヶ月ほど滞在制作させてもらいます」

山本さん「そら。楽しみやね」「なんでも言うてな」

五十嵐「はい、ありがとうございます!」「山本さん。おかわりなく、お元気でしたか?」

山本さん「元気でないわ。あれから3年経ってな。もう歳やわ。いつ死んでもおかしないわ(笑)」「そんで、今日の風呂は何時にする?」

五十嵐「えっと、、、じゃあ7時半でお願いできますか?」

山本さん「ええよ。そしたら7時半に沸かしとくからな。よし。7時半な、7時半」

 

そう。ここでは、管理人さんが毎日お風呂を準備してくれるのだ!ありがたや〜。

 

このお風呂、ボイラーで焚くので、温度の調整が可能。

 

糸の染色には、糸の表面をコーティングしてあるノリを落としたり、染料を大鍋一杯のお湯で溶いて作ったりと、何かとお湯が必要なので、いつも鍋やヤカンや電気ポットでお湯づくりに追われる。しかし、今日は途中で山本さんが声をかけてくれた。

 

山本さん「五十嵐さん。これボイラーでお湯沸かして、やろか?」「そんで、風呂でみんな一緒にノリ落としたらええやろ」

五十嵐「え?!いいんですか?それは助かります!」

山本さん「よっしゃ!んじゃ、ボイラー炊いてくるわ!」

 

今回制作する高さ5m×幅60mの網を編むのに必要な糸は、おおよそ50㎏。50㎏の糸となると、かなりの量を染めなければならない。50㎏の糸は綛(糸を輪にして束ねた状態)にして165綛になり、1色33綛ずつ染めて、5色で165綛という計算だ。かなりの時間と手間を要するのだが、この山本さんのアイデアと協力で、かなり助かった。そして山本さんは自然に染色作業を一緒にやってくれた。〈そらあみ〉のはじまりとしては、この自然な流れは申し分ない。

 

こうして、一色ずつ順調に染めていった。

 

順調とはいえ、やはりそれないに時間がかかり、気がつけば18時をまわっていた。最後に染める色は赤だったのだが、ここで問題が生じた。イメージしている赤の色が出ないのだ。どうしたのだろう?いろいろ試したがどうにもこうにもうまくいかない。染料が劣化してしまったのだろうか?これは困った。明日は乾かして、明後日から編み始めである。今から染料を買って染めている時間はない。どうしようか、、、。

 

一時悩んだが、疲れもあるし、辺りは暗く、自然光の中で色を見られないし、これ以上、染色作業を続けるのは難しいと判断し、明日の朝もう一度実験してみてから決断することにした。

 

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台所で染色します。

 

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鍋での染色中。管理人の山本さんが、自ら落し蓋を抑えてくれます。

 

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染色した糸とナカンダ浜。むこうに瀬戸大橋と海が見えます。

 

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ボイラーを焚いてもらい、お風呂場でノリ落とし。効率アップ!山本さんに感謝!

 

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テストピースで試し染め。

 

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色調整。おかしい。イメージしている色が出ません。