糸巻きはスペイン語でEnrrollar hilo/Cerrito Azul交流4日目

Cerrito Azul交流4日目。今日は「糸巻き」と「ランニング」を行った。

 

糸巻きは、少しずつ糸に触れるのが慣れてきたのか、中には絡まった箇所を丁寧に治したりする人も出てきた。もちろん相変わらず無反応な人もいるのだが、それでもいちおう手で糸を持っていて、手の中をすり抜けていく糸の感触は感じているようだ。

 

糸巻きの授業は、10名程度で輪になって座り、綛糸(輪状に束ねられた糸)から糸を引き出して、順々に隣の人に渡していき、最後の人が糸玉に巻いていくというアクティビティ。

 

最低限の参加方法としては、「そこにいる」ということ、次の段階になると「糸に触れている」ということになるのだが、動いていく糸に触れてさえいれば、そのひとつの流れの中にいることをなんとなく感じることができる。

 

どこかでひっかかれば、流れは止まるし、糸を巻く人や受け渡すペースによって流れは変化する。糸玉の成長と共に流れは徐々に早くなっていく。

 

見ていても、見ていなくても、指先で糸を感じていれば、その変化を楽しめる。指先で触れる糸の先に誰かの存在を感じる。

 

指先の糸から、誰かのことを感じるアクティビティ。

 

「糸巻き」はスペイン語で「Enrrollar hilo」。

 

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今日のアクティビティは、出欠をとる→五十嵐の糸巻き→手洗い→おやつ→ランニング→掃除。出欠をとるカードはアクティビティを終えたので一番下の箱に入れて、次にやるアクティビティを一番上に貼ります。

 

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ケビンは綛糸に腕を入れているのが得意。エルネストは糸を引き出すのが得意。徐々に得意不得意から役割分担が生まれてきた。

 

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レナトは絡まった糸を丁寧に直していた。

 

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壁に貼られた8月の予定表。どうやらこのクラスはJeampiert GonzalesとYasuaki Igarashiのクラスになったようだ。

 

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近くの公園でランニングの授業。

 

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公園の水撒きが豪快すぎて、思わず写真を撮ってしまった。

 

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公園から帰る道中。花も綺麗だが、注目したいのは足元。道路にはよく犬の糞が落ちているのだが、みんなそれをギリギリで踏まずに歩いている。見えているのか?感覚的なのか?なかなか絶妙な上手さである。

 

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ハンスの歯磨きを担当。噛まずに磨くというのを伝えるのが、とても難しい。


リンゴをもらう/Cerrito Azul交流3日目

Cerrito Azul交流3日目。今日は「糸巻き」と「自転車」を行った。糸巻きは、昨日一昨日と実施してきた17〜23才くらいのジャンピエールのクラスに加えて、10〜13才くらいのマリベルのクラスも参加。2クラスを混ぜて、各自のスキルや集中力のバランスをみて2グループに分けて、同時に2つの糸巻きを行った。自転車もそうだが、年齢に関係なく、それぞれ活動の種類によって人には得意不得意がある。糸巻きが得意でも自転車は苦手だったり、その逆だったり、いろいろいるからいいのだろう。

 

ペルーには「Lonchera/ロンチェーラ」という11頃におやつを食べる習慣があり、Cerrito Azulにもその時間がある。おやつを持っていない自分は、その時間はじっと座って、みんなが食べているのを見ているのだが、今日はケビンがリンゴをくれた。なぜリンゴをくれたのかは、わからない。ケビンは普段から話をしない。性格は几帳面で掃除が得意。泳ぎは犬かきで、自転車は三輪。糸巻きは、糸を玉に巻きつけるのではなく、玉を回して糸を巻きつけていくスタイル。そして、ロンチェーラの時に、黙って目の前に差し出して、リンゴをくれる。

 

「リンゴをあげる」という授業はないが、人には得意、不得意がある。

 

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Cerrito Azulの横の家。玄関先にいつもこの犬がいる。

 

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綛糸から糸玉へ。

 

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ふたグループ同時に糸巻き。

 

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五十嵐の授業もカードになって登場。このカードは五十嵐のアクティビティを行う。ちなみに下のカードは手洗い。

 

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ケビンがリンゴをくれた。

 

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エルネストとアレッサンドロは自転車が上手。

 

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マルセロは糸巻きは得意だが自転車は苦手。

 

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Cerrito Azulのはじまりの棟。食事はここでとる。

 

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同じクラスのみんなと一緒にお昼を食べました。


一緒に泳ぐ/Cerrito Azul交流2日目

Cerrito Azul交流2日目。今日は「プール」と「糸巻き」を行った。まさか冬の南米ペルーで泳ぐことになるとは(笑)。ジャンピエールのクラスのみんなと1台のワゴン車に乗り込みスポーツジムへ。水着を渡され、断る理由もないので、みんなと一緒に着替えをし、プールサイドへ移動。もちろん室内の温水プール。1人ずつ指導がはじまった。背泳ぎまでできるディエゴから、犬かきのケビンまで、もちろん皆得意不得意はある。

 

自分も決して泳ぎが得意なわけではないけれど、指導してほしいと頼まれ、ビート板で泳ぐアレッサンドロにバタ足を伝える。日本語でもバタ足の指導などしたことないのに、、、。しかもスペイン語は分からない。

 

身振り手振りでバタ足を伝えるのだが、アレッサンドロには届かない。不思議そうにこっちを見て泳ぐのを止めてしまった。でも水は好きみたいで、水面を細かく何度も叩いたり、ビート板を沈めて、その上に立って浮遊感を楽しんでいる。

 

「アレッサンドロ!」遠くから、見兼ねた先生の声が聞こえると、アレッサンドロは再び泳ぎ始めた。横で同じようにビート板を持ってバタ足を見せる。そして、すぐにアレッサンドロに近づき、ビート板に両手を伸ばして泳ごうとするアレッサンドロのお腹を手で下から支えながら、しばし待つ。すると、ゆっくりとアレッサンドロの足が動きだした。

 

伝えたいことが伝わらない。相手が自分に何を伝えたいのかもわからない。ちなみにアレッサンドロは自分よりも体が大きい。まだ会って2日目であまり慣れていないし、暴れたら止められるだろうか?自分の中にどこか緊張感がある。

 

それは、アレッサンドロに限らず、Cerrito Azulのみんなに対しても感じている。まだ関係性の浅い自分には昨日と今日、通常と非常、彼らの心の状態変化の様子を読み解くことができない。その“分からない”がやっぱり怖いのだ。だがそれは相手も一緒だろう。昨日現れた人の中身などよく分からない。それでも、こうしてひとまず一緒にそこにいることは許してくれている。それで十分じゃないだろうか、、、。

 

コミュニケーションというのは、伝わらないことを知ることである。あなたと私は違うということを知ることである。それを恐れて、恐怖に呑まれてはいけない。言葉や何かを交換して相手を知った気にはなるが、結局自分が安心したいだけなのだろう。本来、できることがあるとしたら丁寧に向き合うこと。それは時間がかかることである。なぜならそれは自分自身と向き合うことだからである。他者を知ろうとすることは、一度、これまでの自分を捨て裸になる勇気がいる。

 

そういう意味では今日プールで裸になったのは悪くなかったのかもしれない(笑)

 

教室では、まずは隣のイスに座ること。共にいること。そこからはじめたいと思う。やがて存在としての距離に、少しくらい変化が起きると期待したい。

 

しかし、交流を終える2ヶ月後も、きっと互いの心の中など分からないのだ。2ヶ月後、隣のイスに座って自分は何を感じているのだろう。

 

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背泳ぎするディエゴ。

 

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プールサイドで待機するみんな。やっぱりちょっと寒い。

 

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犬かきするケビン。指導するウィリアン。

 

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教室にもどって糸巻き。

 

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エルネストは、できてしまった結び目を直していた。

 

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ホルヘは糸巻きには多少興味があるようだ。

 

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最初に施設に挨拶しに来た時に詩を読んでくれたヤンフランコ(右端)も別クラスから糸巻きに参加しに来てくれました。

 

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2つ目の糸玉完成記念写真。

 

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最後は掃除。レナトはきちっと掃いてゴミを集めています。

 

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今日の昼ご飯。やっぱり多すぎる。料理してくれているレオさんに減らしてくれと頼むが、大きくなって日本に帰れと言って笑っている(笑)

 

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トウモロコシの皮に、潰したトウモロコシを入れて蒸すペルー料理。


旅する糸/Cerrito Azul交流初日

Cerrito Azul交流初日。いよいよ今日から本格的に交流がスタートする。自分が主に関わるクラスはジャンピエールが担当するクラス。17〜23才の約13人で構成されている。

 

基本的な交流スタイルはは朝8:30にCerrito Azulに行き、9時〜13時までの4時間を一緒に過ごし、その中で普段のアクテビィティに参加させてもらったり、こちらで用意した糸巻きワークショップに参加してもらうといった形式をとることになった。

 

今日は、「糸巻き」と「ピザ作り」を行った。

 

「糸巻き」は、これまでもTURNプロジェクトを通じて、非言語コニュニケーションのひとつの形として、日本とブラジルとで行ってきた。糸はいつも通り、TURNをきっかけに今も交流を続けている東京の町田市にある福祉作業所「クラフト工房La Mano(http://www.la-mano.jp)」に藍染めしてもらった糸を日本から持ってきた。

 

日本のLa Manoで糸巻きをした時は、宇佐美くんが巻いた糸玉がダイヤ型になり驚き、ブラジルのPIPAで糸巻きした時は、ケントくんが巻いた糸玉が、なんと宇佐美くんと同じダイヤ型になり、地球の反対側で珍しくも同じダイヤ型の糸玉に出会うという衝撃の体験をした。

 

さてペルーではどんな糸玉に出会えるかな?再びダイヤ型に出会えたりするかな?などと思っていたら、、、な、な、なんと!ペルーでは卵型の糸玉に出会いました!

 

一般的な人だと大抵、丸い糸玉が巻かれるので、それが多少歪んだ卵型になぜそんなに驚いたかというと、つい先日、アンデス文明の染織についてリサーチしていた際、糸玉について専門家の方に聞いてみたところ、アンデス文明の遺跡発掘現場のとある村からは、なぜか発掘される糸玉が全て卵型をしている。なぜかは分からないが、その村の糸玉は卵型で不思議なのだそうだ。という話を聞いて、「へぇ〜不思議なこともあるものですね〜、面白いなぁ〜、ダイヤ型は日本とブラジルで見たことあるんですけど、卵型も一度見てみたいなぁ〜」なんて話をしていたものだから、、、まさか初日に卵型の糸玉に出会うとは!!!

 

マルセロくんが巻くと、卵型になるのです。

 

もちろん何故かはわかりません。しかし、そこにはアンデス文明の遺跡との時空を超えた共通点がありました。

 

糸と人が出会って、糸玉という形が生まれる。丸かったり、歪んでいたり、ヤシの実みたいだったり、時にダイヤ型だったり、卵型だったり、巻く人によって、糸玉の形は少しづつ違う。地球の裏側に同じダイヤ型を巻く人がいたり、数千年前に同じ卵型を巻く人がいたりする。

 

日本、ブラジル、ペルー、そして時を超え、アンデス文明へ、旅する糸の物語。

 

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ジャンピエールのクラスに混じって一番端に座っています。ペンを持っているのがジャンピエール。

 

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出席をとる係をやらせてもらいました。

 

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今日の日付とやること。

 

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出席リストに名前を入れてもらいました。

 

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最初はみんなで市場にピザの材料を買い出しに行きました。

 

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トマトソースを買うチームに入りました。

 

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もどって糸巻きをしました。先に買い出しに出たのは歩くと精神が落ち着くという理由からです。

 

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レナトくん。基本的に何もしゃべりません。寡黙で細かい作業が好きなので、なんとなく気が合います。ラジオを聴くのが好きでいつもポッケからラジオの小さな音が聞こえます。

 

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エルネストくん。ぼーっとしていることが多いですが、やさしく小さな声で対話もでき、ジャンピエールからの信頼も厚いです。

 

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エディソンくん。なかなか落ち着いて座っていられないタイプ。一定のリズムで声で音を刻んでいます。

 

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セバスチャンくん(左)は声を出して話ができないけど、その分周りをよく観察しています。ディエゴくん(右)は大きな体で運動が得意です。人が履いているクツに興味があります。

 

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ケビンくん(左)は寡黙な男で、目的地までまっすぐに歩くきちっとした性格です。マルセロくん(右)は言語に興味があり、スペイン語、英語を理解します。日本語にも興味があるみたいです。

 

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マルセロくんが巻いた糸玉。なんと卵型!!!生きるアンデス文明に出会ったような衝撃!!!

 

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ハンスくん。どうしても眠いみたいです(笑)。あまりに気持ちよさそうなので“居眠りハンス”で名前を覚えました(笑)

 

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糸玉1個目完成の集合写真!ハンスくん左端でいい感じで立ち寝してます!(笑)

 

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糸巻きの後はピザ作り。チーズを細かく切ります。レナトくん器用です。

 

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トマトソースを塗って、ハムをのせて、、、

 

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トースターで焼いて、最後はみんなで食べます。


障害者支援施設/Cerrito Azulのはじまり

今日の午前中はCerrito Azulで授業見学と今後の交流内容とスケジュールについて打合せ。午後からは、

昨日と同様にカトリカ大学/Pontificia Universidad Catolica del Peruでアンデス織物ワークショップの経巻き組織講習に参加。夕方からは展示会場となる美術館/Centro Cultural de Bellas Artesで設営スケジュールの確認等、打合せを行った。

 

Cerrito Azulでの打合せの際、施設長のマリエッラからこの施設のはじまりについて話を聞く機会があった。Cerrito Azulは今年で25周年を迎える。そう、ちょうど25年ほど前の話である。

 

マリエッラとホルヘ、2人の心理学者の夫婦には子供ができなかった。ある日、2人のところに3才の子供が連れられてきた。名前はGiancarlo(ジョアンカルロ)。その子は自閉症だった。2人にとって自閉症との初めての出会いだった。そしてジョアンカルロに興味を持った。そこから、マリエッラとホルヘとジョアンカルロは多くの時間を過ごすようになる。

 

すると、そんな噂を聞きつけたのか、自閉症やそれ以外の障害を抱えた人が、1人、また1人と連れられてくるようになった。中には障害があると勘違いして置いていかれる子もいた。やがて2人の家では入りきれなくなってしまった。一度は広いスペースを借りたが、家賃が高すぎて払いきれずに困っていたら、当初は住民トラブルもあったが、挨拶や道路掃除をして徐々に関係性を築いてきた近隣住民の理解が広がり、家の空きスペースを提供してくれる人が現れた。やがて地元の教会施設の一部も子供たちのために解放された。家2つと教会施設、3つの拠点がある現在のCerrito Azulはこうしてできあがった。もちろんホルヘは現在もマリエッラと共に、縁の下の力持ちとしてCerrito Azulを現場で支えている。

 

ちなみにジョアンカルロは今29才。彼のお父さんは楽器を販売する仕事をしている。その影響なのかジョアンカルロも聴覚に類い稀な能力を持ち、楽器の音を調律する仕事をお父さんの楽器屋さんでしているという。

 

マリエッラとホルヘの2人はCerrito Azulに来ている103人の3〜42才の人たちのことを“子供たち”と呼び、家族のように接している。彼らには様々な障害があり、決して上手にコミュニケーションがとれるわけでもない。それでも、彼らが2人のことを信頼しているというのは、彼らの振る舞いから感じることができる。

 

子供たちの複雑な状況を憂いたのか、自身の半生を振り返ったからなのか、真意は分からないが、マリエッラは「これが、私の向き合うべき人生なの」と涙を流しながら笑顔で話をしてくれた。

 

マリエッラとホルヘにとって、そして子供たちと、それらに関わる人たちにとって、Cerrito Azulは大きな家であり、人生そのものなのである。

 

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今日、どんなアクテビィティをするか写真の中から選びます。目で見るというのが自閉症の人にとって分かりやすいからなのだそうですが、スペイン語が分からない自分にとっても分かりやすく助かります。

 

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今日の日付と、今日やることを書きます。

 

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出席をとります。

 

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今日やることを時系列になるように順番に貼ります。一番上の黄色はこれからやることを貼ります。終わったら剥がして下の箱に入れ、次にやることを貼ります。

 

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2017年8月8日、火曜日。活動:生産。生産するもの:にんにく。ステップ1,皮むき、2,袋詰め、3,シール付け。

 

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にんにくの皮を剥いています。

 

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この人は指先の扱いが丁寧で仕事がきれいでした。

 

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にんにくをスプーンで拾って、ビニールパックに入れます。

 

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にんにくの入ったビニールパックを熱で封して、ラベルを貼って市場で販売します。

 

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今日のCerrito Azulでのランチ。美味しいですが、量が多すぎます(笑)

 

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キッチン及び食堂の風景。光がきれいだなと見上げると窓ではなく、そのまま外とつながってます。雨がほとんど降らないからこそ可能な家のつくりです。

 


障害者支援施設/Cerrito Azul視察

今日は、午前中に交流先となる<障害者支援施設/Cerrito Azul>の視察。午後から<カトリカ大学/Pontificia Universidad Catolica del Peru>に移動し、アンデス織物のひとつである経巻き組織講習に参加。その後、夕方からは昨日に引き続き<展示会場/Centro Cultural de Bellas Artes>での視察と打合せを行った。

 

今回のTURNでの交流先は障害者支援施設Cerrito Azul(セリートアズール)。リマ中心街から車で40〜50分くらい離れた、中〜低所得者層が暮らす街の住宅街にある。自閉症、ダウン症、知的障害、聴覚障害、そしてそれらが複合した人など、障害のレベルにも幅のある、年齢3才〜42才の103名が10〜15人のいくつかのクラスに分かれ利用している。中には身寄りがなく施設に住んでいる人も数名いる。

 

建物は全部で3つあるのだが、2つは施設というよりも、家を施設として使用しているといった印象。もう1つは日本でいう保育園のような施設で障害のある小さい子供たちが利用している。家のような方は、建物の構造上の性質なのか、場所によってはトイレの匂いがこもっていたり、どこか空気感が重い印象。それと反比例するようにスタッフは若い人もいて、明るく前向きな印象の人が多い。

 

みんなスペイン語を話すから見分けがつかないが、スタッフの若い男性と女性の話を聞くと、2人はそれぞれ別でベネズエラから亡命してきているという。2人の話では、今のベネズエラ大統領の政治がひどい状況で国内にいられないから、家族を置いて働きに来ているということだった。わざわざ家族から離れ、国を越えて来ているのだから、ペルーは南米の中では政治が安定している国だということが良くわかった。

 

スタッフの中には、子供がCerrto Azulに通っているお母さんもいた。利用者の中には母親が車椅子で父親が松葉杖をついた障害者で本人は自閉症という青年もいた。スタッフに普通に挨拶をしてそれぞれの役職を聞くと、心理学者や教育の専門家ということになってはいるが、政治的状況、経済的状況、家族の状況、みんな様々な背景をもって、ここにいるというのが見えてきた。

 

あの明るさは、つい暗くなりがちな様々な状況に対して、自身のバランスをとるために必要なのかもしれない。とはいえ、とにかくみんな逞しく、やさしい人たちである。

 

施設に来ているというよりも、共に暮らしているというのがCerrito Azulの第一印象だった。

 

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Cerrito Azulの家を利用した施設の1つ。理解ある地元の方に貸してもらい、1階のみ使用しています。

 

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15〜20才くらいのクラス。

 

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17〜23才くらいのクラス。

 

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3階にある食堂。料理をつくってくれるのはレオさん。

 

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6〜10才くらいのクラス。

 

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外の掃除をしています。

 

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保育園のような方の施設の外観。写真に写っているのは施設長のマリエッラさん。

 

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中には人工芝の広いスペースがあります。

 

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子供たちが仲良く座っていました。

 

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3〜5才くらいのクラス。

 

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近くの運動場で、17〜23才のクラスが体を動かしていました。


リュック盗難:<パチャママ オフレンダ(大地の神への供物)>

今日は<中央準備銀行博物館/El Museo del Banco Central de Reserva del Peruでのアンデス文明リサーチ>と、<展示会場/Centro Cultural de Bellas Artesでの美術館視察と打合せ>を行った。

 

だが、それよりも何よりも、今日一番の出来事はリュックサックの盗難にあったことである!生涯忘れることはないだろう。

 

セントロのレストランでランチミーティングを終え、移動しようと振り返ると、ついさっきまで、そこにあったリュックサックが無くなっていた。

 

まさか?!後ろに座っていた、落ち着いた雰囲気のおじさんが?!急いで店を出て通りを見渡したが、それらしき人の姿はなかった。

 

店に設置してあった防犯カメラ(防犯になっていないが、、)の記録映像を確認すると、二人組の男が入店から盗難を成功させるまでの大胆かつ慎重な手口の一部始終が記録されていた。そのまさかの落ち着いた雰囲気のおじさんたちの仕業であった。プロの手口である。

 

不幸中の幸いで、パスポート、財布等の貴重品は身につけていたので無事だった。

 

防犯カメラ映像を携帯電話で撮影し、ペルーの警察へ届けると、担当警察は興味津々で見入り、疑う余地もなく盗難被害証明書類を作ってくれた。

 

ペルーの警察と一緒に、間抜けな日本人が盗難被害に遭う様子を何度もビデオで確認したのだが、自分のすぐ横で行われている犯行にこんなにも気がつかないものだとは、、、ショック、、、。ペルー入国から若干2日目にして、いろいろ失ったなぁ、、、。

 

しかし、不思議なもので、防犯カメラ映像でどうやって盗まれたのか、きちっと視認できたおかげで、知らないうちに無くなったような“もやもや感”が残らず、ある意味、潔く諦めがつくものである。

 

ちょっと大げさだが、全てを失って身軽になって、裸一貫で0<ゼロ>からのペルー生活がスタートするのだと思うと、それはそれで気分はすっきりするものである。

 

その後知った言葉なのだが、ペルーでは失ったモノに対して「パチャママ オフレンダ」という言葉があるのだそうだ。“パチャママ”は“大地の神”、“オフレンダ”は“供物”を意味する。そして大地の神への供物は3倍になって返ってくるという言い伝えがある。この言葉にはいろんな意味で救いと希望があり、すぐに覚えた言葉(笑)

 

こうなったら身軽になった体で、大地の神からの3倍のお返しを楽しみにするしかない。

 

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中央準備銀行博物館/El Museo del Banco Central de Reserva del Peruでアンデス文明リサーチ。これはヘビの壺。ヘビの捉え方が面白い。

 

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注ぐと音が出る器。どうやってこんな形に行き着くのか。

 

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鳥型の液体を入れる器。筒状になった取っ手の部分の概念が不思議。

 

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ネコ型の液体を入れる器。動物の捉え方と表現も独特だが、やはりこの筒状取っ手の形状が気になる。

 

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金の皿。形が非常に良い。歪みやバランスなど日本の茶器によく似ている。

 

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金の仮面。金を薄く叩いて加工してある。

 

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生贄の心臓を切り出したナイフ。

 

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文字の代わりに機能したキープ。結び目に人口や食料や家畜や武器などといった数量の情報が暗号化されている。

 

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骨でできた笛。

 

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展示会場/Centro Cultural de Bellas Artesの外観。

 

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内観。柱が印象的。

 

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他の展示が行われていた。高い空間も特徴的。

 

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リュック盗難があまりにかわいそうだと、美術館の館長さんが私物のトートバッグをプレゼントしてくれました。感謝!!!大地の神からの最初のお返しか?

 

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レストランにてリュックサックが盗難される瞬間。

 


ネゴシエーションの国

北半球の日本が夏なら、南半球のペルーは冬。ライトダウン着るくらいにけっこう寒い。以下、スケジュールいっぱいに動いた今日の1日。

 

<ペルー国立高等美術学校/BELLAS ARTESでワークショップ見学>

<天野博物館/MUSEO AMAMOでアンデス染織のリサーチ>

<障害者支援施設/Cerrito Azulへ挨拶>

<ホームステイ先Chelo宅へ挨拶、宿泊>

 

ペルー初日に強く印象に残ったのは、タクシー移動が多かったということもあり、ネゴシエーション(交渉)と交通事情。タクシーにはメーターがなく、乗る時は交渉が必要となる。値段は目的地までの距離だけでなく、混雑する時間帯によって需要と供給のバランスのように変動する。少し離れた場所を言うと運転手が自分の縄張りから離れたくないという理由で断られたりもよくある。相場を知らなければ損をするが、逆にうまく交渉すれば得をすることもできる。このネゴシエーションはタクシーに限ったことではなく、何かにつけて自分の意見を通すには交渉次第で、実現できることの可能性が広がる性質を持った国のようである。なんでも価格やルールが決まっていてあまり考えることもない日本に比べ、少し面倒なところもあるが、そもそも変動したり個人によって違って当たり前の価値というものあり方としては正しいように思う。

 

そして交通事情に関しては、日本の道路交通法からするとめちゃくちゃな国である。タクシーはもちろん観光バスでもなんでも基本的に競争している。ほとんどウインカーなど出さないし、赤信号でもタイミングが合えば交差点を通過する。二車線の道でも間や端も空いていたら使うので、三車線や四車線になっていたりする。割り込みも隙間とタイミングがあればどんどん入ってくる。クラクションも各車の存在を示すかのように引っ切り無しに鳴っている。とにかく感覚的に運転をするのだ。よくこれで事故がないと逆に関心するくらいである。でもそんなカオスな状況からは南米特有のたくましい活気のようなものも感じる。ルールに飼いならされていない野生性というか、生命力というか、、、。日本にいるとついこの感じを忘れてしまう。

 

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セントロと呼ばれるリマの中心街。大統領官邸の前が広場になっています。

 

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セントロの街の雰囲気。

 

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<ペルー国立高等美術学校/BELLAS ARTESでワークショップ見学>。TURN監修者の日比野さん。この大学の先生であり今回TURNに参加するヘンリーが使う素材“フンコ”を確認中。植物の葦の一種です。

 

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ヘンリーの研究室の学生たちがフンコを編むワークショップをしていました。もともとは編んでカゴや帽子などを作る素材です。

 

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混じって一緒に編み方を習いましたが、編み方よりも言葉が難しく、もはやスペイン語講座のようでした(笑)

 

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ペルー国立高等美術学校/BELLAS ARTESの校舎内も見学。規模は小さいですが、石膏像があったり、東京の芸術大学とよく似ています。写真は彫刻科のアトリエ。屋根がないのがペルーらしい。雨がほとんど降らないから可能なアトリエスタイル。

 

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ペルーの代表料理セビージャ。魚のマリネ。新鮮な魚がなければ作らないそうです。ペルーは山のイメージが強かったですが、太平洋に面する海の国でもあります。ペルーは太平洋の海、アンデス山脈の山、アマゾン源流のジャングルと3つのエリアに分かれるそうです。

 

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街を歩いていると黒い鳥をよく見かけます。カラスかと思ったらコンドルでした。

 

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天野博物館/MUSEO AMAMOでアンデス染織のリサーチへ。天野博物館は、日本人実業家でありアンデス文明研究家の天野芳太郎さんが1964年に設立した博物館。数万点に及ぶ貴重な所蔵品は、当時あまり注目されていなかった文明の発掘と保存に全財産を投じた天野氏の偉大な仕事の成果。地元にとっては当たり前だからこそ、外からの視点はやはり大事だと再確認。

 

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文字を持たなかったアンデス文明。写真の「キープ」と呼ばれるものは、紐の結び目の形で数を表現する。キープはケチュア語で「結び目」を意味する。インカ帝国時代「キープカマヨック」という解読専門家の役人が各地におり、人口、農産物、家畜、武器など資源の統計や、裁判の判例なども記録したそうだ。

 

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結び方が、数を意味する。下り紐が3本のものから2000本近いものまであるそうだ。

 

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首輪でつながれたネコ科動物とペリカンの模様。

 

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絞り染めは日本とどこか似た印象をうける。

 

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今日からチェロさんの家にホームステイさせていただきます。シンプルで可愛らしい部屋。

 

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ホームステイ先のチェロさんは、交流先の障害者支援施設Cerrito Azul施設長のマリエッラさんのお母さんです。

 

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渋滞で到着が遅くなってしまったのに大歓迎をしてくれたCerrito Azul。詩の朗読を聞いています。かつてこれほどまでに歓迎されたことはありません。


TURN in PERU / BIENALSUR

南米ペルーに向かう飛行機の中でこの日記を書いている。以前から関わらせてもらっているアートプロジェクト「TURN」が、南米を舞台に開催される国際現代美術ビエンナーレ「BIENALSUR」に招聘されたため、参加アーティストの1人として約2ヶ月間現地での滞在制作を行うことになった。

 

BIENALSUR→http://bienalsur.org/es

TURN→https://turn-project.com

 

「TURN」は、異なる背景や習慣を持ったさまざまな人々との出会い方、つながり方に創造性を携え働きかけていくアートプロジェクトで、2020オリンピック・パラリンピックに向けた東京都による文化プログラムの一つである。日本国内での活動に加え、2016年はTURN in BRAZILを展開した。自分はブラジルの自閉症児療育施設で交流しながら滞在制作を行い、言葉以外のコミュニケーションを強いられた結果、モノをつくるプロセスを通じて人や世界とつながる身体的コミュニケーションの可能性を実感した。素材や他者を丁寧に感じることをきっかけに自身の感性を開くような経験だった。それらは全て不自由さの先に発見したものだった。

 

「BIENALSUR」は、ローカルに根ざしながらも、国境を越えたグローバルな文化芸術の推進を目指し、第1回目の開催を迎える国際現代美術ビエンナーレで、開催の中心となるアルゼンチンのブエノスアイレスのみならず、12の南米諸国の地域と連携しながら、同時多発的に展開される。

 

今年2017年の3月にアルゼンチン経由で参加した南極ビエンナーレでは、人が自然と向き合い、人が人と向き合い、国境を越え世界中のアーティストや科学者や思想家が協働する世界が存在した。自分は、ここ数年南米に行く機会が急増している。これまでの美術史と同様に、北半球中心に資本主義社会の競争原理が全てといった価値観があるような今の世界に対して、南極ビエンナーレやBIENALSURの動きを見ていると、今この世界には新たに南からの風が吹きはじめているように感じる。

 

そんな南風を感じる流れの中で、さて、今回の自分の行き先はペルーのリマ。伝統工芸を携えて福祉施設と交流し、そのプロセスを通じて生まれた作品発表、およびワークショップを展開するというのが海外版TURNの特徴である。そこで、自分は“日本の藍染め”と“アンデス地方の織物”をきっかけに、障害者支援施設Cerrito Azulの人たちと交流することになった。

 

現地では、Cerrito Azulとの交流と同時並行で、アンデス地方の織物を学ぶところからはじまる。

 

ペルーを中心に繁栄したアンデス文明は文字を持たなかった。そこでは、なんと!織物がイメージを表現・伝達するメディアとして重要な役割を果たしていたのだ。これは他の文明にはない特徴である。きっとそこには障害によって文字コミュニケーションができない人々をも内包した豊かな社会が存在したと考える。故に文字を中心に発展した現代社会の閉塞感を突破するヒントがアンデス文明から続くペルーの暮らしの中にあるのではないかと考える。どのような出会いと発見があるのか、ペルーでの経験が自分自身をどのようにTURNさせ、こんどはいったいどんな“まなざし”を見出すのか楽しみである。

 

あとは、スペインに支配される以前の話だが、もともとはユーラシア大陸から、アメリカ大陸を北から南へ太平洋沿いに移動してきたモンゴロイド系の人が長いあいだ暮らしてきた土地のようだし、自分の顔もなんとなく現地に馴染むよう気がしている(笑)

 

TURNホームページニュース<BIENALSURからの招聘>→https://turn-project.com/news/38

 

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日本の成田→アメリカのヒューストン→ペルーのリマ。約22時間の移動。

 

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リマの空港で、ペルーの芸術大学の教授で今回アーティストとしても参加するヘンリーのお出迎え。なぜか名前の表記が「HIGARASHI」に!!!(笑)「Hi IGARASHI」の略かなと一瞬思ったのだが、ヘンリー曰く、スペイン語ではHは発音しないから…本当は間違えました(苦笑)とのこと(笑)

無事にペルー入国。到着が現地時間23:15だったので、そのままホテルへ移動。

 


くすかき二十二日目「くすのかきあげ」

くすかき二十二日目。くすかき最終日。早朝6時半、境内に51名の掻き手が集い、朝の美しい光と静寂の中、平成二十九年「くすのかきあげ」を無事に奉納することができました。

 

朝5時、天神広場集合。空に三日月。まだ暗い中、月明かりをたよりに皆で落ち葉を移動させる。6時半に掻き手全員が集合し、各当番長と流れを発表し、組み分け。7時〈くすのかきあげ〉開始。9時〈くすかき奉告祭〉催行。天神広場で記念撮影をして、女性陣は山かげ亭にて直会準備。男性陣は落葉と柵の撤去。12時半〈直会〉開始。15時半各賞の発表。17時半平成二十九年記録映像鑑賞。18時中締め。その後、深夜まで直会は大盛況。一次会は大人28名、子供20名。二次会は大人25名。述べ人数にして73名が集いました。

 

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今年の〈くすかき〉を一言で振り返るのなら「参加者から当事者へ」。地元から参加してくださっている方々の意識の変化を強く実感した節目の年となった。これは、千年続くアートプロジェクトを目指し、今年1,000分の8年目を迎えた住民参画型プロジェクトにとって、とても大きな出来事である。

 

きっかけは2つある。ひとつは、五十嵐が南極ビエンナーレ参加のため事前準備段階で太宰府入りできなかったこと。もうひとつは、これまで八年間くすかきを支えてきてくれたスタッフが現場から離れたこと。

 

南極ビエンナーレからの招待が届いた時には、すでにくすかきの会期は決まっていた。事前準備も含め、実施に不備が発生するのなら南極行きも潔く諦めるつもりでいた。その後、会期を一週間ほど後ろへずらすことができないか、これまで一緒にくすかきをつくってきたお宮の方々や地元太宰府の方々に相談した。

 

ひとりの神職の方の話が印象に残っている。

 

「太宰府のみんなは南極へ行って成長してこいって言ってくれるよ。でも、樟の木は五十嵐を待ってくれないよ。落葉は待ってくれない。くすかきが大事にしていることはそういうことだろう?五十嵐の都合で会期をずらすんじゃなくて、樟のタイミングに合わせるべきなんじゃないか?事前準備の内容を伝えておけば、くすかきのみんながちゃんとやってくれるよ。これまで一緒にやってきたんだから」

 

ひとりの地元太宰府の方の話が印象に残っている。

 

「千年続けるのだから、メインの人が入れ替わる年もあるし、五十嵐くんが来られない年も、この先あるよね。それでも続くかどうか、、、。そういった意味では、今年はいい機会なんじゃないの?」

 

言葉は違えど、他のみんなも同じ方向性の意見だった。くすかきの本質である、“樟と向き合う千年の時間”を共有できていることに感動すると共に、深い感謝の気持ちでいっぱいになった。

 

こうして、これまでに育まれた関係性があったからこそ、南極行きを決断することができた。そして、南極から成田経由で太宰府に直行し、頼もしい仲間の元にもどってきたのが開催前夜の3月31日。事前準備は地元を中心としたくすかきの仲間が集い無事行われていた。また、会期中、これまで現場スタッフが担ってくれていた様々な仕事も、みんなの力が結集し、なんとか成し遂げることができた。

 

「樟の木は待ってくれない」の言葉は本当にその通りで、会期を変えずに実施した結果、今年の落葉のタイミングは、くすかき会期とどんぴしゃり。会期のはじまりに合わせて樟の葉は落ちはじめた。故に例年に比べ今年は特に落葉と向き合った印象が強い年となった。

 

今年のくすかきは樟の落葉としっかりと向き合い、準備から細かな制作まで、みんなでつくりあげた印象が強く、これまでとはまた違った達成感と、これからより一層互いの意見を交わしながら、くすかきを共につくりあげていく可能性を感じた。ひとつ段階レベルが変わった感じがした。

 

また、南極からの直接の太宰府入りで感じたことがある。

 

世界中のアーティスト・科学者・哲学者、約百人が一つの船に集った南極航海は、青い氷と、うねる海と、冷たい風に閉ざされた、美しくも厳しい、人を寄せ付けない世界だった。ネットも電話もつながらず、人が自然と向き合い、人が人と向き合う時間には、身体に秘められた可能性と、この星で豊かに生きる普遍性があった。

 

そして、子午線、すなわち世界の時間が一点に集まる南極で、自身のプロジェクトを通じて時間について考えていた。そこで見出したものは、時間とは誰かが定めた約束事ではなく、ひとりひとりが刻む生命そのものなのだということだった。

 

それと同じものがくすかきにはある。

 

早朝顔を合わせ、松葉ほうきを手に、千年の時をつなぐ樟の杜が迎えた、たった一度の今年の春と向き合い。大人も子供も関係なく一年ぶりに再会し、お互いの成長に向き合う。毎春、向き合うことで重ねてきた関係性があるから、自分の今を確認することができる。それは自分の生命の刻を実感することでもある。

 

人が自然と向き合い、人が人と向き合い、それらのあいだに確実に存在する何か目に見えない大切なものを感じ、それらを表現し伝えることにより、はじめて生まれるものがある。

 

くすのかきあげは、落葉風景をつくり出し、そこからかつて存在した千年樟を想像する。目には見えないものを感じるための一連した所作である。それは、太宰府天満宮という神社で、目には見えない神様を感じることとよく似ている。一年に一度だけおとずれる或る朝に、それぞれに感じる千年樟とは、自身の生命を感じることなのかもしれない。

 

今年という年も、今日という日も、生きているあいだに最初で最期。今年の樟の杜に集った人と、そこに想いを馳せた人によって、平成二十九年、今年も見事な千年樟が描き出されました。今年も良いくすかきでした!また来年、樟の葉が落ち若葉が芽吹く頃、太宰府天満宮の樟の杜で会いましょう!!!お疲れ様でした!!!

 

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第八回「くすかき-太宰府天満宮-」

[会期]平成二十九年 四月一日[土]〜二十二日[土]

[会場]太宰府天満宮 境内

[行事]くすかき成功祈願祭・松葉ほうきつくり:会期初日 四月一日 開催

日々のくすかき:期間中 早朝六時半より 土日のみ夕方四時からも 開催

くすのこうたき:期間中 毎週土日 開催

くすのかきあげ・くすかき奉告祭:会期最終日 四月二十二日 開催

[参加人数]六百五十七 名

[奉加帳賛同者]百二 名

 

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くすのかきあげ各当番長

[掻き出し]五十嵐靖晃

[水当番]陽山英樹 天賀來星

[新芽当番]子供達(当番長)江藤幹太

[当番長]佐藤信二 江藤応樹 大里武史 上村隆一郎 井原功介

[副当番長]陽山英樹 米湊五郎 犬塚和洋 天賀來星 米湊咲希

[舟当番]杉本八海

[ほうき当番]宮本市郎 陽山英樹

[太鼓当番]五十嵐靖晃

 

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[特別協力]太宰府天満宮

[協力]中川政七商店/福田屋染物店/株式会社ムーンスター/油機エンジニアリング株式会社/ありがとう農園

[制作]飯高左智江

[写真]前田景

[映像]仲信達也

[デジタルアーカイブ]須之内元洋

[デザイン]河村美季

[マネージメント]米津いつか

[SpecialThanks]猪股春香/百花堂

[松葉ほうきつくり]原口葵

 

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最後に、静岡から毎年参加してくれている、友人からのメールを一部紹介します。

 

 

こんにちは。くすかきでお世話になりました◯◯です。昨日の夜、無事に静岡に帰りました。

 

改めまして、19日からの5日間、大変お世話になりました。

太宰府でもお話ししましたが、この時期に太宰府に行ってくすかきをすること・五十嵐さんや太宰府のみなさんとお会いして話すこと は、わたしにとってとても意味のある大切なことになっているなぁと改めて実感しています。気持ちのリセットができました。

 

また、今年のくすかきは、自分にとっては「成長した自分を見てもらう年」だったような気がします。

去年 太宰府にいたときにはできなかったこと・太宰府で初めて覚えたことをこの1年できちんとできるようになったよ、と みなさんに報告できる!と自信を持って行き、みなさんからも「がんばったね」と言っていただけたからです。

それでもまだまだできないことはたくさんあるし、今年学んだこともたくさんあります。

それらは、また次の4月までの1年できちんと身につけて、再び太宰府で報告できるようにしたいです。

 

それから、今年はとりわけ子供たちの成長を実感しました。

身長や喋り方やくすかき中の動き方など、人によって様々でしたが、どの子たちもみんな「成長したなあ」と感じました。当たり前なのかもしれませんが、みんな大きくなっているんですね。

 

来年も必ず くすかきに参加するために太宰府に行きます。

そのときには、どうぞよろしくお願いいたします。

本当にありがとうございました。

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年齢や性別に関係なく、くすかきが関わる人にとって成長の舞台となっていると実感できるメールでした。樟の木の落葉は待ってくれない。自身が刻む生命の時間も待ってくれない。来年また成長した自分を見てもらいに、そして、これまでの自分と今の自分、そして、これから自分を確認するために、みんなに会いに、樟の葉が落ち若葉が芽吹く頃に、太宰府天満宮の樟の杜に向かいます。

 

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早朝5時。まだ暗い中、3週間集めた樟の落ち葉を移動させます。

 

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天神広場のこの場所に平成6年(1994年)まで、千年樟が実在しました。

 

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千年樟跡を掻き出した後、新芽当番のこどもたちが、昨日までの落ち葉の上に、今朝採れた葉っぱを落とし、本日4月22日の朝の落葉風景をつくり出します。

 

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水当番が場を清めます。

 

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集った掻き手51名で、松葉ほうきを使って根っこを掻き出します。

 

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柵内へ入る時、出る時は千年樟跡に一礼します。一礼は存在を示す大切な所作。

 

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芳樟袋(今年の樟葉の入った匂い袋)と樟香舟(今年の樟葉から採れた樟脳)を小さな松葉ほうきに乗せて、こどもたちが今年の樟の香をみなさんにお届けします。

 

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舟当番の持つ大樟香舟にすべての香りを集めます。

 

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落葉→根っこ→幹(掻き山)と生命の流れを辿って姿を変えた千年樟。最後は天に向かって香りを届けます。

 

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舟当番の手によって大樟香舟が無事に掻き山に乗り、香りが天に届けられました。舟当番はその年のくすかき期間で、まるで樟若葉のように大きく芽吹いた人に委ねられます。今年は満場一致で杉本八海が選ばれました。棒の扱いと所作がまるで剣道のようで美しかった。

 

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直会開始。前日から料理の仕込みをしてくださった女性陣をはじめ、協力してこの場をつくりあげたみなさんに感謝!!!恒例となった餃子、豚汁、おにぎり。最高に美味しかったです!!!

 

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奉加帳(一口2000円の寄付)をしてくれた方に芳樟袋と樟香舟とお礼の手紙をお渡しします。香をじっくり堪能中。床の間の上の包み紙は、くすかき賞の賞品です!

 

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くすかき賞はこの参加カードの集計で決まります。今年は全員の参加回数をランキング形式で発表。一等賞は全26回中、なんと25回の参加でした!

 

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朝5時から動いてますので、、、。毎年恒例となった直会風景のひとつです。

 

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春の青空と燃えるような樟若葉。

 

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境内の空気が変わりました。

 

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毎年、くすのかきあげが終わると、空の色、陽の光、樟若葉、半袖になった腕から、季節が変わったことを実感します。ダウンを着て白い息を吐いて会期がはじまり、半袖で終わる3週間。

 

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直会翌日の山かげ亭にて。くすかき奉加帳に参加してくださった全国のみなさまにお礼のセット(芳樟袋と樟香舟とお手紙)を発送する作業をしています。

 

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これが今年のくすかき参加カード。デザイン(米湊咲希):松葉ほうきに樟の葉が参加した分、一枚ずつ増えていきます。首から下げられるように紐もついています。大人気で50枚作っても足りず増作してくれました。

 

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熱があるうちに言葉にして、来年につなげようと、くすのかきあげの三日後に行われた反省会。このタイミングで開かれたのは初めてです。参加者から当事者への意識の変化を感じる一幕でした。

 

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太宰府を離れる朝。偶然にも登校する掻き手と遭遇。

「いってらっしゃい」

「いってきます」

「いってらっしゃい」

「いってきます」