大きな家族

DAY8 AM / Cuverville Islandに上陸。凧を揚げる準備をし、みんなからも今日は揚げるのか?と聞かれ、期待も伝わってきたが、風が弱く、また巨大なペンギンコロニーがあるため、万が一凧がペンギンに当たる可能性を避けるため、今日は実行しない判断をした。

 

オーガナイズをしているナディムからは、リラックスして休んでいいよと言われたが、同じボートで渡ったドイツ人の建築家のグスタフがインスタレーションをするので、その準備を手伝った。昨日、みんなが自分のインスタレーションのサポートをしてくれたように、自分も自然とグスタフの作品を成立させたくて体が動いた。

 

午後は、ポノマリョフの海中でのプロジェクトが行われ、海上からは見ることができないので、記録を楽しみに、皆で見守った。

 

南極ビエンナーレの航海はまるで、ポノマリョフが父の大きな家族のように思えてきた。ロシア、カザフスタン、イギリス、アメリカ、スペイン、フランス、ドイツ、スウェーデン、モロッコ、アンゴラ、ブラジル、アルゼンチン、エクアドル、アラブ首長国連邦、インド、バングラデシュ、中国、日本、、、思い出せないだけでまだ他の国からも来ている。いろんな人がいるから、違いがあり幅があるから、自分の居場所を見出すことができる。うまく言葉が通じあわない場合はゆっくりと相手を待つ。相手のことを想いイメージする時間がある。

 

スマートフォンとインターネットから離れ、海の世界に体をつくり変え、人と人が向き合う時間がこの航海を包んでいる。

 

きっとポノマリョフが若い世代のアーティストや科学者や思想家の我々に伝えたいことは、こういうことなのだと思う。

 

DSC_3901_s

ペンギンとの距離が近い。勝手に寄ってくるのは仕方がない。

 

DSC_3903_s

我々の荷物に興味を持つペンギン。

 

DSC_3909_s

突進してくるペンギン。

 

DSC_3914_s

アザラシもたくさんいる。

 

DSC_3917_s

手付かずの自然。亡骸もたくさんあります。

 

DSC_3923_s

ドイツ人アーティストで建築家のグスタフの作品。

 

DSC_3927_s

水で濡らして凍らせて構造を作る狙いがあるが、なかなか自然条件は整わない。

 

DSC_3929_s

ペンギンの巣。

 

DSC_3940_s

ゾディアックにコミッショナーでアーティストのアレクサンドル・ポノマリョフの作品を乗せる。

 

DSC_3941_s

作品に手を入れるポノマリョフ。

 

DSC_3955_s

氷塊。

 

DSC_3964_s

ポノマリョフの作品を海中に沈め、水中カメラマンが撮影中。

 

DSC_3965_s

氷塊の上に一匹のペンギン。

 

DSC_3967_s

何を想う。


南極で組紐を組む

DAY7 AM / Wiencre Island / Port Lockroy(U.K.)に上陸を試みたが、岩壁と氷に阻まれ断念。氷の上にはペンギンの姿があり、どうやって登っているのかわからないが、ペンギンにとっての日常は、我々人間がなかなか辿り着けない場所なのだと痛感した。

 

ゾディアックというゴムボートで船に戻る際、波風が強くなり、何度も波に打ち付けられ、海水をかぶり、冷風にさらされた。南極の海水もしょっぱいが、そこまで塩分は強くない印象。同じボートで隣に座っていたポノマリョフと顔を合わせて「This is Antarctic Biennale」と伝えると、ポノマリョフは笑いながら深く頷いた。

 

DAY7 PM / Ronge Island / Kerr Pointに上陸。島に向かう前に、船内にて、オーガナイズをしている一人でキュレーターのナディムから、今回挑戦するか?と聞かれ、しばし悩む。なぜなら行ってみないとどんなロケーションか誰もわからないのと、天候がどんどん変わっていくので判断が難しいのだ。ナディムは「これはベット(賭け)だ」と笑顔で一言。「Yes or No ?」ナディムの目は真剣である。さてどう判断するか、、、。アラレが降って午前中と変わらずに風も強かったが、遠くに青空も見えたので、迷ってやらないよりは、やってみないと後悔すると思い、天候の快復と良いロケーションであることを願って賭けに出た。

 

結果は、最高のロケーションとの出会いとなり、クジラの骨を椅子にして、波打ち際に寄せた氷塊や、ペンギンを背景に、南極で組紐を組むことができた。船でもよく参加してくれていたイタリア人キュレーターのカルロや、ポノマリョフとも組むことができた。今回のプロジェクトでは2人1組で組むように設定したのだが、南極で一対一で向き合い、組紐を組んでいると、まるで、将棋や囲碁を指しているような、ダンスをしているような、相手の指し手や呼吸やリズムに合わせているような感覚になった。その美しい情景は、南極の大地で、まさに互いの時を重ねている姿だった。人が入れ替わりながらしばらく組んでいると、いつしか手の感覚がなくなって石のように動かなくなっていた。刺すような寒さと表現するよりは、寒さを感じないような寒さだった。

 

設営に関しては、エクアドルのアーティストのポールや、ロシアのアーティストのアンドレイなどなど、みんなが自然とサポートしてくれたから成立することができた。携帯やインターネット圏外の船で、ともに食事をし、酒を飲み、コミュニケーションを重ね、人が人に向き合いながら一緒に過ごしながら、いつしか育った関係性を強く感じる瞬間だった。

 

世界中の子午線が集まる南極で、時を束ねるプロジェクト「Bundling Time」。世界中の人と組み込んだそれぞれの時間の糸が束ねられた組紐の長さは30メートルになった。これでプロジェクトの前半は終了。ここから先は、凧と組紐をジョイントし風を待つ。みんなの手の中から一本ずつ出た糸が凧によって上空で一つに束ねられる。

 

南極でのパフォーマンスを終え、自分の仕事をみんなに見てもらえたおかげで、自分の中で何かが弾けて、みんなとの距離もずっと縮まったように感じた。

 

船に戻っても、しばらく興奮していた。

 

DSC_3774_s

クジラの骨を椅子にして南極で組紐を組む。遠くにペンギンの姿。

 

DSC_3796_s

イタリア人キュレーターのカルロと互いの持っている時間を重ね、組み込む。

 

DSC_3805_s

徐々に手の感覚はなくなっていく。

 

DSC_3825_s

コミッショナーでアーティストのアレクサンドル・ポノマリョフとの時間を組む。

 

DSC_3830_s

まるでチェスやダンスをするように、互いのリズムや呼吸、命の鼓動を感じる。

 

DSC_3831_s

ポノマリョフとしばし時を満喫する。

 

DSC_3852_s

思想家と時間について考えながら。

 

DSC_3854_s

クジラの骨が椅子になっています。

 

DSC_3857_s

ロシア美術の研究者、鴻野わか菜さんと組む。

 

DSC_3862_s

南極の色。

 

DSC_3866_s

時折、突風が吹き抜けていく。

 

DSC_3873_s

ONEOCEAN(ゾディアックなどを動かしたりする現場運営チーム)と組む。バックはクジラの骨。

 

DSC_3880_s

宇宙の研究をしているバーバラと組む。

 

DSC_3890_s

クジラの骨。いったいどれくらいの時間が経ったのだろう、、、。


南極初上陸

昨日、3月20日に風の影響で波が高く接岸が難しくなったため上陸を断念したDeteille Islandから北へ一晩移動し(全体の航路としては最初に南の一番奥まで船で行き、徐々にウシュアイアに向かって北上して戻っていく)、本日3月21日は午前と午後に、それぞれ2時間程度、合計2つのポイントに上陸した(今後も午前と午後と1回ずつポイントを変えながら上陸し移動していく)。1つ目はPetermann Island。ゾディアック(上陸用ゴムボート)を待つ間にも、数頭のクジラと遭遇した。上陸するとペンギンの多さと匂い、そして圧倒的な氷の風景が広がっていた。ゾウアザラシの子供にも遭遇。そして早速、アルゼンチンのアーティストのホアキン・ファルガスのロボットが動くインスタレーション、ロシアのアーティストのアンドレイ・クズキンの全裸で逆さまの男の上半身が地中に突き刺さったパフォーマンスが行われた。他にも何人かのアーティストはちょっとしたテストを行った。自分も南極のフィーリングを感じておくことと、杭を打つ実験をしてみた。凧揚げの実験は風が弱く断念。

 

昼食を食べに一度、船に戻って、また移動し2つ目のポイント、Vernadsky Station/GALINDEZ ISLANDというウクライナの南極基地訪問と、そのすぐ近くのWordie House/WINTER ISLANDでインスタレーションとアートパフォーマンスが行われた。水中に鯉のはいった球形水槽を泳がせたドイツのアーティストのユリウス・ボン・ビスマルク。氷の上を自作のスケートで滑りそこで生まれた電気で光のドローイングをするドイツ在住の日本人アーティスト長谷川翔。壮大な風景をバックに音楽パフォーマンスを行ったバングラディシュ出身イギリス在住のシャマ・ラフマン。船に戻って、アレクシス・アナスタシアの船から氷壁へプロジェクションが行われた。

どれも、見ごたえのあるものばかりで、また、南極という風景との組み合わせで、とても壮大な光景となっていた。

 

自分のプランはみんなの参加を促すものなので、もう少しオーガナイズ側とコンタクトをとって、全員にインフォメーションする必要があるのと、どんな形で挑戦できるのか、自分の要求を提案する必要を感じる。明日、交渉してみようと思う。

 

DSC_3656_s

ペンギンたくさんいます。

 

DSC_3660_s

ドイツ在住の日本人アーティスト長谷川翔くん。自作のスケートで滑って電気を溜め、その電気で光のドローイングで風景を描きます。

 

DSC_3667_s

Petermann IslandからAkademik Sergey Vavilov号を望む。

 

DSC_3670_s

ゾウアザラシの赤ちゃんが海からあがってきました。

 

DSC_3681_s

ゾディアックに乗ったみんなと南極の風景。

 

DSC_3687_s

ウクライナの南極基地。

 

DSC_3692_s

壮大な風景をバックに音楽パフォーマンスを行ったバングラディシュ出身イギリス在住のシャマ・ラフマン。

 

DSC_3694_s

アザラシがケンカをしている。

 

DSC_3695_s

アザラシが寝ている。

 

DSC_3696_s

とにかくどこを見ても息を飲む風景が広がっている。

 

DSC_3705_s

氷の青が美しい。

 

DSC_3706_s

ピンクは動物の糞や植物でできる色。

 

DSC_3715_s

Akademik Sergey Vavilov号から氷山を望む。

 

DSC_3723_s

氷塊にぽっかりと穴。

 

DSC_3742_s

ブラジル人アーティストのアレクシス・アナスタシアの船から氷壁へプロジェクション

 

IMG_8379_s

ロシアのアーティストのアンドレイ・クズキンの全裸で逆さまの男の上半身が地中に突き刺さったパフォーマンスが行われた。


言葉でなく存在感を伝える男

10時から南極ビエンナーレコミッショナーのアーティスト、アレキサンダー・ポノマリョフのプレゼンテーションを聞く。これまでの実現したもの、これから実現したいもの、いずれにせよ彼のスケールの大きなプロジェクトは突き抜けている。それは彼の存在感であり、人間力と同様である。

 

彼の母国語はロシア語。英語は決して得意ではない。しかし、彼が話をすると、皆が惹きつけられる。圧倒的な存在感で、言葉ではなくパッションを伝えるのだ。それが皆の心をつかむ。(とあるアートプロデューサーの話では、ポノマリョフはジェームスタレルと同様の存在感があるアーティストだという)。存在感。人間力。とにかくアレキサンダー・ポノマリョフという大きな人間の側にいることが自分の小ささを知ることであり、より存在感と人間力を高めたい。もっと大きくなりたい。そう思わせられる。世界は広い。大きな人間はまだこの世界にごろごろといるのだろう。

 

11時すぎ、氷山と出会う。船のすぐ下でアシカが泳いでいる。

 

昼食後、最初の上陸を試みるが、天候の急変により波が高くなり断念。

 

氷山と出会い、南極大陸の影を見たが、それ以上に、一人の男の存在感に興奮を覚えた。

 

IMG_8310_s

彼の存在感が人を惹きつける。

 

IMG_8322_s

イタリア人キュレーターのカルロと組紐。互いの持っているリズムや呼吸といった時間感覚を合わせる。

 

IMG_8328_s

はじめての氷山に遭遇。

 

IMG_8331_s

こんな大きなものが海に流れている。

 

IMG_8337_s

ゾディアックというゴムボート。常に上陸はゾディアックで行う。

 

IMG_8340_s

自然条件が相手なので常に状況が変化していく。

 

IMG_8344_s

ゾディアックに乗り込む。


レクチャーの日

今日は朝食後に午前中を丸々使って、南極に上陸するにあたっての2つのレクチャーがあった。1つは、南極の歴史や環境保護や野生動物との距離やトイレなどについてのレクチャーで、もう1つは、ゾディアックと呼ばれる南極に渡るゴムボートの乗り方や身につける装備品やライフラインに関するレクチャーが開かれた。夕方からは、南極ビエンナーレのメインスポンサーのカスペルスキー(コンピューターウイルスセキュリティ会社)の最高経営責任者ユージン・カスペルスキーのプレゼンテーションの後に、インドの宇宙船デザイナーのサスミタ・モハンティ、アラブ首長国連邦のアーティストのアブドラ・アル・サティ、エクアドルのアーティストのポール・ロセロ・コントレラス他といった面々のプレゼンテーションも行われた。

 

といった具合で、今日は丸々1日人の話を聞き続けた。ずっと英語なので、理解できる言葉の断片から想像しつつける必要があり、一苦労だった。

 

明日の昼には南極大陸が見えて、午後には上陸できるかもしれないとのこと。

 

ちなみに体調はすっかり海のうねりに慣れたようで食欲旺盛である。夕食時、他にも数人、体がつくり変えられたといった話をしたので、みんな同じような身体的変化を経た、感覚なのだろう。

 

夜はラウンジで到着の前夜祭といった感じでパーティーが開かれた。自分はちょうど組紐をしたかったので、パーティーのあいだ、その場で組んでいた。すると、自然に皆参加してくれ、良い感じで皆での航海の時間が組紐に組み込まれていった。

 

会場に流れていた音楽の影響が良かったのか、気が付いたら午前3時のパーティー終了まで組み続けていた。

 

17日の18時に出港してから約3日で,体は船酔いから解放され海仕様に、組紐の長さは現在14m。50mを目指したい。

 

IMG_8281_s

船室の窓からの風景。曇って水平線は見えない。

 

IMG_8282_s

プレゼンテーションルームにて南極に上陸するにあたってのレクチャーを受ける。

 

IMG_8283_s

船の階段には各階にこういったニュースとスケジュールが毎日張り出される。

 

IMG_8285_s

階段など各所にエチケット袋が設置されている。

 

IMG_8288_s

曇天。

 

IMG_8293_s

メインスポンサーのカスペルスキーの社長のカスペルスキーさんのプレゼンテーション。

 

IMG_8303_s

組み方を覚えてもう自分たちで組む人も出てきました。

 

IMG_8308_s

みんな組紐に非常に興味を持って参加してくれてます。メディテーションだという言葉もありました。


うねりの力、眠る力。

朝食会場でポノマリョフが嬉しそうに言う。ロシア語だったので正確には分からなかったが、「うねりの世界へようこそ(笑)」といった感じだった。昨夜から今朝にかけてのあいだに外洋に出たようで、船が常に大きく揺れるようになった。

 

カーテンが勝手にレールを行ったりきたり、棚の上のものは常にゆっくりと左右へスライドしている。ギシギシと何かがきしむ音がする。バスルームや階段に取り付けられた手すりの意味を理解する。食事中、ゆで卵は皿の上を転がり、大きなうねりが来ると、椅子に座ったまま滑ってしまう人もいる。安定し留まっている陸の世界から離れ、不安定で常に動いている海の世界のはじまりである。素直な感想は「怖い」である。これまで航海の経験があってもやはり陸に慣れてしまっている自分には怖さがあり、ベッドで横になって目の前で常に揺れているカーテンを目に入れたくないと感じた。素直にこの状況が受け入れがたいのだ。

 

そして当然、船酔いに襲われる。朝食後、船大工のアリミルさんのところへ、組紐を組む仕事をしに行った。地下へと下る階段を通ると船独特の脂の匂いがする。扉を開けるとアリミルさんがいた。こっちに気づくと「おぉ。イガラシ」と一言。挨拶し握手を交わす。組紐を組むのに適度な高さの椅子が必要だったのでアリミルさんに相談すると、「作っておくよ」と言って、どこかへ行ってしまった。

 

組紐を組みはじめたが、うねりは強くなる一方で、他の人の作品で使う魚の入った水槽から水が溢れてしまった。大きな水槽が転倒したら大変なことになるので、それを固定するためにロシア人船員たちが集まって作業をはじめた。いよいよ組台も倒れてしまい、自分も椅子に座ったまま壁までスライドしてしまうほどの大揺れとなり、危険を感じたので組台をロープで固定し、地下の作業スペースを後にした。部屋に戻り、ベッドに横になる。それからまったく動けなくなってしまった。完全に船酔いである。

 

日中、事務局が用意していたアーティスト、科学者といった面々のプレゼンテーションには参加できず(後で聞いたが、事務局や司会やアーティストはほとんど皆動けず、科学者は比較的大丈夫だったので、アーティストは感受性が豊かだからねと、冗談が交わされたとか)。昼過ぎに少し回復したので、船のスタッフからフルーツとサラダを届けてもらい、懸命に噛んで、なんとか飲み込み。もう一度眠った。船酔いは眠ると良いようで、というか体が眠る事を求めるので、眠る。すると、起きてすぐは調子が良い。

 

陸の世界から、海の世界へと体をつくりかえるために、体は眠りを求めるのだろう。

 

ベッドの中でうねりを感じながら、体にそれをなじませていく。最初は抵抗しているが、受け入れる以外の道はない。いつしか眠ってしまい眼が覚めると、眠る前よりも順応している。

 

繭の中から羽化するように、ベッドの中で体をつくり変え目覚めるのである。

 

「眠る」ということは環境や状況に順応するための身体的欲求なのだろう。昔からよく言う「寝れば治る」というのは本当なのだと思う。正確には治るというか順応しているのだと思うが。

 

夕方、目覚めると自分の「眠る力=順応する力」に驚く。妙にすっきりしていて、どうやら海の世界に少し順応したようだ。枕元に置かれた、食べ残した皿の上のイモをむしゃむしゃと食べた。

 

体が動いたので、アリミルさんのところへ行き、角台など組紐のセットを最上階のラウンジまで運んでセッティングすることにした。到着すると、はいどうぞ、といった感じで余りの資材でつくった良い雰囲気の手作りの椅子を手渡された。まさかあの揺れの中で椅子をつくっていたとは!!!まったくもって信じられない!!!そんなタフなアリミルさんやロシア船員(この船はロシア船籍)の方々に協力してもらい良い感じに組紐のセッティング完了。(ちなみに他の船員も慣れているのか、船酔いなどどこ吹く風で、まったく平気な顔をしている)。ラウンジは朝昼はカフェスペースで夜はバーとなるので、比較的みんなが集まる場所。ここで組紐を組み、時に参加してもらうことにする。

 

少し組んだが、また気分が悪くなったので、再び眠ることにした。眠るか、食べるか、組むか、今はこの3つだけ。

 

IMG_8256_s

この手すりがないとシャワーを浴びる時に立っていられない。

 

IMG_8258_s

目覚めてカーテンを開け、船室の窓からのドレーク海峡を望む。

 

IMG_8260_s

朝日が水平線から昇る。

 

IMG_8262_s

船の向かう先には水平線のみ。

 

IMG_8269_s

揺れが激しくなり組紐作業は一旦断念。

 

IMG_8270_s

組目。

 

IMG_8273_s

眠って復活したので、バーラウンジに組紐セットを移動しセッティング完了。

 

IMG_8278_s

ここで、航海の時間と関係性を組紐に組み込んでいく。


出港。カザフスタン出身の船大工アリミルさん

現在の時刻は日付が変わって3月18日午前1時半。カーテンや吊るした洗濯物がゆったりと一定のリズムで揺れている。1時をまわったころから船の振幅が大きくなってきた。そろそろ外洋に出たのだろう。

 

出港したのは3月17日の18時すぎ。その時ラウンジには南極ビエンナーレ関係者全員が集い、皆でウシュアイアからの出港を乾杯して祝った。デッキに出ると風が冷たく、ダウンジャケットを部屋まで取りにいった。ヨーロッパのどこかの飛行場のストライキの影響で到着が遅れていた最後の一人も船に合流し、皆が待ちに待った出港となった。桟橋からゆっくりと離れ、ウシュアイアの街並みが徐々に遠のいていく。20時くらいだろうか、日が暮れると昨日まであった町の明かりはなくなり、辺りは闇に包まれ、遠くに薄っすらと南米大陸の山並みが黒く見えた。今日からドレーク海峡を2〜3日かけて渡って南極入りとなる。

 

出港までの時間は自由時間となったので、自分は作品を制作するための準備を行った。今回の作品プランは以下の通り。

 

<<<<<<<<<<

《作品タイトル》

時を束ねる(ときをたばねる)/“Bundling Time”

 

《作品コンセプト》

南極ビエンナーレの航海に同行する世界中から集った人々と協働する。航海中に船内でともに組紐を組み、その紐を使って南極大陸で全員で凧揚げをする作品。

 

地球の南極点と北極点を結ぶ子午線は、世界各地の時間を定めている。南極大陸は、その子午線が一点に集まるため、世界の時間が集う場所であり、逆に時間のない場所とも言える。南極ビエンナーレの航海には世界中の人が集う。彼らは自分の中にそれぞれの国や地域の時間であり、自分自身の命が刻む自分だけの時間を持っている。組紐を通して、彼らの手に握られた糸は命が刻む鼓動を拾う。一本一本の糸をそれぞれの子午線に見立てて空に向かって組み上げることで、どこの国でもない南極の大地で、だれのものでもない時を束ねる。

 

国境、子午線、人類はこれまで、この地球にたくさんの線を引いてきた。この星にとってのこれからの線のあり方についてあらためて問い直す。

<<<<<<<<<<

 

ひとり一本ずつ持った糸が空中で一本にまとまるような凧揚げの紐を組むには、かなり長い糸が必要であり、また組台(組むための装置)も作る必要がある。そんな大きな組台を日本から持ってくることもできない。代用品を作るか探すか、どうしたらよいものかどうか悩んでいるところに偶然ポノマリョフさんが通ったので相談すると、スペシャルな人を紹介するからついて来い。とのことだったので、ついて行くと、船の地下の一室に案内され、カザフスタンから来たアリミルさんという大工さんを紹介してもらった。自己紹介の握手をすると、手も背も肩幅も指先も大きな人だった。ポノマリョフは言う。「彼はスペシャルだ。彼に頼めばなんでもつくってもらえる。」

 

やはり船には船大工がいるのである。アリミルさんはロシア語のみを使うので、スケッチを描いて、片言でやりとりしながら数時間作業し、船に積んであった端材を使ってよい雰囲気の組台が出来上がった。

 

IMG_8224_s

3/17の朝。Akademik Sergey Vavilov号からウシュアイアの街を望む。

 

IMG_8229_s

船大工のアリミルさん。組台に使えそうな角材を相談中。

 

IMG_8231_s

アリミルさんの作業台。船の中の作り物はほとんどここで行われる。

 

IMG_8233_s

必要な材料の買い出しにウシュアイアの街へ。古い桟橋が良い雰囲気。

 

IMG_8237_s

船に戻ってアリミルさんと角台の制作開始。

 

IMG_8238_s

2人でイメージを重ね。船にあった端材を使って下の部分を追加しかさ上げ。ソリのような良い感じの角台が完成。椅子もちょうど良いのがあるとアリミルさんが持ってきてくれました。

 

IMG_8242_s

3/17の18時頃に出港。

 

IMG_8244_s

最初は内海で波は穏やか。

 

IMG_8246_s

出港してすぐに行われたのが緊急時の訓練。

 

IMG_8252_s

船首地下にある船室で組紐実験。バッチリです。

 

IMG_8255_s

夜のバーラウンジの様子。引き続き交流が行われています。


世界中のアーティスト、科学者、思想家が船に集う

午前中にウシュアイアの町で最後の買い出しを済ませ、15:20にHotel Albatrosへ。次々に人が集まってくる。しかも見た感じも国籍も多種多様。ほぼ全員がはじめましてからのスタート。「Hi ! where are you from ?」「My name is …..」「Artist ?」などなど、そこここで挨拶が交わされている。とても全員と挨拶を交わす時間もないまま、チャーターバスに荷物を積み込み、ウシュアイアの港へ移動。桟橋までバスで乗り付けると、事務局スタッフのタチアナが指差して「That’s our ship」。目の前に我々の船「Akademik Sergey Vavilov」が現れた。青地に白く「Antarctic Biennale」と書かれた巨大な旗が船首に掲げられ、風にたなびいている。桟橋から船に架かったタラップの先にはコミッショナーでアーティストのポノマリョフさんと事務局のアンナさんが我々の到着を待っていた。「早く上がってこい」ポノマリョフさんがジェスチャーする。次々に固い握手と抱擁を重ねながら参加者が乗船していった。ポノマリョフさんは当然全員を知っている。

 

船内に入るとすぐに船のスタッフから部屋割りが伝えられ、各自の部屋へ移動。荷物を収納する。ほぼ全員が2人部屋。自分は、ドイツ在住日本人アーティストの長谷川翔くんと同じ部屋。昨日会って食事も一緒にしていろいろ話もしたので安心の部屋割り。

 

荷物の収納を終える16:30頃、船内放送が入り、ラウンジに全員が集合した(厳密には、飛行機のストライキの影響などで、この時点でまだ到着していない人も数人いた)。名札に名前を書き、立食パーティー形式で交流会がはじまった。こういった状況はあまり得意ではないのだが、目が会うと挨拶し会話がはじまる。アーティスト、科学者、思想家以外にも、ドキュメントのカメラクルー、事務局スタッフ、船のスタッフなど、とにかくいろんな人が、しかも世界中から集ってきている。名前と仕事の組み合わせが、まるで無限にあるようで、すでに頭はパンク状態。

 

機を見てポノマリョフが全体に向けてメッセージを伝えた。たくさんの彼の言葉から自分が受け取ったのは「このexpeditionは全員でひとつのことを成し遂げることにある」というものだった。アーティストも、科学者も、思想家も皆、時に誰かのプロジェクトを成立させるためのスタッフとなり、全員でこの航海でありプロジェクトを行うというものだ。

 

軽食とカクテルでほどよく満たされ、一休みかな?と思ったら、今度は部屋を移動し、ディナーがはじまった。当然、引き続き交流の時間である。立って話をしていた時より、正面や隣で座った方がより向き合った言葉が交わされる。自分がアーティストだと分かると相手の人から必ず「君の今回のプロジェクトは何?」といった質問がきて、自然とプレゼンテーションがはじまる。相手がドキュメントカメラクルーなら、それならこういった撮影方法があるなど、写真や動画記録のプランニング会議となる。相手が哲学者だと、そのプロジェクトの「時間」が意味するものはいったい何だと考えている?といったコンセプトブラッシュアップ会議となる。夕食の途中に、どこかの国からやっと船に到着した人もいた。

 

夕食が済むと船外にプロジェクションされた「Antarctic Biennale」の動画を桟橋に降りて一時眺め、再びラウンジへ移動。そしてラウンジでは、バングラデシュから来た音楽家SHAMA RAHMANのシタールとノートパソコンと歌を融合した圧巻のパフォーマンスがスタート。しばし、シタールとシャマの声が絶妙にマッチングした音幅のあるライブに皆で酔いしれた。そして、夜は続いていく、、、。

 

もうすでに、このAkademik Sergey Vavilov号の船内は、どこの国でもないどこかになっている。

 

よく喋る人、座っているのが好きな人、外でタバコが吸いたい人、お酒が好きな人、静かにしている人、何かを眺めている人、何かを考えている人、、、みんな本当に個性的だ。いろんな人が自分のいたいように、ここにいるように見える。

 

夜が更けると、風が出てきた。飲みかけの赤ワインのグラスを持ってデッキへと出ると、ウシュアイアの夜景をバックに「Antarctic Biennale」の旗が力強くたなびいていた。

 

今日は3月16日。出港は明日3月17日。

 

移動した時差の影響なのか、この船の状況のせいなのか、こうやって記していないと、なんだか時間の感覚までおかしくなってきている。

 

IMG_8176_s

ウシュアイアの港。座礁した船。

 

IMG_8180_s

ウシュアイアの中心にある教会。山を背に海に面した南米南端の街。

 

IMG_8187_s

15:20にHotel Albatros。世界中から集った人々。

 

IMG_8194_s

Akademik Sergey Vavilov号。ロシア船籍。

 

IMG_8195_s

ポノマリョフさんとアンナさんの出迎え。すでにドキュメントチームが記録をはじめている。

 

IMG_8200_s

スーツケースなどの荷物はクレーンで引き上げる。

 

IMG_8201_s

部屋のドアに貼られた名前。535号室。

 

IMG_8202_s

12日間の航海を過ごす部屋。

 

IMG_8203_s

ラウンジにて立食パーティー交流会の様子。みんな手書きの名札をつけてます。

 

IMG_8205_s

コミッショナーでアーティストのポノマリョフさんから「全員でこの探検航海、第1回南極ビエンナーレを成功させよう!」と力強いメッセージが送られた。

 

IMG_8210_s

Akademik Sergey Vavilov号の壁面にプロジェクションされた様子。

 

IMG_8215_s

バングラデシュから来た音楽家SHAMA RAHMANのシタールとノートパソコンと歌を融合した圧巻のパフォーマンス

 

IMG_8216_s

シャマを労うポノマリョフ。

 

IMG_8218_s

この部屋の中がバーラウンジ。

 

IMG_8220_s

ウシュアイアの夜景をバックに「Antarctic Biennale」の旗が力強くたなびいていた。


南極ビエンナーレ

南米大陸の南端、アルゼンチンのウシュアイアにあるホテルでこの日記を書いている。日本の成田空港を出発し、アメリカのダラス、アルゼンチンのブエノスアイレスと経由し約30時間のフライトを経て、やっと到着した。3月17日にウシュアイアを出航するロシア船籍の船「Akademik Sergey Vavilov」に乗って南極へ向かう。南端ビエンナーレに参加するためである。

 

南端ビエンナーレ

http://antarcticbiennale.com/index.html

 

南極ビエンナーレとは、今春、南極で初めて開かれる国際芸術祭であり、ロシア人アーティストのアレクサンドル・ポノマリョフ氏が構想し実現に向けてコミッショナーとして活動しているプロジェクトです。

南極は1959年に結ばれた南極条約により、どこの国にも属さない大陸となりました。そんな、どこ国のものでもない、誰のものでもない土地である南極を舞台に、世界中のアーティスト、科学者、思想家が「国」という枠組みを超え、創造的な活動を行いながら一緒に旅をする、そのプロセスも含めた活動全体を南極ビエンナーレと位置付けています。

 

はじまりは2月18日にモスクワから届いた一本のメール。文頭にはこう記してあった。

Dear Yasuaki,

On behalf of the Antarctic Biennale Organising commettee I want to invite to join our art-expedition to the shores of the White Continent.

On March 17, 2017, on board the Academic Sergei Vavilov scientific research vessel, about 100 people from all over the world – artists, architects, researchers, writers and philosophers – will head off on a creative voyage to the shores of the Earth’s most southerly continent.

Regarding art progect to be realised 

The art project can be implemented on board, on shore, on water, in the air.

 

出航まで一ヶ月を切っていた。その他スケジュールされていたプロジェクトとの調整もあり悩んだが、たくさんの仲間と相談し参加を決めた。まず、こうしてここにいられることに、サポートしてくださったみなさんに心から感謝しています。良い旅の報告ができるように尽力してきます。

 

自分はこれまでもそうだが本当に良い人との出会いに恵まれ、人生の経験を重ねてきた。今回の話も、きっかけは昨年参加した瀬戸内国際芸術祭2016にて、本島という同じ島で作品を発表したのが南端ビエンナーレコミッショナーのポノマリョフさんだった。数日共に過ごした本島ではもちろん互いの作品は見たし、一緒にうどんを食べ、島の餅つきに誘って一緒に餅もついた。会話を交わす中で、彼はアーティストになる前までは、もともと船乗りであったことを知った。ロシア海兵の時代もあるし、商船に乗って世界中を旅していた時期もある。体格だけでなく、どこか大きな人間性を感じていた。アーティストとしての彼の仕事も、美術館の池にロシアの潜水艦を登場させたり、実在する島を煙で隠したり、砂漠の砂丘に巨大な船を出現させたり、とても大きくユニークなプロジェクトが多い。2005年のヨットでの太平洋航海から得た「海からの視座」を活動の根底に据えている自分にとって、憧れとつながりを感じる人だった。本島で話をしたのは数回。握手をして別れた。そんな、彼が自分を南極への航海へ誘ってくれた。

 

そして今日、プロジェクトに必要な材料を調達しにウシュアイアの町の通りを歩いていると、向こうから黄色いジャケットを着た大きな男が両手いっぱいに紙袋を持って歩いてきた。互いに目が合い。再びがっちりと握手を交わし、抱擁し、バンバンと背中を叩く。

 

2005年の太平洋航海を終えた頃、あることを考えていた。「人は時に陸を離れて海へ出てみるべきだ。いつか大きな船をつくって、世界中の科学者やアーティストや建築家やデザイナーや職人たちと航海をしてみたい。そこでいろんな話をし、共に過ごし、何かを交換する。陸から離れ海からの視座で物事を考えてみる。そうしたら、陸で起きているいろいろなものの突破口が開けるのではないだろうか。」

 

ウシュアイアの町で再会した男は、それをまさに実現している。大きな男の背中には単純に憧れる。

 

ホテルに戻るとメールが届いていた。

Dear Antarctic Biennale participants,

Meeting point for all the patricipants who will be in Ushuaia by the morning March, 16 – in front of the Hotel Albatros.

Address – Av. Maipu 505. There will be waiting the bus with the Antarctic Biennale flag.

The Antarctic Biennale participants should be here with the luggage at 3.20 pm, the bus will go to the port at 3.30 pm.

 

明日、15:20にホテルアルバトロス集合。実はそれ以外のことはあまり情報が届いておらず、ほとんど分かっていない。ただ、今このウシュアイアには世界中のアーティスト、科学者、思想家が集まってきている。彼らとの南極航海から自分の中に何が見えてくるのか、楽しみである。

 

明日は港に船を停泊したまま皆で夕食を食べ、交流し、一泊してから、明後日の3月17日、どこの国にも属さない、だれのものでもない土地に、船で向かいます。

 

IMG_8111_s

ダラス→ブエノスアイレスは10時間のフライト。

 

IMG_8131_s

アルゼンチン上空にて、乾いた大河。この星の形は水がつくっている。

 

IMG_8140_s

ウシュアイアの一つ前に飛行機が経由した町。遠く見える山の方にウシュアイアがある。

 

IMG_8149_s

ウシュアイア着陸直前。曇り空。

 

IMG_8155_s

山を背に、海に面した町。南極観光で今はハイシーズンを迎えている。

 

IMG_8158_s

ウシュアイアの古い家。

 

 

IMG_8163_s

通りでポノマリョフと再会。一緒にいるのは参加者の一人、ドイツ在住の日本人アーティスト長谷川翔くん。


Festival do Japao(日本祭)で焼き鳥300㎏を焼く

サンパウロ11日目。6:30PIPA集合。PIPA施設長ヒカルドさんからのお誘いで「Festival do Japao(日本祭)」に食べ物屋さんとして出店するPIPAの親の会のスタッフとして参加。焼き鳥担当としてお父さんたちと一緒に1日中大量の焼鳥を焼く。その量なんと300kg!半端な量ではない。しかも、ご察しの通りで日本の焼き鳥のサイズではなく、日本でいう串焼きサイズの大きな焼き鳥。ブラジルでは焼き鳥も大きくなる。焼き鳥は日本の食文化ということで、日本から来た五十嵐さんに焼き方を教えてもらってね。という不思議な流れになり、ブラジルのお父さんたちの焼き鳥の焼き方のお手本となる(笑)。焼き鳥屋さんで食べる方はよくやるが、焼く仕事をしたことはない。これまで食べた美味しい焼き鳥を思い出しながら、ブラジルサイズの巨大な焼き鳥を焼き続けた。

 

Festival do Japao(日本祭)には約5万人が集まる。日本をテーマにしたイベントとしては南半球最大規模。和太鼓やダンスパフォーマンス、コスプレコンテストなどの舞台。日本県連の47都道府県による各ブースから、それぞれの県を代表する名物食べ物販売や、PIPAなど日系の施設による食事販売によるフードコート。KIRINやTOYOTAといった日本企業による展示会ブースなどなど、ボランティアから企業まで、日本に関係する人たちが集まり文化発信する一年で一番大きなフェスティバル。2020東京オリンピックのPRブースや、サンパウロにできるJAPAN HOUSE(日本文化を発信するためロンドン、ロサンゼルス、サンパウロにこれからできる施設)の情報発信するブースも出店していた。ブラジルでは今、ちょっとした日本ブームなのだそうだ。

 

一緒に焼き鳥を1日焼いたPIPAのお父さんたちや、売り子をしていたPIPAのお母さんたちとの距離は近くなったが、体に染み付いた焼き鳥臭が半端ではない(笑)。

 

IMG_3542_s

朝一で鶏肉を取りにいった肉屋の前にて。この鳥の丸焼き機は、ブラジルでは「犬のテレビ」と呼ばれている。犬がこの前に座って四角い画面をずっと眺め続けるそうだ(笑)。

 

IMG_3545_s

毎年この日系人の方がやっている肉屋さんから鶏肉を買っているそうです。二代目社長です。

 

IMG_3556_s

日本の焼き鳥屋で食べた小さな焼き鳥の記憶を思い出しながら、大きなブラジルの焼き鳥を焼く。

 

IMG_3559_s

5万人が集まるビッグイベントです。日本文化はブラジルでは、特に日系人の多いサンパウロでは尊敬されている。それはかつて日本から海を渡ってブラジルに生きた日本人の先輩たちが残したもの。

 

IMG_3564_s

書道コーナーでは習字体験ができます。

 

IMG_3570_s

箸の文化を伝えるためか、豆つまみ大会も開かれています。日本で見たことのない風景(笑)

 

IMG_3573_s

陶芸コーナーでは、ろくろ体験ができます。

 

IMG_3578_s

AKIBAコーナーでは、コスプレして写真撮影ができます。

 

IMG_3582_s

AKIBAコーナーのすぐ横で柔道の試合をしています。ごちゃまぜ感が、なんかすごいことになってます(笑)

 

IMG_3585_s

東京2020オリンピック・パラリンピックPRブースもありました。

 

IMG_3593_s

「じゃむ」コーナー。なんか、非常に斬新な暖簾(のれん)です(笑)

 

IMG_3594_s

ここがPIPAのコーナー。かなり売れました。そう、焼き続けたということは、売れ続けたということ。今年は売り上げが、かなり良かったとのこと。多少は貢献できたかな?